【か】カロリーメイト(五十音の私)
小学校低学年の頃は、夏になるとちょくちょく町民プールへ行った。保育園時代にはすでに「健康優良児」と称されていた私(大人になって母から聞いた)。当時も相変わらずぽちゃぽちゃしていたはずだが、まだコンプレックスという概念がなかったため周りの目などひとつも気にならなかった。
プールサイドをずんずん進み、生あたたかい水に浮かんだり潜ったり、疲れたらジャグジーに浸かったりと、自由に過ごしていた。
十分に満喫したらプールから出て更衣室で着替え、荷物を持っていそいそと2階へ上がる。広々とした休憩スペースだ。一角は全面ガラス張りになっており、先ほどまで自分がいたプールを眼下に望めるという粋な作りである。
そこの自動販売機で、カロリーメイトのチョコ味と冷たい缶ココアを買うのがお決まりだった。身体中がまだプールの独特な水気をふくんでいるのか、口の中でほどよく湿らせたカロリーメイトは、そこでのみ食べられる特別な味をしていた。最後のパサつきを冷たいココアで流し込むとさらに風味が変わる。
自分だけの至福を大事に味わいながら、水しぶきをあげて泳ぐ人々を眺める。さっきまで夢中で水をかく側の一人であったことも忘れ、急に大人になったかのような気分で「俯瞰」を楽しむ。もはやこの時間のためにプールに通ったといっても過言ではない。家を出る前から頭の中にはカロリーメイトがあった。
そんな安定したルーティンだが、一度だけ本当に小さな、一瞬のハプニングに見舞われたことがある。カロリーメイトの欠片が目の中に入ったのである。書きながら、果たしてこれが伝わるのだろうか、そして書く意味はあるのだろうかと不安でたまらないがチャレンジしてみたい。
カロリーメイトをかじったときに生まれる、普通は食べこぼしになるであろう欠片がどうして目の高さに来たのかはっきりとは覚えていない。想像するに、気分が良く、調子に乗っていた私は、カロリーメイトを持った手を頭上に掲げたのではないか。「手のひらを太陽に」のような感じで、わけもなくこみ上げる喜びのあまり身体が勝手に動く、そういう類いの行動だったのかもしれない。
結果、ぽろりと欠けた塊が下まぶたと目玉の間に入った。感覚的に、チョコベビー2~3粒分くらいの大きさだったように思う。え、え、えと焦り、瞬きをしているうちにどんどん目の奥の方に飲み込まれてしまった。呆然としたものの、しばらく経つと目の中の異物感もなくなり、恐らく身体に吸収されたのだろうと割り切った。
あるていど心を開いた相手には「むかしカロリーメイトの欠片が目に入っていっちゃったことがあるんだよね。でもたぶん吸収されてさ」と話すことがあるが、きちんと取り合ってもらえたためしがない。現によく分からないし、どうでもいい話だ。自分もこんな話になぜ固執しているのか不明だが、きっとそのよく分からないことが我が身に起きたという事実が忘れがたいのだろう。
一方で、大人になってからも何度か目に草やごみ、虫が入ってしまったことがあって、そんなときに(結局は奥の方に入って溶けてしまうのだから)といくぶん冷静でいられることは怪我の功名なのかもしれないとも思う。