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弱光の支配する暗薄青の深海をオウムガイが漂う
弱光の支配する暗薄青の深海をオウムガイが漂う
強者から逃れ冷たくくらい深みで生きている
珊瑚礁のある西の海で命を繋いでいる
ピンホールの眼に映るのは
海流に散りまどう仄明るい一等星の遥かな瞬き
南極還流から届くクジラのうたのかなしい波動
ふりはじめたマリンスノーの悠久の落下
オウムガイの漂いは上下に左右にぎこちない
殻をおす水圧と拍動の緊張
浮力に抗する暗い海への憧憬
隔壁を貫く細管にカメラル液を行き来させ
漏斗から水を吐き見えぬ背後へ進む
その軌道は絶対方角をもたない不安定な浮浪
いのちの意志の危ういあがき
弱者の海は思いのほか生物相がゆたかだ
巨大な眼球や鋭い歯を持つ異形の魚が
時折光りながらオウムガイの近傍を泳ぎ去る
絶滅への分岐を歩む種の仲間はほとんどみえない
アンモナイトとの競争に負けたのはいつのことだったか
だが彼らはもういない 勝者は滅び 敗者が生きのびた
ヒト属の歴史は勝者が記すが
生命の歴史は敗者の勝利 勝者の滅亡を地が刻む
時が満ち オウムガイの身体を忘我が貫く
L字型に交接し珊瑚礁へ浮上する時だ
月が恋しい
子が愛しい
いや、表層海洋の循環に巻き込まれてはならない
深層海流の循環にも巻き込まれてはならない
生と死の炭素循環に消えてはならない
墨汁嚢も毒ももたない水夫は潜り流され浮き上がり岩礁を探した
大地が火を噴き大陸が動き
海流がその道をかえ星が落ち
ニワトリで釣られ海は汚れ沸騰した
海面を漂流するオウムガイの殻内の真珠層が陽に輝く
頭巾は落ち肉は朽ち 深海への沈降は叶わない 抜殻は漂うだけ
ただ 放射状痕は 水平線に沈む夕陽よりあかく耀う
よく見るとその傍らで
星よりも小さい幼体が深海へ潜ろうとしている
暗薄青の深海をその昔、オウムガイが漂っていたという
【AN0LDB0】