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かつてファミレスは24時間営業で、ブラック会社員は何度も救われた


あのころのファミレスは、24時間営業だった。



当時勤めていたのは、地域密着型の小さな会社。従業員は両手で数えられる程度。

先週の休みはどこに行ったのか、今日のお昼はなにを食べたのか。好きなアーティスト、お気に入りのドラマ、家族構成、なにもかも知っているし知られている。

そんな身内のような関係性を築いている職場が、アットホームな職場が、すごくきらいだった。



わたしは、ひとりで未知の場所へ行く時間が好きだ。

新幹線や飛行機や船に乗ってひとり旅をするし、推しを見に全国各地のドームへ向かう。

スマホのマップにブックマークしたカフェを、一軒ずつまわっていくのは楽しい。名物を食べながら、本を読んだりインテリアにうっとりしたりする。

大事なモノや景色や時間は、ひとりで静かに噛みしめたい。ひとりで過ごす時間こそ、大きく息ができる気がする。



だからこそ、仕事以外の情報までも共有され、朝から夜まで他人についての話題で持ちきりな職場は息苦しかった。

誰かに話したエピソードは、翌日にもなれば全員へ伝わっている。お昼ご飯は必ず誰かと一緒にとる文化があった。

本当か嘘かわからないような噂が社内を駆けめぐって、本人不在の間に盛り上がっている。わたしの休憩中は、なにをネタにされているんだろう。

耳に流れてくるすべての情報がどうでもよくて、否定も肯定もせず「そうなんですか」とだけ繰り返す毎日だった。



そんなある日、マネージャーにこっそり呼び出された。

「ひとりでよく旅行に行ってるよね。あんまり職場で話さないほうがいいよ。よく思わない人がいるみたい。」



は???「この前の日曜日なにしてたの?」という質問に、どこに行ったか答えただけなのに?

気まずそうなマネージャーが言うには、定期的にお金を使って遊びにいくことに対して「派手に豪遊している」「自慢している」と感じる人が存在するらしかった。


わたしは特定の社員に対するグチも噂も言ったことがない。(なぜならすべて筒抜けになるのがわかっているから)

誰も傷つけず、まじめに働き、稼いだお金を自分のために使っただけだ。それなのに、大切にしているひとり時間を侮辱されたような気持ちになった。



この日はずっとモヤモヤしていて、「むかつく」とか「かなしい」とか「なんで?」とか、いろいろな感情でごちゃまぜだった。

こんなときに限って仕事は忙しく残業になり、退勤したのは23時。今日は本当にツイてない。なにもかもが最悪。

仕事がおわると、普段はコンビニで適当にごはんを買ってまっすぐ家に帰る。でもこの日は違かった。



「こんな気持ちのまま、一日がおわるのっていやだな。」

だけどこんな時間から行きたいお店を探すのは難しい。どうしようか、と思いながら家に向かっていると、大きく光る赤い看板が見える。

近所のファミレスだった。このまま家に帰るよりマシか、と重い扉をおして入店した。



時間はちょうど0時ごろ。駅から30分も離れた場所にあるので、客はまばらで、きっと近所の人ばかりだ。日中は家族連れでにぎわう店舗だけど、深夜は別の場所みたいだった。

「お好きなお席にどうぞ」と店員のお姉さんが言う。まわりを見ると、4人がけのテーブル席をひとりで使っている人が多い。まねをして、窓際の大きなソファー席に座った。広くて贅沢だ。


参考書とノートをテーブルいっぱいに広げて勉強をしている、学生さんっぽい人。

前のめりでパソコンのキーボードを叩き続ける、OLさんっぽい人。

大きなビールジョッキをいくつも並べておかわりを頼む、新聞を広げたおじいさん。

終電を逃してしかたなく、というよりは自分の意志でここにいる人ばかりだったと思う。誰のことも知らないし、誰もわたしのことを知らない。気楽だ。


当時はまだタッチパネルが導入されておらず、席にあるボタンを押して店員を呼ぶ。ドリアとドリンクバー、食後にチョコバナナパフェを頼んだ。

高くもなく低くもない、店員のお姉さんのテンションが心地よかった。深夜用のシフトなのか、入店案内もオーダーもサーブもお会計もひとりで対応している。お姉さんの華麗なホールさばきによって、わたしたちの快適空間は守られていた。


ドリンクバーでオレンジジュースを注ぎ、近くに並べてあった粉チーズも手に取る。少しはしたないけど、ドリアに粉チーズを大量にかけるのが好きだった。

粉チーズまみれの熱々ドリアをあっという間に食べ、パフェを待つ。「深夜のカフェインは厳禁だけど、甘いものにはコーヒーだよね」と脳内で言い訳をしながら、ドリンクバーでコーヒーを淹れた。


