【断片小説】東京の術師たちの物語11
柘に着いてきた俺と四戸は、応接間であろう座敷に通される。俺たちにここでしばらく待てとの指示を出した柘は火焔宮の主を呼びに出ていった。
俺は部屋をぐるっと見回した後、どうしても気になっていたことを四戸に聞いてみる。
「お前、本当は宵業じゃないのか?」
四戸は俺の問いに眉間に皺を寄せる。
「いや、ほら、さっき言ってただろ。空宵宮に仕えるとかなんとか。」
「さっきの柘だって火焔宮に仕える術師だろ。」
なぜ今、あのムカつく態度の柘が出てくるんだ?
「いや、アイツは宮仕えの術師だけど、お前は宵業っていうCIAみたいな組織の捜査官だろ?七番隊の。」
俺がそう言うと四戸は大きくため息を吐いた。どうやら俺に呆れているらしいが、なぜなのかは分からない。
困惑していると、丁度、火焔宮の主を連れて柘が戻ってきた。
俺と四戸は床に膝を着いて頭を下げる。すると上から野太く嗄れた声が降ってきた。
「顔を見せなさい。妖霊部の丹糸刑事と空宵宮の四戸次席官か。紅炎から話は聞いた。2日前の立川の火事のことで聞きたいことがあるそうだな。」
俺は恐る恐る顔を上げると柘より一層豪華な衣に身を包んだイケオジが立っていた。
これが火焔宮の主人、柘留火人か。思っていたより若いな。ヨーロッパ風の顔立ち。さっきの柘も同じ苗字。紅炎と留火人は顔は似ていないものの耳の形がそっくりだ。耳は直系の遺伝だから、紅炎は留火人の子供か。
俺が一人で観察して納得していると四戸は早速留火人に呪符を差し出す。
「こちらの呪符に見覚えはございますか?」
留火人は緩やかな手つきで四戸から呪符を受け取ると顔色ひとつ変えずに眺めて、ゆっくりと口を開く。
「…ないとは思うが。うちの術師は火焔宮の刻印がある呪符を使う。その方が無印よりも力を高めることができるからな。」
この呪符からは犯人は辿れないか。落胆したが留火人は気になることを言う。
「だが、この呪符、どこかで見たことがあるような。」
マジか?!思い出してくれ!
「父上、刻印がない呪符は宮殿の者以外なら誰でも使いますよ。」
そりゃそうだ。属する組織がない者は刻印を持たない。だが、呪符に書かれた字は術師本人が書き記すもの。字に見覚えがあれば何か辿れるはず。
「字に見覚えがある、ということでしょうか?」
俺は思わず聞いてみると留火人はにっこり笑った。
「そういうことだ。」
「それはどちらで?」
四戸がすかさず切り込む。が、留火人は難しい顔をした。嫌な予感がする。まさか…。
「思い出せんな。」
だろうと思った。上げて落とすなよ。顔はいいが記憶の方はイマイチか?なんてとても失礼なことを思いながら、俺は懐から渡邉の写真を出して質問を変える。
「では、こちらの人物はご存知ですか?」
俺が写真を目の前に出した瞬間、空気が張り詰めるのが分かった。ビンゴだ。
「以前、火焔宮に出入りしていた術師ですよね?」
畏れ多くもあるが、刑事としてしっかり事実確認をしなければならない。
「ああ…。うちの末席の術師だった。」
留火人は思ったよりもすぐ答えてくれた。それほど隠すことでも無かったのか?
