ツーリング日和4(第2話)ユリ
お母ちゃんも変わった人だけど、お母ちゃんが愛した男も絶対に普通じゃない。その男が父親になるのだけど、お母ちゃんは殆どなにも話してくれない。けど容貌ぐらいは想像できる。写真すら見たことないのにどうして想像できるかだけど、ユリは間違いなく父親似のはずなんだ。
理由はね、なんと、なんと碧眼金髪なんだよ。そう誰がどう見たってユリはハーフで、それも白人とのハーフは確実だってこと。見た目もガチの白人そのもの。違うのは肌で、あれはお母ちゃんの血を受け継いでいるはず。
白いのは白いけど、白人の肌の白じゃなくて、日本人の肌の色白だ。それも透き通るような白さと言えば良いのかな。細かいミックスの度合いはともかく、父親が白人なのだけはわかる。ついでに言えば背も高い。
こういう容貌は諸刃の剣みたいなもので、下手すりゃイジメの対象になったりもするのだけど、イジメに遭ったというより、あまりにも白人寄りだから別扱いされたぐらいかな。中学とか高校とかなら髪の色でもめるのもありそうだけど、ユリの顔を見ただけで、
『そりゃ、金髪だろう』
これで終わってしまった感じかな。そこまで風紀が変に厳しい学校じゃなかったのも幸いだったかもしれない。この辺は同級生でも、ハーフじゃなくて生粋の外国人だと思い込んでたのもいたぐらいだもの。
容貌で損したか得したかは微妙だけど、外見だけで英語はペラペラどころか外国人そのものに見られてしまう。この辺はお母ちゃんも気にしていた部分はあったみたいで、幼児の頃から英会話教室にずっと通わせられてた。そのお陰で英検は準一級まで取ってるよ。
語学と言えば、大学で第二外国語を取る時に珍しくお母ちゃんが口を挟んだのは覚えてる。ユリは何語でも良かったのだけど、お母ちゃんはドイツ語にしろってうるさかった。あれはなんだったんだろうな。
ユリが大学生になって始めた趣味がある。ユリは自宅通学なんだけど、バイク通学にしたんだよ。最初はスクーターだったのだけど、バイクに興味を持っちゃったんだ。もっと大きな本格的なバイクが欲しいってお母ちゃんに相談したんだよね。
これはさすがに無理かなって思ってた。バイクはやっぱり危険だし、女の子じゃない。でもね、でもね、あっさりOKになっただけじゃなく、
「大型二輪まで取りなさい」
教習所に通って取らせてくれた。めでたく免許が取れたらバイク選びになるけど、クルマ選びよりバイク選びは複雑なんだよ。だってクルマ選びなんて極端な話、欲しいクルマを買えるだけの購入資金を準備できるかどうかがすべてみたいなもの。
バイクとなると免許区分、任意保険、車検の有無も絡んで来るし、車体の大きさはモロに乗り手に影響する。クルマと比較にならないぐらい大は小を兼ねないのがバイクなんだよね。
「それ以外の消耗品代だってバカにならないでしょ」
バイクを乗り続けるためにはオイル交換やタイヤ交換は定期的に発生する。バッテリー交換や、ブレーキパッドの交換とかもね。それらの費用はバイクの排気量が増すほど重くなる。
オイル交換だって、当たり前だけど大きいほどオイルの量が増える。タイヤ交換なんて小型と大型では文字通り桁違いになる。燃費だってそう。小型と大型だったら世界が違うぐらい差があるもの。
なんかみみっちい話をしていると感じるかもしれないけど、これもクルマとの違いの一つ。クルマでもランニング・コストが発生するし、バイクより遥かに重い。でも、ここまで重く考えないと思う。
なぜバイクは重く考えるかだけど、バイクを購入する時には既に家庭にクルマがあるケースが多いからだと思ってる。既にクルマの重い維持費を払っているから、バイクの維持費は極力抑えたい心理が出てくるぐらいかな。
そんな色んな条件を考えて人気があるのが250CC。トータル的には日本ではベターに見えるのは確かなんだ。維持費だけなら小型が圧倒的だけど、小型はやはり非力すぎる。原付一種は論外としても、原付二種でもシンドイのよね。
通勤通学に使うだけなら問題ないけど、ツーリングを視野に入れると峠道に弱すぎるし、高速道路を走れないのは大きすぎるデメリットになる。全員とは言わないけど、中型以上のバイク、とくにミッション車を買おうとする人はツーリング視野に入れてるものね。
維持費で最大のメリットは車検がない事。言うまでも無いけど、任意保険も、消耗品代も大型に比べれば割安だし、取り回しだってそう。ユリも最終的に選んだのは250CCになった。
乗ってからも気に入ってるけど、250CCでも万能じゃない。ユリの感想としては小型と大型のエエとこ取りしたとは言い切れない感じがしてる。こんなものは言い出せばキリがないけど、250CCでも女の子に取り回しはラクとは言い切れない。
バイクの取り回しって日常使用でバカに出来ないのよ。バイクってクルマと違って、人が押したり、引いたりする部分が大きくて、ここに苦痛を感じてしまうと乗るのも苦痛になってしまうぐらいなんだ。
それとね、やっぱり非力だ。そりゃ、小型の非力さとは比べる次元が違うけど、たとえば250CCのメリットの高速を走れる点でも出てくる。ユリに言わせると250CCは高速を走るバイクと言うより、高速も走れるバイクって感じがあるんだ。
ユリが250CCを買ってからツーリング・サークルに誘われて入ったんだ。勇躍ツーリングに出かけたのだけど、そこには大型バイクも混じるんだよね。はっきり言うと250CCはツーリング参加バイクで最小最弱ってことになる。
