関連性理論を読み解く(2):論点のまとめおよび関連性理論の概観
はじめに
関連性理論の基本構造はいたってシンプルである。関連性理論とは、「発話がいかに理解されるかということに関する理論」、つまり人々(定型発達者)の理解過程へ着目した研究である。そして理論の中核となる「関連性」とは何かといえば、ある想定がある文脈中で何らかの文脈効果をもつとき、そしてそのときに限りその想定はその文脈中で関連性をもつということである。
もし関連性理論に関するもっと簡易な要約がほしいという人がいれば、筆者を含めた他の研究者の研究ノートをあさるよりも、スペルベルら自身が書いている『関連性理論』日本語版(初版)への序における冒頭の2頁半を読むことをおすすめする。このたった2頁半のなかに彼らの主張することがほぼすべて書かれているといっても過言ではない。またもしもっと簡潔にわかるものをみたいと言われれば、彼らが提案する関連性理論の第一原則と第二原則の法則を示したい。
第一原則(認知原則):人間の認知は、関連性が最大になるようにできている。(1) Human cognition tends to be geared to the maximisation of relevance.
第二原則(コミュニケーション原則):すべての意図明示的なコミュニケーションは、それ自身の最適の関連性の見込みを共有させる。(2) Every act of ostensive communication communicates a presumption of its own optimal relevance.
このように関連性理論は簡潔な定義である。また提案する当人たちも難しく説明しようとする意図は感じられず、すがすがしいほど正直に自分たちの理論の限界や未完成である箇所を隠すようなことはしない。どうやって自分たちがこの理論を構築したのかについて懇切丁寧に説明している。そういう意味で関連性理論の本文部分は、数学のような証明問題スタイルで記述されているともいえる。
さて関連性理論は、言語学のみならず発達心理学、哲学などの研究者にとって、魅力的な理論でありこれを理解したいと取り組もうとする研究者は少なくないが、その一方で、この理論の読解に苦戦を強いられることもよく知られているが、とりあえず試みたいと思う。
一読した筆者が関連性理論において注目点は以下の通りである。
発話としてのコミュニケーションを、「相互知識(common knowledge /mutual knowledge)」という価値構造や「蓋然性のある相互想定(mutual probabilistic assumption)」から説明するのではなく(コードモデルcode model)、これらよりも不確実で弱い「相互認知環境(mutual cognitive environment )」および「相互顕在性multual manifestness」で説明する(推論モデルinferential model)。
「相互顕在性」の程度を高めるものとしての刺激や注意を引き起こす作用を行為に求め、「情報意図:聞き手に何かを知らせることInformative intention: to inform the audience of something」および「伝達意図:聞き手に情報意図を知らせることCommunicative intention: to inform the audience of one's informative intention.」を伴う行為として「明示的行為(ostensive behaviour)」を定義している。
推論過程において、「非論理または機能的見解the non-logical, or functional, view」に重き、文脈効果(contextual effect)を、新しい情報をもとに古い情報の修正をおこなうことによって得られる効果であると考える。
発話における関連性への期待expectation of relevanceを文脈効果と労力との関数として定義している。また両者の関係において文脈効果を変数として位置づけている。
関連性理論とは、「発話はいかに理解されるか」ということに関する理論であるが、これを議論するためにはまず、『発話とは何か』という問いに答える必要がある。スペルベルらは、われわれは会話において発せられた言語を文字通り理解しているのではなく、発話がなされた場面によって意味は異なり、その場面に即した文脈を想定していると考えている。そして発話はその多くの場合において、省略や不完全なかたちで表現されていると。つまり発話は明示された以上のことをやりとりしているやっかいなしろものであり、省略や不完全さに対していかに対処し解釈を行っているのかという問いが生じる。従来の語用論においてもこのような問いに答える理論構築が行われてきている。
スペルベルらはグライスほか従来の語用論が提案してきたコードモデルの検討から始め、自分たちの見解との違いを示そうとする。言語理解には答え合わせ可能な解となる共通知識あるいは共通想定がある。もし実際の発話における不完全さや省略によって理解不能となったならば、共通知識の読解に至る手順においてなんらかのミスでによって音が生じたことによる。雑音のないコードの機構が充分であれば完全な復元が保証される。そのような自動生成して唯一の解釈を導き出すような機械的なやり方(コード読解)では到底、自然発話は捉えられないと指摘する。そこでスペルベルらが新たに提案しようとするモデルが推論モデルである。また推論モデルといっても従来の論証的(命題的)推論とは立場を異にし、人間の基本的に備わっている直観に基づく機能的な推論モデルである。
また関連性理論は心理学的の知見を多く援用していることも特徴的である。伝達においては注意に着目し、推論では記憶に関するこれまでの知見を参考に、斬新な理論構築をしようとしている。このような特徴をもつ関連性理論であるが、では詳しく説明していくことしよう。