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ツーリング日和6(第23話)山形ツーリング
朝食は七時半からで八時には出発や。
「シノブちゃんには」
「山形牛か魚沼産コシヒカリで手を打っといた」
朝風呂気持ち良かったな。まずはここまで来たら田沢湖に寄らんかったらウソやろ。半周だけクルっと回って、たつこ像で記念写真や。これで田沢湖行ったことになるでエエやろ。田沢湖から角館やけどさすがに寄るヒマあらへん。アスピーテラインと一緒にお預けや。
角館から由利本荘に抜けたから秋田市内はこれで完全回避でエエやろ。そやけど結構かかるな。もう十一時をだいぶ回ってもた。もうすぐ今日の目玉の鳥海山ブルーラインやけど、
「展望台ぐらいでお昼ご飯なの」
我ながら芸がないと思わんでもないけど、他に思いつかんからそうするわ。ブルーラインもエエ道やな。
「走れて良かったじゃない」
鳥海山は秋田と山形の県境になるけど、こりゃ壮大やわ。まあ、今回のツーリングはこんなんばっかりと言えんことないけど、
「贅沢よね」
ホンマにそう思う。これだけ絶景ツーリングばっかり出来るんやものな。寒風山、竜泊ライン、八甲田山に続いて鳥海山やで。そろそろ五合目か。駐車場も広うて嬉しいわ。とりあえず昼飯やけど、
「山形と言えば玉コンニャクだってね」
「秋田の焼きりたんぽもあるのが県境やろな」
両方ゲットして鳥海ラーメンってなんや。なんか辛味噌入れるらしいけど色んなご当地ラーメンがあるもんや。普通いうたら、普通に美味しいけど、
「ここで食べるのが値打ちよ」
それはある。観光地食堂は味やない、そりゃ美味い方がエエに決まっとるけど、ここで食べてると言うのがプレミアやもんな。
「鳥海山登山の基地みたいなものよね」
ここで五合目やからな。さすがに登っとる時間はあらへんわ。景色も堪能したから下るで。こりゃ楽しいわ。鳥海山を下りたら道の駅鳥海に寄って、
「ここからどれぐらい」
「二時間もあったらお釣りやろ」
「だったら本間屋敷寄って行こうよ」
酒田の本間いうたら日本一の大地主で、
『本間様には及びはせぬが、せめてなりたや殿様に・・・』
こうとまで歌われた大金持ちやった。なにせ三千町歩つうから三万石の米が取れたことになるもんな。地主は三割ぐらいの取り分やったはずやから、九千石か。江戸期を通じて一石はおおよそ一両やったからゼニにしたら九千両か。
「領主の取り分もそれぐらいだけど、使用人の数が違うものね」
本間家も戦後の農地改革で散々な目に遭うてるのは仕方ないやろ。それでも滅ばんように頑張った話はどこかで読んだことがあるけど、今日はエエやろ。なんとか時代に対応してそれなりに生き残れたのは大したもんぐらいにしとこう。
今に残る本間家旧本邸も凄いもんで、幕府の巡見使を迎えるために新築して藩主に献上したもんやと言うから驚くわ。もっとも献上した言うても形だけで、巡見使が帰ったら拝領しとるねんけど二千石の格式らしいわ。そんなに寄り道やないから寄ってこ。
「栄枯盛衰ね」
農地改革にも光と影があるけど光の方が多いやろ。あん時の地主に同情するんは、ハイパーインフレで公定価格がダダ下がりしたことやろな。相続税も爆上がりしたし。ほいでも富は一か所に固まらん方がエエのは間違いない。
「そうよカネは天下の回りものじゃなくちゃいけないの」
欧州の王室がバタバタ倒れたんもそうやもんな。カネと権力が集中したら無敵に見えるけど、
「圧倒的多数の持たざる者に倒されるのが歴史の鉄則だもの」
わかっとってもやってまうのが人間やけどな。今日は急ぐから本間美術館はパスで宿行くで。東北の道はほんまにツーリングにマッチしとるわ。どこ走っても気持ちエエんよ。市街地も短いしな。さてこの辺やけど、
