ツーリング日和5(第31話)アフタヌーン・ティー
やって来ましたリッツ・カールトン。ケーキは従業員に運び込ませて、ミチルと二人でクラブラウンジに。これは三十四階にあり、受付で名前を言うと案内されました。こりゃ、リッチだよ。
広々としたところに見るからに品が良さそうなソファや椅子、さらにテーブルが配置され、照明はシャンデリアだよあれ。大きな窓からの景色は良さそうだし、あそこはバーカウンターだ。それもラウンジ専用のバーカウンターだよ。それとだけどピアノも置いてあって、なんと生演奏。
さて待ち受けていたのは四人の初老のおっさん。互いの自己紹介があったけど、元男爵の家柄だそう。あちゃ、燕尾服かよ。アフタヌーン・ティーには過剰じゃないのか。そんなこともあろうかとこっちはタキシードにしておいた。あいつらが燕尾服にした理由も予想通り、
「ハインリッヒ公爵殿下への菓子提供に付き、お上より内意を賜り確認させて頂く」
もちろんボクが予想したのではなく、ミチルの予想。陛下が絡んでくるなら第一正装で来るだろうって。タキシードは夜の第二正装だけど、燕尾服で対抗するのは無粋だからこれで問題はないはず・・・ってミチルは言ってた。
それとお上って天皇陛下の事だけど、内意って内々の秘密じゃないのか。それをまるで高らかに宣言するように大声で言うとはどういうことだ。そこから審査が始まったけど、ボクのドゥーブル・フロマージュはこのおっさん連中だけでなく他の客にも提供されるようだが、これもなんのためだろう。審査の展開は、
「山名殿、どうですかな」
「これは、あれですな。山崎殿の御意見は」
「本堂殿と同じでございます」
三人の意見を聞いた生駒と名乗るおっさんは、
「これは確認して置いて良かったですな」
どう聞いても褒めてないな。生駒は、
「貴店のケーキは公爵殿下に供するには問題があります」
問題ってなんだよ。
「わかりませぬかな。供するのは公爵殿下なのです。このようなケーキは庶民にはまだしも、高貴な生まれの方には相応しくないと言う事です」
あのなぁ、相手は公爵殿下であろうと同じ人間だぞ。
「こうなるであろうと思い、より相応しいケーキをこちらに準備させております」
生駒が合図をするとワゴンを押して現れたのはナガトじゃないか。こいつら、
「皆様も食べ比べて頂けばすぐにわかります」
嵌められた。こんな猿芝居が用意されていようとは。おっさん四人は、
「血は争えませんな」
「庶民ではこの味の格の違いさえわかるまい」
「さすがは男爵家のお家柄だ。庶民では死ぬまで理解できるものではございません」
生駒は、
「我々四人だけでは貴殿も不満が残るであろう。ここに居合わせる人々の意見も聞いてみましょう」
そういうことか。ナガトの家は元男爵家だ。さんざん聞かされたからな。生駒たちのロジックは、公爵殿下の口に合うケーキは貴族が認めたものでなければならず、そんなケーキを作れるのは、貴族の味を知っている貴族出身のパティシエがより相応しいとしたいのだろう。
会場をわざわざクラブラウンジにしたのもそうだ。ここはスノブなセレブ連中の集まるところだ。日本に貴族はいないが、セレブ連中は庶民とは違うの意識を持っているはず。ぶっちゃけ気持ちだけは貴族気取りのところがあるはずだ。
生駒たちはケーキの審査基準を貴族の口に合うものにしている。そのために貴族が作ったケーキを貴族が食べて認めるパフォーマンスをやっている。そりゃ、今でも元華族はセレブ連中でも一目以上置かれていても不思議無い。天皇陛下の内意を受けたとなれば、あの四人の批評は絶対になってしまう。
ここまで仕組まれるとケーキの味の良し悪しは関係なくなる。このクラブラウンジ内のセレブ連中は心の底で貴族であるの意識があるはずだから、ここで生駒たちの意見に反対すれば貴族の味がわからないのレッテルを貼られしまうのを恐れるはずだ。
ここまでやるか。クラブラウンジ内の全員がナガトのケーキを支持してしまうと、ボクがいくら頑張っても鼻で嗤われるだけだ。それこその孤立無援だ。それだけじゃない、ここで引き下がればナガトのケーキは天皇陛下も認めた日本一のケーキにされ、ボクのケーキは無残に貶されてしまう。
拙い、拙い、完全に罠にはまってる。なんとかしないといけないが、あいつらの罠は完璧だ。ボクが頑張れば頑張るほど泥沼に落ち込むように作られている・・・・・・すると右隣の席にいた若い男性が、
「ボクは庶民のケーキに一票」
あれっ、さっきまでピアノを弾いていたはず。さらにその若い男の向かい側に座っていた若い女性。あれは白人だな。
「私もこちらに一票です」
味方が二人出て来たぞ。でもどうなるんだ。
「どなたか存じ上げませんが、今回の審査は高貴な方へのケーキです。あなた方の意見は参考になりませんな」
なんちゅう上から目線な。
「ほう、ボクたちの意見が参考にならない理由を教えて頂きたい」
