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エジプト旅行記『ナイル』

エジプトまで一人旅に来ている。

双極性障害と診断され数ヶ月。不安定な時期もあったけど、通院先もカウンセリング方針も決まりいまは少し落ち着いている。

今回の旅は診断前に決めていたし、別に身体中に管を通しているわけでもないし、薬も持ったし、何より自分の意志で「行きたい」と思ったのであればそれは行くべきだと旅立った。

長距離フライトなんて5年以上ぶりくらいで、機内やトランジットで時間を持て余していた時、昔KLM(オランダの航空会社)の機内で出会った日本人のおばさんのことを思い出した。

***

あえて“おばさん”と書いたけども、小柄で派手さのない本当に普通の身なりの50代くらいの女性がひとり、僕の隣に座っていた。

僕はてっきり、JTBかなんかのツアー旅行に申し込んで、席がたまたまバラバラになってしまったパターンか、娘ちゃん(息子ちゃん、もしくは旦那)が欧州在住で、一人で会いに行くパターンか、そんなことを想像して声を掛けた。

「どちらに行くんですか?」

と尋ねると、彼女は少しモジモジした格好でこう答えた。

「アフリカまで、一人旅行で…」

そのギャップに正直驚いた。


更に話してみると、普段は京都祇園の昆布屋で働いているそうだ。驚きは瞬時に二倍になった。

「主人や子供たちは半分呆れてますし誰も付いて来ようとはしませんが、毎年(!)こうして無理言ってアフリカに一人旅に行くんです…」

さっきまでただの"おばさん"だと思っていたのに、一気に旅の上級者感を感じ、ヘラヘラとヨーロッパなんかに向かっている自分の身が妙に縮こまった。ナメてかかってごめんなさいと。

聞いたらオランダは元々アフリカに植民地をたくさん持っていたので、今でもその名残でKLMはアフリカ線が充実しているそうだ。make sense. 旅好きを自称していた僕でもまだまだ知らないことがある。


***

そんな僕に心を許してくれたのか、アフリカの魅力を話してくれた。

「たまにアフリカに行くとゾクゾクするんです。サバンナのコテージみたいなところに泊まると、もちろん安全は確保されているんですが、夜中に遠吠えが聞こえてきたり、大きな虫か小動物が近くで這う音が聞こたりすると、ああ、生きてるなぁって」


僕はそれ以上何も掘り下げることができなかった。「星はきれいですか」とか幼稚な質問でなんとか話を広げようとしていたのが逆に情けなかった。


アムステルダムで別れ、昆布屋の名前を聞いた気がするけど忘れた。「またどこかで」と。


老舗本家の跡取りか、それとも嫁いだ若女将か。そんな人が年に一度、必ずアフリカのジャングルに行ったっていいじゃないか。そんなはずはないと、変なバイアスがかかっていた自分を恥じたし、悔い改めた。


***


12月のエジプトは乾季の真っ最中。日本の初夏のようで本当に気持ちがいい。他の11ヶ月を知らないけど当たり月だ。

今、あのおばさんも同じ大陸を旅しているのだろうか。それとも来年のサバンナを夢見ながら、昆布屋の年末商戦に勤しんでいるのだろうか。

そんなことを想いながら、ナイルの源流へ源流へと向かっている。

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吉本悠佑のイツスモ~it'sasmallworld~
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