そういえば大好きな漫画の新刊がでてたな、と思いだして、その場で電子書籍を購入する。

パフェが到着した。バナナ、生クリーム、コーンフレーク、アイス、チョコレートソース。甘いものだけでできた甘い食べ物。

漫画を読みながらパフェをつつく。パフェ用の細長い銀色のスプーンは、パフェのためだけに存在している。特別な気持ちにさせてくれる気がする。




・・・ここまできてふと「そういえば今日って、最悪な一日だったんだっけ」と思い出した。

熱々でしょっぱいものと、ひえひえの甘々なものを、ひとり夢中で食べていたらすっかり忘れていた。あんなにバッドモードだったのに。



ファミレスはすごい。すべての食べ物がある。なにを頼んでもすぐに出てくるし、1,000円でおなかいっぱいになれる。

いつでも明るくて、安全で、誰かしらがいる。いつ来ていつ帰ってもいいし、それぞれが好き勝手に過ごしている。客同士の会話が発生するわけでもなく、傷つくことも傷つけられることもない。

ひとり旅や、推しのライブや、おしゃれなカフェで感じる高揚感とは違う。もっと気軽で身近で、エネルギーがなくてもたどり着ける場所。

人の気配がある中で、ひとりでいられること。深夜のファミレスはものすごく居心地がよかった。


満腹になったわたしは、深夜2時ごろに店を出た。「こんな時間にパフェを食べるなんて罪!」と思いつつ、一日のおわりがパフェでよかったとも思った。



次の日から職場の環境がよくなるなんてことはなく、いつもの憂鬱な8時間がはじまる。

それでも「いざというときには深夜の避難先がある」という事実は、少しだけ心強かった。


それからというもの、会社でいやなことがあり「このまま一日をおえたくない」と思った日は、深夜にあのファミレスへ向かった。

山盛りのポテトをつまみにジョッキでビールを飲んだこともあるし、パフェとパンケーキを両方頼んだこともある。

「デザートはひとつだけ」なんて法律はないので、ひとりで好き勝手に、欲望のおもむくままに注文をするのは楽しかった。


その後わたしは転職して会社をやめることになるんだけど。それまでに数えきれないくらい、そのファミレスで深夜を過ごした。




あれから5年くらいが経つ。

そのあいだに新型の感染症が流行り、ファミレスは時短営業になった。22時にはほとんどの店舗が閉店する。

ボタンで店員さんを呼ぶことはなくなり、注文はタブレットでセルフオーダーになった。

なんと猫型のロボットが食事を運んでいる。にゃ〜にゃ〜と鳴きながら、忙しそうにホール内をくるくるとまわっている。


今後も営業時間が戻ることはない気がする。飲食店で働いた経験があるけど、通し営業よりも閉店時間があるほうが、準備やシフトの面でラクだ。

猫型ロボットは、365日24時間休憩なしで働ける最強のホールメンバーである。絶対に体調不良で休むことはない。実際に、従業員の負担軽減につながっているらしい。

値上げの影響で、粉チーズの無料提供は終了した。少しがっかりもしたけれど、あれはあたりまえのサービスではなく、ファミレスの優しさだったのだ。




たったの数年でファミレスの景色は変わった。
「深夜のファミレス」は、もう存在しない。


24時間営業に戻してくれとか、そういうことを言いたいんじゃない。きっとあのころよりも働きやすくなっているし、食事だってどんどんおいしくなっている。

時代によって形が変わるのは、あたりまえのことだと思う。


それでもあのころのわたしは、深夜のファミレスに何度も救われた。ひとりのようで、ひとりじゃない場所。

当時住んでいた家から引っ越してずいぶん経つけど、あのファミレスでお気に入りだった窓際の席からの景色を、いまでも覚えている。




たまに考えることがある。あのころのわたしみたいな人は、「このまま一日をおわらせたくない」と感じた夜は、いまどこで過ごしているんだろうか。

明るくて、安全で、誰かしらがいて。いつ来ていつ帰ってもよくて。大きなソファーと大きなテーブルがあって。思いつきで深夜にひとり、駆けこめる場所なんてあるだろうか。

いつかまた、わたしにも深夜のファミレスが必要になるかもしれない。そんな時、どこに向かえばいいのだろうか。


すべての人に、深夜のファミレスみたいな場所があるといいなと思う。






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