杉浦日向子さんのこと。現代と江戸の絵師が描く江戸、「百日紅」
江戸時代の時代考証家で絵師、漫画にテレビ、多彩に活躍されていた杉浦日向子さんが亡くなられて何年経つでしょうか。
天才漫画家として、江戸時代を舞台にした作品を描き続け、体調を崩してからも文筆活動を精力的にこなす多作の人でした。
私が日向子さんを知ったのは、NHKのコメディー時代劇「お江戸でござる」がきっかけ。
穏やかな口調で江戸を語る、着物の人というイメージ。
現代人、しかも若い女性なのに、やけに江戸時代に詳しくて、しかも断定的にきっぱりと語るのが印象的で、
「いったい何者なんだ…」
と、不思議に思ったのを記憶しています。
元々時代考証家として仕事をすることを希望していたけれど、これでは食べていけないということで、副業として漫画を描き始めたところ、作品があまりにも江戸の空気に満ちていて個性的だった。
異色の漫画家として名前が世の中に出てからも、
「漫画家ではなく、絵師」
と名乗って、江戸時代の浮世絵や戯作本のタッチを写した作品を生み続けていました。
わたしの推しは、これ。
怪談話99話を収録したオムニバス。
百物語ですが、決まり通り99話で終わります。100話語って完成してしまうと、怪異が現れてしまうので1話残すのは決まりごとです。
明治時代に入ると物事を合理的に解釈するようになるので、魑魅魍魎は人間界の外へ放逐されていきますが、江戸時代は人間とおばけが仲良く共存しています。
怪談なのに、ほのぼのとした味わいがあって好み。
日向子さんの絵師の腕が発揮された名作がこちら。
葛飾北斎とその門人、家族、周辺の人々を描いた作品で、かつて時代考証家を志した作者の知識の深さが生きています。
コマから
「江戸の空気」
が溢れていて、読んでいて心地いい。
過去を舞台にした創作物はたくさんありますが、考証がいいかげんだと読む気が失せますし、考証がしっかりしていてもキャラクターの言動が現代人ということがあります。笑
書き手の思い入れがかえって作品の完成度を下げていることもあって、歴史作品はなかなか難しいところはあるのですが、杉浦日向子さんの描く江戸の魅力は、美化されていない世界であるところ。
人間が密集して生活し、不便はないけれどあてもない暮らし。伝染病が蔓延すると大勢死ぬ、人の命が軽い時代。
雨が降れば道はぬかるみ、冬のカラッと晴れた日は土埃が舞う、高層建築がない時代の突き抜けた青空の江戸が感じられるのです。
読むうちに吸い込まれていきそうな感覚を覚えるのが、日向子さんの漫画の素晴らしいところ。
2005年に亡くなられて、そろそろ20年が経とうとしていますが、今でもAmazonで作品が売れ続け、ファンが増えているのは作品に力がある証拠だと思います。
「お江戸でござる」にはいつも着物で登場していた日向子さんは、普段も過ごしていたそうで、思えば私が着物に興味を持つきっかけだったのですね。