聞くはレセプターを作る
「話を聞く」という行為に対してどういう認識を持っていますか?"聞き手が対話をコントロールする"でも書きましたが、よく言われるのは、話を最後まで聞きましょう、相槌を打ちましょうなどです。
これだけで確かに「話を聞く」は成立します。しかし、ここで誤解があるために、「話を聞く」ことができなくなる理由があります。
それは、「話を聞く」は受け身ではないか?という答えです。
◎「話を聞く」誤解
「話を聞いてほしい」というと、身構える人がほとんどではないでしょうか。それは次の行為が必要、そうしなければいけないと思い込んでいるかもしれません。
忠告を求められている。
評価を求められている。
問題解決を求められている。
共感を求められている。
意見を求められている。
退屈な話でも付き合ってくれることを求められている。
これは本当でしょうか。確かに上記を期待して「話を聞いてほしい」という方もいる一方で、ほとんどはただ「私の話を聞いてほしい」が望みのような気がします。何もしなくていい、何も言わなくていい。
話をすることで、突然アイディアが浮かんだり、物事が整理されたりします。話の後で、些細な事がきっかけで気づきやひらめきとして現れることもあります。
話すという行為は、情報伝達以外にも自分自身が何を思っているのかアプトプットすることで知るという目的も含まれています。
私は研修で参加者に問いを投げかけます。「話を聞いてほしいと思っている人は?」「話をしっかり聞いている人は?」。前者は手が上がりますが、後者は上がりません。
つまり、この聞いてほしい人は、私たち自身のことになります。「聞いてほしい」のに、「聞いてもらえていない」となるのです。
"話をじっくりと聞いてもらった"という体験こそ、「話を聞く」ことの価値を深く認識し、同時に"聞き手が対話をコントロールする"ことを理解することができます。
◎レセプター
"いつも使っている鞄メーカーが新しい色のダークブルーを発売した"
"車が欲しいな。スポーツタイプでSUVタイプがいいな"
もしくは、
"焼き鳥が食べたいな"
"お寿司が食べたいな"
といった状況になった途端、街中のショップやインターネット、すれ違う人の鞄や車がよく目に入るようになります。または、焼き鳥の炭火の香りやお寿司の酢飯の香りなど敏感に感じ取るようになります。それは突然訪れます。
これはその人にあるレセプター(受信機のようなもの)があるため、自然と情報を取りに行くのです。しかし、このレセプターがない人に同じ話をしても全く通じません。
また、レセプターがあったとしても、どんな情報でも取り込むわけではありません。どの情報を選択するのかはすでに決まっています。
脳は、目や耳からインプットされた情報をすべて取り込んでいるのではなく、取捨選択しています。見たいもの聞きたいものだけしか受け取りません。
研修後のアンケートでは、参加者それぞれのレセプターが異なるため、何を得ましたか?何をためしたいですか?という質問に対する答えは様々です。
◎チューニング
オーケストラでは、演奏する前に全員が同じ音を発します。その音は「E音=ラの音」です。
楽器の構造は同じでも、演奏者それぞれのメンテナンスの仕方による楽器自体の違い、演奏者自身の楽器を扱うことの違い、演奏者自体が感じ取る音の違いなど全く同じものというものが無い状態で、指揮者と共に一つの音楽を創り上げます。その前段階として、全員が同じ音楽を作り出すという焦点を合わせるためにチューニングをします。
情報を伝えるためには、自分と相手が同じレセプターを持っているのか、レセプターのチューニングは合っているのかを確かめる必要があります。もし、そのレセプターが無ければ、レセプターを用意するところから始めます。
コミュニケーションとは相手との関係性を構築するものです。相手の聞く能力に働きかけ、その能力を変えていくことで、レセプターが変化していきます。それができるのは聞き手側にあります。
※この「聞く」については次回以降もテーマとして取り上げ、継続していきます。