250CCだって高速を走れるのは間違いないけど、大型に付いて行くのは、正直なところラクじゃないどころか大変と感じることが多いもの。そうだね、持てる力を振り絞って付いて行く感じになる。
高速だって短距離・短時間利用なら問題はあまり感じないけど、長距離・長時間利用となると辛くなることがある。高速走行からの加速もそうだし、巡行走行でも速度があがるとキツイ部分が出てくる。
それとこれは純粋に車格差になるのだけど、250CCは巡航速度があがると振動が強くなる。その長時間走行となると、ボディーブローのように応えてくる感じと言えばわかってもらえるかな。
もっともだよ、だったら大型にすれば良いかと言えば、そんな単純な話じゃないのがバイクでもある。大型は維持費もそうだけど、とにかく取り回しの負担が別物ぐらいに変る。そりゃ、大型はツーリング、とくに長距離ツーリングに威力を発揮するけど、その代わりに日常ユースを確実に圧迫する。
結局のところ、すべてを満足させるバイクってないと思ってる。ツーリング重視なら大型だろうけど、あんな代物を日常の足として使うのは根性がかなり必要。つうか、大型に乗る人はツーリング専用と割り切っているか、普段の苦労を耐え忍んでツーリングの時の楽しみを最優先してると思ってる。
250CCの特性として、日常ユースは小型よりは落ちるけど実用範囲にあり、ツーリングは大型に較べると苦しいけど、それでもそれなりに楽しめるバイクぐらいとして良いぐらいが感想になる。
なにを優先して、なにを楽しみにするかなんて結局はそれぞれの使用用途、使用目的で変わり、そこでどの部分を満足するかは個人の主観だよね。ユリはツーリングも好きだけど、やはりメインは通学。だからあれこれ不満はあっても今のバイクに満足してるよ。
バイク・ツーリングはユリの学生生活の楽しみの部分になってるけど、別にバイクに明け、バイクに暮れるほどのフリークじゃない。学生生活、青春の華と言えば恋愛だよ。ユリだって恋人と甘い時間を過ごすのが憧れだ。
ユリだって、それなりにモテるんだよ。これでも碧眼金髪の西洋美人の端くれぐらいになるだろうから、中学ぐらいから告白されたこともあるし、高校生にもなれば付き合ったこともある。大学に入ってからもそう。
だけど深い関係まで行ったのはないのよね。たしかにモテるけど、どうにもユリの外見だけに魅かれたとしか感じられないんだ。外見に魅かれたって悪いとは言えないけど、どう言えば良いのかな。魂が魅かれ合うほどの相手はいなかったぐらい。
だから長続きしたのはいない。最長で三か月ぐらいかな。友だちにはもったいないとか、理想が高すぎるとか言われたけど、相性って大事だとユリは思ってる。そりゃ、初体験だってやりたいけど、無理やり済ますものじゃないと思うんだ。
彼氏が出来た頃にお母ちゃんに相談したこともあるけど、あれは後悔したな。後悔は男女交際なんて以ての外と頭ごなしに怒鳴られたりじゃなくて、
「トドの詰まりはやるかやらないかに尽きるのよね」
あのね、話がいきなりそこに飛んでどうするの。
「それとね、相手の本性なんて、やっただけじゃわからない事が多いし、結婚してやっとわかったりも当たり前みたいにあるからね」
あんたは結婚すらたどり着いてないでしょうが。そもそもだよ、どうしてお母ちゃんはそいつとユリを作ったんだと聞いたんだけど、
「若さ、気の迷い、勢い、その場の空気」
おいおい。
「ユリだってそのうち経験するよ。あんなもの計算づくで出来るものじゃない。頭に血が昇って、何も見えなくなるから出来るもの。それが恋ってものだし、やったこと自体はお母ちゃんも後悔していない」
そんなものなのかな。
「そんなもの。北白川葵もそう言ってるでしょ」
北白川葵はあんただ。あんたの作品に出てくる女は、やれば感じてセックスに溺れ込むけど、
「感じるのは置いといても、やれば男と女の関係が変わるのだけはある。あれはね、男は支配したがるし、女は頼りにしたがる関係が出来ちゃうからなの」
そうなんだ。
「そんな簡単に信じないの。でもね、男はそうなりやすいけど、女はもっと複雑よ。所有欲なら女の方が強いぐらい。自立心だってね。ユリがどう変わるか今から楽しみだわ」
他人事みたいに言うな。お前の娘だろうが。ユリはね、もっと平凡な恋で良いんだよ。そう、結ばれべき相手と初体験をして、そのまま結婚までゴールイン。
「ユリもクラシックだねぇ。そう言えば処女を捧げた相手との結婚率のレポートがどこかにあったはず。ついでに離婚率も。あれ、どこにしまっておいたかしら・・・」
ほっとけ。夢は夢、現実は現実って、このお母ちゃんに教え込まれてるからね。
「そこさえわかっていればだいじょうぶ」
わかってなくて失敗したのはあんただろうが、
「失敗? そんなもの主観だよ。ユリを産んだのに後悔はないよ」
この母親の頭のネジは抜けまくってると思うことがしばしばある。そもそもエロ小説家なんて職業がまともな感覚で出来るものじゃないよね。そりゃ、来る日も来る日もアレのシーンを思い描いて文章にしてるんだもの。
それもだよ、あらゆるシチェーションで、これでもかと言うぐらい女が過激に感じまくるシーンを妄想してるようなものじゃない。言い切れば朝から晩まで、下手すりゃ夢の中までエッチを考えてる事になる。
「それがプロだよ。甘い仕事じゃないからね」
そりゃ、そうだけど、他人に自慢できるものではない。それでもユリも養ってもらってるから文句も言えないけどさ。