おっちゃんの場所
おっちゃんへ
おっちゃん、おっちゃんの場所ちゃんと取ったるで。ママさんに一番近いスナックの一番奥の席。
この席には、誰も座らさへんで、おっちゃんの席や。
おっちゃん、おっちゃんは、ネジ作ってたんやろ。自慢のネタやったもんな。いっつもネジの話してた。
学校出てからすぐ町工場で働いて、毎日、油まみれになって働いた話、よう聞かせてもろたわ。ぼくの腕つかまえて手のひら開かせて、きれいな手しとるやないか、もっと汚れなあかんって、勝手なこと言ってたな。おっちゃんの手いっつもまっ黒やったもんな。
よれよれのカバンの中から手帳を出して、挟んでた写真よう見せてくれたわ。娘さんの写真やった。もう、名前覚えてしもたわ。一回だけ、おっちゃんが酔いつぶれて動けへんかった時、お店に来てたの覚えてるわ。べっぴんさんやったわ。あんないい娘さんいるんやったら、お早う帰ったらなあかんがな、おっちゃん。
おっちゃん、おっちゃんは、いっつも、一番奥の隅の席に座って、瓶ビールちびちび飲んでたな。早よから来て、店がいっぱいになると出ていった。ぼくが、連れといっしょに来たときは知らん顔で、ひとりで来ると、よう、かまってくれた。ほんまは、ママさんとしゃべりたかったのに、いっつも、おっちゃんとしゃべるはめになってしもた。そんなおっちゃんを、ママも憎めへんかったんやろ、ありったけのおつまみ、おっちゃんの皿に投げ込んでたな。おっちゃんはチョコとスルメしか食べへんかったけど。
おっちゃん、おっちゃんは、いっつも、ネジの話するとき、ぼくのグラスにおっちゃんのビール注いでくれたな。いっつも、泡あふれさせてくれるし、あわてて口もっていって飲んでたわ。
おっちゃん、ぼくは、おっちゃんのネジの話好きやったわ。大阪の電気の会社が大きくなるにつれて、おっちゃんとこのネジも売れて、会社がどんどん大きくなった話。電気の会社が海を越えて商売するようになって、おっちゃんとこのネジも海を越えて行った話。もう、おっちゃんから聞かんでも言えるで。
おっちゃん、おっちゃんは、お酒がまわってくると、だんだん話がおおきくなっていったな。おっちゃんとこのネジがないと、新幹線がバラけてしまうとか東京タワーがこけてしまうなんて言うてたな。これにはまいったけど。でも、新聞持ってきて、うちのネジが記事になってるって自慢してくれたときは、常連さんみんな、尊敬のまなざしやったわ。おっちゃん、ほんまは、すごい人やったんや。
おっちゃん、おっちゃんが言うてた大阪の電気の会社、今、もう外国の会社に買われてしもた。この前、おっちゃんの工場の前通ったら、あの辺一体、大きなマンションになってたわ。おっちゃんとこのネジ、どこ行ってしもたんやろな。
おっちゃん、おっちゃんは偉いな。おっちゃんのネジは、いろんなもん繋いどったけど、おっちゃんは、ネジで世の中と繋がっとったんやな。ぼくも、おっちゃんのネジみたいなもんみつけたいけど、なかなかみつからへん。おっちゃんを見習いたいわ。
おっちゃん、おっちゃんは天国でもネジ作ってるんやろ。おっちゃんのネジ、この世のいろんなもん、今でもしっかり繋いでるで。ほら、ぼくらも、おっちゃんのネジでしっかり繋がってるやろ。
おっちゃん、おっちゃん、いつでも来てな。おっちゃんの場所取ったるしな。ほな、おやすみ。
(おわり)