「なぜ、彼を火焔宮の名簿から削除したのですか?」
俺の問いに言いづらそうにしながらも留火人は話し出す。
「渡邉は…浩太は素直な術師だった。浩太は火焔宮の術師になりたいと自ら門を叩いた。まだまだ末席で未熟だが、鍛錬に励み仕事もサボることはなかった。しかし、ある時から稽古に顔を出さないことが増えてきた。最初は怠けているだけかと思っていたが、ある日、浩太は過ちを犯した。」
過ち。犯罪ということか?それとも火焔宮や術師界の掟に背いたのか。
俺と四戸留火人の次の言葉を静かに待った。
「あやつは、教えてもいない技を…禁術を使い、庭で飼っていた犬を生きたまま火葬したた。」
俺は息を呑んだ。火葬。最初は動物で実験していたのか。サイコパスの典型だ。
「その事件があってすぐ、浩太を破門した。犬とはいえ、生きたまま火葬するのは禁術。浩太が、また何かやらかしたのか?」
最近の渡邉の動向は知らないのか?まあ、普通は破門した術師その後なんて気にしないか。
「2日前、立川で起きた火災について何かご存知ですか?」
四戸がすかさず切り込むと、先ほどまで憂いていた留火人の表情が変わる。
「火災…?まさか、あれは浩太がやったのか?」
火焔宮の主人は勘がいいらしい。それか、いつかしでかすことを危惧していたか。
俺は式神を出して記録した事件現場の写真を見せる。黒く焦げた一軒家。そして遺体があった部屋。燃えた呪符。
留火人は口を開けて放心状態。本当に驚いているようだ。
「酷い有様だな…誰か被害に遭った人はいるのか?」
これは俺が答えるべきか?四戸の方を見やると、四戸は留火人をまっすぐ見つめて言った。
「四戸凛太郎。その家の家主で、一般人です。」
留火人は言葉を失う。それを見かねて紅炎が口を挟む。
「でも、まだ浩太がやったという確証はないのだろ?」
「それを、今捜査しております。」
元身内。破門したとのことだが、留火人も紅炎も浩太の仕業であって欲しくないという思いは伝わってくる。それは火焔宮の名を汚したからか、浩太を守ろうとしているのか。どちらなのか、今のところ何とも言えないな。心境をどう表出させうようか思案していると留火人が口を開く。
「この呪符…どこかで見たと思ったら、浩太が犬を焼き殺した時に持っていた呪符に似てないか?」
紅炎は「まさか」という顔をして呪符を再度じっくりと見やった。
「お前たちに見せたいものがある。」
そう言って紅炎は応接間を出ていってしまった。数分して紅炎は戻ってきて、目の前のテーブルに包み紙を置いた。
包み紙には封印の呪符が貼られている。禍々しいもの持ってきやがって。
最初は前のめりに包み紙を眺めていた俺は封印の呪符が目に入った瞬間に思わず姿勢の重心を後ろに移動する。
「なんですか?これ。封印されてるみたいですけど…訳アリの妖具ですか?」
俺は得体の知れないものが目の前にあることが居心地が悪く、早く答えを欲してしまう。
だってそうだろ?もしこの封印されたものが今回の事件に関係があるのであれば、それが何でどんな恐れがあるのか知っておかないと。
事が起きてからでは遅いのだ。
留火人は先ほどの憂う顔とは打って変わって、眼光が鋭くなる。
「これは、浩太が火葬をした時に浩太の部屋から出てきたものだ。」
留火人はそう言って、封印されている包み紙を自身の結界で覆う。そして封印の呪符を外し包み紙を開けると、黒煙が噴出する。その黒煙は結界の中で下へと流れて中にあった物が見えてくる。
そこには黒い球があった。光を吸い込むような漆黒。初めて見るものだが、見るからに凶々しい。俺は思わず顔が歪んでしまう。
流石に四戸も多少はびびっているだろうと俺は予想して奴の顔をチラ見する。
俺の予想に反して、奴は無表情だった。なぜだ?普通こんなのにせられたらビビるだろ?
あらゆる気を感じられる術師は特に感覚に敏感だ。それなのにこんなにも動じないなんて。
もしかして、見たことがあるのか?このブラックマターを。
俺は気味が悪くて留火人に再度聞くと、とんでもない答えが返ってきた。