若い男は冷静に応じてるぞ、
「高貴な人に合う食事は、高貴な血筋を引く者でないとわかるはずがない。ピアノ弾き風情や、白人女の意見など取るに足りません」
そんなことを口にするか! 問題発言なんてレベルじゃないぞ。そっかそっか、右隣の席の二人は、おそらくクラブラウンジで生演奏を頼まれた一般人のはず。おっさん連中の感覚的には、
元男爵家 → セレブ連中 → 下々の者
この序列のマウントで抑え込もうとしてるのか。すると右隣の席の若い男性は、
「はぁ、ケーキの味の良し悪しに家柄が重要なんて話をここで初めて聞いた。あなた方の理屈なら、家柄が良い人間の意見の方が格上になり大きくなるが」
「当然だ。言うまでも無い」
男は腹を抱えて笑い。
「それならボクが決める。ケーキの変更はなし、話は終わりだ」
「無礼な、ピアノ弾き風情が何を言うか」
すると男は、
「ボクの名前は北白川紘有だけど、聞いたことがないかな」
誰だそいつ。そんな苗字のエロ小説家がいたけど、おっさん連中の顔色が変わっていた。
「北白川紘有って、あの北白川・・・」
生駒と名乗っていた男は明らかに動揺しながら、
「いや、あの、その、北白川様の一票であっても・・・」
おいおい、さっきの勢いはどこに行った。
「一票じゃない二票だ。それもタダの一票じゃない。ユリア侯爵殿下の一票だ。これに逆らうつもりかね」
侯爵殿下って、まさか本物の侯爵がいるのかよ。すると若い女性が、
「私から見れば、元皇族も、元華族も、しょせんは元であり今は一般市民でございます、兄上に提供されるべきはこちらでございます。これ以上の議論は不要です」
兄ってことはこの女性はハインリッヒ公爵の妹ってことかよ。本物の貴族のお姫様だ。それにしても綺麗な日本語だ。やはりアニメ・オタクだとか。
「それとあなた方は陛下の御内意と仰られていましたが、これは先ほど皇太子妃殿下に連絡させて頂きました」
ぎょぇぇぇ、皇太子妃殿下に直電って、
「皇太子妃殿下は直ちに皇太子殿下に御相談され、陛下に御確認を取られました。そのような内意はどこにも下されておりません。もう下がって宜しい」
じゃあ天皇陛下に内意はウソってことに。若い男性は、
「このことは菊霞会に報告させて頂く。それ相応の処分はある物と覚悟した方が良いと思う」
もう真っ青になった生駒たちはあれこれ弁明しようとしていた。
「これは日本の事を思ったがためのもので・・・」
「悪意ではなく好意のボランティアのようなもので・・・」
「陛下の内意と申しましても、あくまでも御心を慮ってのもので・・・」
そしたら侯爵殿下は不快そうな顔で睨みつけ、
「下がって宜しいと言ったのが聞こえませぬか。ならばもう一度言います。見苦しい、目障りです。直ちに下がりなさい」
ひょぇぇぇ、まさにピシャリ。本物のお姫様は怖いよ。おっさん連中は尻尾を巻いて出て行った。お姫様で侯爵殿下と聞いてビビってたのですが、おっさん連中がいなくなってから、
「こんにちはストリート・ピアニストのコウです」
「コウの婚約者のユリです」
ミチルが知っていたのだけど、コウさんは有名なピアニストで、コンサートを開けばそれこそのプラチナ・チケットだとか。それと北白川は元皇族の家柄だそうで、そこの跡取り息子だそう。ユリア侯爵殿下の方は、
「血筋だけ。庶民の娘のタダの女子大生です」
ハーフだけど、生まれも育ちも生粋の日本人だそう。なら公爵殿下の称号はまさかブラフとか、
「メンドウなものだけど一応本物」
エッセンドルフ公国のお世継ぎ騒動に巻き込まれて、スッタモンダの末に押し付けられたそう。さらに名誉称号みたいなものじゃなく、なんとだよ宮中序列が終身二位ってマジかよ。
「ホントに迷惑なんだけど、兄が関西まで来やがるからお付き合いさせられる予定」
正真正銘のモノホンの上位も上位、それも最上位貴族。だから皇太子妃陛下に直接連絡を取ることも出来るのか。それと今日ここに居合わせたのは、結婚式の会場の下見だそう。もっとも、これも下見と言うほど気合の入ったものじゃなくて、
「式やるとなるとコウの親戚連中がウルサイのよ。それに下手すればエッセンドルフ家からも来かねないでしょ。だからコウの仕事のついでに下調べしてる程度。こんな家柄とか、称号って邪魔にしかならないよまったく」
ガチのセレブの式だ。でもお二人は楽しい方で、なんと趣味はツーリングで、二人が知り合ったのもツーリング先だそう。
「へぇ、シェフもバイク乗るの。だったら一緒にツーリングしませんか。もっともコウと一緒ならストリート・ピアノ・ツーリングになっちゃうけどね」
バイクに乗ってツーリングやってる元皇族と侯爵殿下のカップルなんて滅多に見れないだろうな。帰りにミチルに今日の事を話していたのだけど、
「途中まで不安でたまらなかったもの。まさかこんな展開になるなんて・・・」
それはボクも同じ。コウさんとユリア侯爵殿下がいなかった撃沈してたものな。