ツーリング日和5(第30話)献上ケーキ
「ミチル、このなんたら公爵へのケーキ提供依頼ってなんなんだ」
「なに言ってるのよ、カケルは経営センスが無能すぎる」
ミチルには地獄の経営講義を受けたのですが、
「あれだけやったのに右から左じゃない。やりながら馬の耳に念仏って言葉しか思い浮かばなかったんだから」
申し訳ない、その通り。
「絵に描いたような職人バカじゃない。出張と出向と派遣の違いさえ理解できないなんて信じられない」
耳が痛い。高校の数学や物理より難解でした。だからこそボクにはミチルが必要です。それはそうと、これはなんだ?
「ハインリッヒ公爵の訪日の時に食べてもらうおやつの一つに選ばれたのよ」
宮内庁御用達みたいなものか、
「だいぶ違うけど、カケルの理解ならその辺が限界かな・・・」
ハインリッヒ公爵は東京で天皇皇后両陛下と会見をした後に関西にも来るらしい。観光だろうな。その時のおやつの一つをうちが出すのか。
「そうなんだけど、京都とかになれば和菓子が中心になるでしょ」
日本のお菓子と言えば和菓子だし、京都には老舗も多いものな。
「ハインリッヒ公爵の関西滞在中のおやつの洋菓子はうちだけなのよ」
それって、もしかして、
「関西一の洋菓子と認められたことになる」
へぇ、そりゃ名誉なことじゃないですか。この辺はドゥーブル・フロマージュが洋菓子とは言え、日本で発明されたのもありそうです。そういうところに細かい配慮をするのが外交だとミチルにドヤされましたけどね。
「パッケージも調べないと」
いつもの包装で良いと思いましたが、
「献上品みたいなものだよ」
なるほど。和菓子なら桐の箱とかでやりそうな気はしますが、洋菓子に桐の箱はおかしいよな。
「そこは調べとくから安心して」
ミチルの古巣にでも聞けばなんとかなりそうです。なんとなく浮かれ気分の気持ちで過ごしていたのですが、またもや見慣れないけど重々しそうな郵便が、
「ミチル、これなんだ」
「う~ん」
内容はうちがケーキを提供することについて相談があるというものです。あれって決まったからうちに依頼が来たはずですが、
「こういうものって、名誉だけじゃなく実利も伴うから、あれこれあるとは聞いたことがあるけど・・・」
たしかに。選ばれるだけで名誉でしょうが、選ばれたことは秘密どころか公開されますから、大きな宣伝効果になります。それだけじゃなく、選ばれなかったところにダメージさえ懸念されます。
「相手も厄介そう」
呼び出しているのは霞会館となっていますが、なんじゃそれ。これもミチルによれば、元華族の親睦会だそうです。それって日本のセレブとか。
「華族制は第二次大戦後に廃止されたけど、元華族は今でもこうやって結束してるだけでなく、政財界に隠然たる影響力があるともされてるわ。元でも華族だから皇室もつながりがあるからね」
政財界への影響力は眉唾だとミチルはしましたが、それでもたとえば皇族のお妃選びとかなると必ず候補に出てくるぐらいは知っています。元華族には元公家も多いですから、皇室とのつながりは今でもあるぐらいは言ってもよさそうです。
そんな御大層なところから横槍とか。これはエライ話になって来ています。具体的にはリッツ・カールトンのクラブラウンジにケーキを持参して来いのようです。それも一個や二個じゃなくかなりの個数です。
「リッツ・カールトンのクラブラウンジってね・・・」
客室のランクに関係するようですが、ホテルってスイートが最上級のはずですが、リッツ・カールトンではセミ・スウィートというか次のランクがクラブレベルぐらいの理解で良さそうです。
宿泊客の中でもスウィートとクラブレベルの者のみが利用できる特別ラウンジみたいですが、とにかく豪華なところのようです。一日五回のフードセッションがメインのようですが、もし一般客が利用するにはフードセッション一度につき一万円を超える料金がいるのだとか。ボクには浮世離れしすぎて縁が無さそうなところですが、
「時間的にはアフタヌーン・ティーで良さそう」
ということは、クラブラウンジの利用客にケーキを食べさせて評価させるとか、
「そういうことになりそうね」
どう聞いてもメンドウそうですからパスをしたいのですが、断ったら、断ったでさらに厄介ごとに巻き込まれそうな気もします。仕方がありません、腹を括って行くことにします。
「ミチルも行くのか」
「そりゃ、リッツ・カールトンのクラブラウンジなんて、こんな事でもなければ入ることがないものね」
野次馬かよ。でも行くとなれば服装も必要です。さすがに普段着は拙いでしょうからスーツぐらいは必要ですよね。するとミチルは、
「ここから試しているのかも」
なんのことかと思えばTPO。なるほど、クラブラウンジの利用客もウルサ型が多いのか。そういうところって、素泊まりで何十万円とか、下手すりゃ百万円を軽く超えるって聞いたことがあります。
「観光ホテルじゃないのだから。この手のホテルは素泊まりが基本なの」
それだけ払える連中はウルサ型が多いでしょうし、服装とか靴とか持ち物とかもとにかくウルサイみたいです。聞けば聞くほど面倒なところだ。それも面倒ですが、一個や二個じゃなく、これだけの個数となれば料金はどうするのだろう。
「それについては記載がないね」
それって、
「踏み倒す気だと思う」
おいおい、堪忍してくれよ。ミチルが言うには、審査させてもらうじゃなく、審査してやるだからタダで持ってくるのは当然みたいな感覚じゃないかとしてた。どれだけ上から目線なんだ。
「その辺も調べとく。それに誰がタダでカケルのケーキを食べさせるものか」
料金についてはミチルに任せておけば安心です。仕事になれば鉄の金庫番ですからね。