ソーシキ博士がいたから
後厄のわりにはそれなりに穏やかでいい日々が続き、うれしい思い出も楽しい出来事も色々と浮かぶが、それでも今年一番うれしかったのはこのニュースを見た瞬間かもしれない。
寝るのが惜しくてベッドでごろごろしていた深夜。ツイート(今はポストって言うらしいですね)が目に入った瞬間、驚きの声が出るよりも先に身体が動いた。上半身をがばっと起こして軽く震えた後、(うおーーーー)と喜びが胸にせり上がってきた。
ソーシキ博士とは、アニメーション作家で、イラストレーションの制作もしている方だ。趣味で海外のインディーゲームを遊び、SNSやYouTubeで感想を発信する活動を行っていた。
私が博士のことを知ったのは2021年だったと思う。夏の終わりか、秋ごろか。Twitterがはじまりだったか、YouTubeのおすすめで流れてきたかは忘れてしまったが、とにかく博士のゲーム実況が面白く、毎日のように動画を流していた。
海外インディーゲームの絶妙な魅力について興味のある方は、こちらの記事を(インタビューを受けているのがソーシキ博士ご本人)。
もともとゲーム実況はあまり見たことがないので他のクリエイターさんとの比較はできないが、博士の実況は一言であらわすなら「癒し」だった。対象の受け止め方、面白がり方、愛で方、そしてそれを他者に伝える際に出力される言葉に独特の柔らかさがあり、あたたかい、時にばかばかしい笑いがあった。その根底には弱い者、少数の者へのやさしさがあったように感じる。
よく、スランプや不調時に必要なのは日々の営みをこつこつこなしていくこと、基本の生活を静かに続けていくことだと言われる。自分にとって落ち着く時間は自炊や食器洗いをしている時で、その背景にいつも流れていたのが博士の声だった。
なんとなく元気が出ない時やしんどい時に食器洗いなどしながら動画を流し見していて、直接的な労いの言葉はなくても声を出して笑ったり、気に入った部分をリピートするため何度も濡れた手を拭って場面を戻して、満足するまで味わったりするうちに調子を取り戻せていることが多々あった。
その後、仕事での出来事を発端にメンタル不調が強くなり、しばしYouTubeから離れる時期があった。そして少しだけ回復してきた頃、また博士の声を聞きながら生活がしたい、そう思ってスマホを繰ると、まさかのYouTubeチャンネルとSNSがすべてなくなってしまっていた。
知ったのは朝だが夜になっても動揺は消えず、すがるように「ソーシキ博士」と検索したら関連する情報がいくつか出てきたので必死に文字を追った(上の記事もその時に見つけた)。
遅ればせながら『小説すばる』で連載していたことも知り、バックナンバーが揃っている都立中央図書館へ急いでコピーしに行ったのだった。それが去年の夏ごろ。
その後も定期的にTwitterで「ソーシキ博士」と検索し、同じように喪失感を抱いている人々の言葉を慰めとして過ごしてきた。印象的だったのは、博士の不在を悲しむ人がみな一様にかれの平穏と健康を願っていたことだ。きっと同じような何かを持った人たちがファンだったんだろうなと思った。
幸い、博士が友人と一緒に一時期運営していたYouTubeチャンネルの方は残っていたので、カセットテープなら擦り切れているくらい何度も何度も繰り返し再生した。
また、ソーシキ博士が手がけたMVも見つけた。他者への慈しみや、ぬくもりのあるユーモアが散りばめられたアニメーションを見ながら何度も癒されて泣いた。
そんな風にして博士の不在を意識してきた1年あまりだったのだ。そりゃうれしさもひとしおである。書籍の内容は、私がかつて図書館へコピーしに走った『小説すばる』での連載をまとめたものとあって、それもまたうれしい。
冒頭のニュースを見たあと「ソーシキ博士」でツイート検索すると、かつて博士の不在を悲しんでいた人たちが心の底から喜んでいる様子が伝わってきて、それもホッとした(SNSのアイコンが去年から変わっていない人もちらほらおり、会ったこともないのに仲間と再会した気持ちになった)。
先日は久しぶりに博士がパブリックな活動を再開し、さっそく擦るように何度も再生している。
第1回目のラジオの後半で博士は、本が出ることについて「私の文章がどうとか自分の本ですとかいうのは全然場違いで、とにかくこの本から少しでも海外インディーゲームとかゲームに興味を持つ人がいたらなによりだなと思ってやっている」と言っていたが、いやいや、博士の言葉そのものに助けられた人が、少なくともあのアカウントの数くらいはいます…!という、受け取っていた側の思いも伝えたかった。
見映え、強さ、大きさ、きらびやかさ、速さ、すごさ、高さ、ごつさ、そういうものに埋もれて、世間の何事にもついて行けなさそうになった時、博士の言葉が聞きたかった。ソーシキ博士がいたからやりすごせた日々が確かにあったのだ。
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