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ツーリング日和6(第30話)窮地

 竹野さんが目指しているのは乳頭温泉郷の鶴の湯です。竹野さんは当初の予定はソロで気まツーしながらツーリングをして、鶴の湯に泊るぐらいのプランだったようです。鶴の湯だけは予約を取っていたようですが、

「本当に申し訳ないのですが、どうしても二部屋取れないのです」

 鶴の湯は人気旅館のようで、だから予約を入れていたぐらいで、急にはもう一部屋は無理だと言われたで良さそうです。そういう事情なら嫌も応もありません。

「かまいません。竹野さんは信用できる人です」

 部屋に入ってからですが、またしても竹野さんは香凛に頭を深々と下げて、

「実は・・・」

 竹野さんはソロツーの予定で、なおかつ民宿とか使いながらのツーリング予定だったそうです。そこに香凛が加わっただけでなく、香凛のカードまで止められてしまったので払いがすべて竹野さんになってしまいます。

「同僚にも白羽根警備の手が回ってしまって・・・」

 そこまでするのかと驚くばかりでしたが、香凛と一緒にいるのが竹野さんだと突き止め、会社の同僚に脅しをかけて、竹野さんへの協力を止められてしまっているようです。これが日本最凶と呼ばれる理由だと思い知らされました。

 思えば泊まった宿もどこも小綺麗なところばかりでした。そういう宿が好みなのかと思っていましたが、そうでなくてすべて香凛に不快な思いをさせないためだとわかって、身の置き所がない思いになってしまいました。

 竹野さんは香凛を秋田のフェリーに必ず乗せると言い、竹野さんは野宿してでも帰れるから大丈夫と言ってはくれましたが、そんな事をさせるわけにはいかないじゃありませんか。とはいえ窮地に追い込まれているのだけはわかります。そんな時に、

「あのバイクがいましたね」

 黄色と赤の小型バイクで、たしか若い女の子のマスツーだったはず。彼女たちも鶴の湯に泊っているようです。

「イチかバチか頼んでみる」

 そんな無謀な。行きのフェリーで一緒だったとはいえ、船内で話をしたことさえありません。そんなほぼ見ず知らずの他人にお金を貸してくれなんて無理に決まっています。香凛は、

「いくらなんでも・・・」

 それでも竹野さんはこの窮地を脱するには、これしかないと思い込んでいるようです。竹野さんと話をしながら香凛は自分を恥じました。なんの関係もなかった竹野さんをこんな騒ぎに巻き込んだのは香凛です。

 竹野さんは香凛の頼みをすべて聞き入れ、ここまでしっかり守ってくれています。そんな竹野さんが窮地を脱するためにやるとうしている事に反対するなんて、おこがまし過ぎます。香凛がやらなければならないのは、竹野さんを信じ、助けることじゃないですか。竹野さんの、

「誠心誠意で頼めばなんとかなる」

 それが竹野さんの選ぶ道なら疑ってどうするのですか。竹野さんは一人でお願いに行くつもりだったようで、

「朝まで頑張っても、必ずなんとかしてみせる」

 こんなもの一人で行かせるものですか。元はと言えば、香凛が引き起こした騒ぎなのです。

「一人では行かせない。一人より二人で頼んだ方がまだ可能性が出てくる」

 二人組の若い女の子の部屋ですが、香凛たちが泊まっている宿泊棟の向かいの本陣と呼ばれるところです。窓からあの二人が部屋に入るところを竹野さんは見ていたようで、部屋の場所もわかっています。

 もっともすぐにも部屋に行ったと思うかもしれませんが、食事も終わって部屋を訪れるまでかなり時間が経っています。さすがに決心と覚悟が必要ですからね。

『トントン』

 ドアをノックして反応があるまで、ドキドキでした。ドアが開いた時にコトリさんと顔を会わせたのですが、コトリさんの顔が完全に凍り付いていました。後から聞いたら、

「リアルなまはげかと思うた」

 ランプの暗めの灯りに浮かび上がった顔がよほど怖かったとのこと。

「いやいや、あの決死の形相がやで」

 気持ちはわかります。薄暗いランプの灯に決死の形相の竹野さんの顔があれば、誰でもそうなるはずです。よくあそこで悲鳴が出なかったと思うぐらいです。そこから温かく迎え入れてくれて、真摯に事情に耳を傾けてくれましたた。あの夜はまさに運命の転換点で、

「事情はわかったからゼニは貸したる。貸したるけど、明日はどうするつもりや」

 それは秋田からフェリーに乗って敦賀に、

「アホか!」

 そこからはあれよあれよになっています。秋田から山形に宿を変え、さらにフェリーを乗るのも秋田港から新潟港に変更。コトリさんたちも大幅な予定変更になったはずなのに迷惑な顔一つ見せません。

「あんな、カネ貸して終わる話やないやろ。相手は白羽根警備やぞ」

 口では厳しいことを言いますが、逃避行の道連れになった感じはゼロで、マスツーが四台になったぐらいの感覚しかないで良さそうなのです。鳥海山ブルーラインを楽しみ、途中でお土産物をこれでもかと買い込み、

「あんたらが追いつめられた心理になるのはわかる。追いつめられて緊張ばっかりになるのもわかる。そやけど緩められる時には緩めるのがこういう時の心得や」

 この二人ですが実は香凛も知っていました。もちろん鶴の湯の部屋で会ってから気づいたのですが、香凛にしてもよもやどころか、まさか、まさかの人過ぎて今でも信じられないぐらいです。不審そうな竹野さんに、

「まだ言えないけど、奇跡が起こったと思えば良いかな。この世でこれ以上の味方が付いてくれるなんてないぐらい。でも怖い。とっても、とっても怖い人たち」

 今はこれだけしか話せないけど、竹野さんは納得しないだろうな。もう少し話しておいても良いはずだから、

「わからない? あの人たちは白羽根警備がどういう会社か良く知っている。知っているからあれこれ策を巡らせてるけど、これっぽっちも怖がっていない。まるでゲームを楽しんでいる」

 香凛は遠くを見て呟くように、

「女神は美しく、賢く、そして怖ろしい」

 はぁってな顔の竹野さんに、

「女神は逆らう者を決して許さない。逆らう者の末路は悲惨」

 香凛は竹野さんに向き直り、

「女神は信じた人間に恵みを与えるとも言われてる。まさかこんなところで巡り合うなんて」

 竹野さんはそれでも不思議そうに、

「女神ってなんだよ。目の前で玉こんにゃく囓りながらラーメンすすってるのが女神と言うのか」

 たしかにね。そこからは信じられない事の連続で、なぜか今は竹野さんと神戸のホテルに泊まっています。

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