「コトリ、これ?」
宿の名前も合うてるけど、なんやこれ。看板だけは大きいけど、これホンマに旅館か。民家ぐらいしかあらへんやんか。さすがに失敗したかな。素直に温海温泉にしといたら良かった。
「香凛お嬢様に失礼じゃない」
こここまで、しょぼいはずないんやが。まさかホンマにこれだけとは、
「こっちから入るみたいだけど」
なるほど思いっきりウナギの寝床みたいな建物ってことか。道路からみたらビックリしたわ。もっとも建物全体はチープやけど、まあ、これぐらいのとこの方が足取りをつかまれにくいぐらいと思うとこ。
そやそや部屋割りをどうするって聞いたんやけど、一緒でエエと言うんよ。別に四人一室でもかまへんけど、
「まだみたいね」
見た目は野獣やし、道連れになったお蔭でエライ目に遭うてるのに律義なこっちゃで。迷惑料でやってもかまへんぐらいやのにな。
「露天風呂は混浴だからパスだって」
これはしゃ~ないか。お嬢さんやからな。
「直樹は入れば良いのに。コトリのおばさんボディはともかく、わたしのナイスバディを見れたのに」
「ほっとけ」
なるほど、あえて見ないってことか。香凛がいるのにコトリやユッキーのフルヌードを見たら心象が良くないぐらいか。
「それやったら、やったらエエのに」
「見た目と違って純情みたいね」
純情だけやのうて真面目やわ。今日かって鶴の湯の宿賃、ガソリン代、昼食代、途中で飲んだジュースまできっちりメモしとった。ホンマにカネ借りて返すつもりにしか見えんかった。
「そう言えば手もつながないものね」
手どころか並んで座るんも避けようとしとったぐらいや。でもわかる気がするわ、
「あの見た目だから損したことは多かっただろうね」
男と女の間に情が湧く、ほんまの最初の最初はやっぱり見た目が九割や。見た目が良かったら一目惚れもナンボでもある。逆に悪かったらそれだけで避けられてまう。あの迫力あり過ぎる顔やったら、可哀想やけど普通の女なら近寄りもせんやろ。
コトリでも鶴の湯で会うた時は、リアルなまはげやと思てもたぐらいやからな。そういう経験を積み重ねたら、女に対して臆病になるのはわからんでもない。自信なんか育ちようがあらへんやろ。
「そんな事ないよ。極妻タイプなら惚れるはず」
それは直樹が見た目通りにヤーさんやった時や。ありゃ律義なサラリーマンタイプで真面目が身上みたいな男や。これは貶しとるんちゃうで、褒めてるんや。愛した女を大事に出来るタイプでエエと思う。そやけど好きな女のタイプは、
「そうよね、ごく普通の大人しいタイプよね」
高嶺の花への恋ぐらいに感じとるぐらいかな。
「高嶺の花もあるけど、身分違いの恋かもしれないよ。香凛の話は聞いてるはずだし」
ほいでも香凛も気があるようにしか見えるんやけど、
「コトリにもそう見えるよね。わかったんじゃない」
やっぱり無理やりでも部屋を分けたったら良かったかもな。
「どうかな。確かに魅かれ合ってる部分はあるけど、あの二人にとってはそれどころじゃないかもよ」
そうやな。人間は追いつめられると弱いんよ。あの二人は色んな面で追いつめられて、それこそ明日はどうなるか見えへん状況やもんな。そやけど、そやけどや。そういう時こそ燃え上がりそうなもんやねんけどな。
それはそうとこの露天風呂やけど、ビニールハウスみたいやな。冬場の雪対策もあるんやと思うけど、それだけやなく、
「これだけの広さの露天風呂は滅多にないよ。それなのに底から温泉が湧いてる掛け流しなのよ」
幅が十三メートル、奥行き二十三メートルらしいけど、学校のプール並や。
「プール並って言ったら、こんなに深い温泉は初めてよ」
一・二メートルやから子どもやったら足も立たんで。こんな珍しい露天風呂に入れただけでも泊まった価値は十分あるわ。