ツーリング日和6(第16話)華風の香凜
香凛の花いけバトルロイヤルへの参加は大きな反響を呼んだんよ。
「そんなレベルじゃなくて話題沸騰みたいになってたよ」
久しぶりの華道家の参戦つうだけやなく、華仙流みたいな大きな流儀の、しかも家元の孫娘やんか。それこそ流儀の名誉を背負っての出場になるからな。
「受けて立つフラワーアレンジメント側も物凄い気合だったもの」
この辺はどうしても世間的な評価では、フラワーアレンジメントは華道の下風に見られがちなとこもあるからやと思う。香凛に勝ってフラワーアレンジメントの力を見せ付けたいのと、
「これだけ有利な競技設定で、なにがなんでも負けられないのもあったと思うよ」
競技会の雰囲気は、いつもやったら華やかなイベントつうか、どこかお祭り騒ぎの空気が濃いのやけど、香凛の参加した大会はまるで巌流島の決闘みたいに異常な緊張感が張り詰めとった。
参加者の衣装はそれなりにオシャレしとるけど、実態は作業着そのものやねん。でっかい花瓶にでっかい作品を短時間で作らんといかんし、そのために花とかが置いてある場所を素早く何度も往復せんとあかん。靴かって滑らへん靴や。
「そういう作業現場も競技会の見せ場の一つよね」
会場には参加選手が順番に呼ばれて登場するんやけど、
「香凛の衣装からして度肝抜かれたんじゃない」
なんとやで、香凛は華やかな振袖に草履やってん。
「勝負を投げたんじゃないかの声もあったもの」
コトリもユッキーもその時の動画見たけど、香凛だけ完全に場違いやったもんな。競技は六人で争われるんやが、
・全員参加の一回戦
・一・三・五位と二・四・六位の二つのグループに分かれての二回戦、三回戦
・ここまで上位四名の四回戦
・四回戦の上位三名による五回戦
・さらに上位二名の決勝戦
一回戦ごとに審査投票が行われて、そのたびに結果は発表されるシステムや。とにかくスケールが大きいもんを後になるほど作るさかい、ノコギリで木を切る作業も出てくるぐらいやねん。
「凄かったね」
「あんなん初めてやろ」
振袖に草履のハンデをものともせず、
「あれ後から思ったんだけど、香凛がハンデあげてたんじゃない」
そういう評価が出るぐらいのぶっちぎりの圧勝劇やった。それもやで、香凛の作品は、
「あれって華道の生け花よね」
他の選手がこれでもかの盛り付けでゴージャスさを競いあってたけど、香凛のはすっきりした上品さやった。
「すっきりじゃないよ。内に籠ったパワーが強烈に噴き出す感じだよ」
言い方は悪いけど、あれだけの手練れを相手にしとるのに、香凛の作品だけがプロの作品に見えたとすればエエかもしれん。
「はっきり言うと、他の作品が素人臭く見えたもの」
それぐらいの実力差を見せつけたんよ。この日のあまりの惨敗は、
『日本のフラワー・アレンジメント界の暗黒の日』
こうまで呼ばれるぐらいになった。
「ジェノサイドとか嬲り殺しみたいな声まであったもの」
これだけでも十分すぎる活躍やってんけど、なんと香凛は翌年も参加したんよ。
「伝説の大会であり、史上最悪の大会とまで呼ばれてる」
リベンジに燃えるフラワー・アレンジメント側は歴代優勝者をまず送り込んどる。これ以上は無い選り抜きの最強メンバーや。それだけやったら問題あらへねんけど、運営サイドにまで手を回したんや。
選手は競技会場に入ってから使える花や木を確認するとなっとるけど、実は観客を入れる前に会場の下見をやっとるんよ。この辺は実際の競技のシミュレーションをさせとかんと、まったくの初見やったら混乱が生じるからな。
その花と木やけど、実際の競技が始まる前に全部入れ替えてもたんよ。それも明らかにフラワーアレンジメント側に有利なものにや。
「その入れ替え内容も、事前にフラワー・アレンジメント側に知らされて準備してたんだよね」
さらにステージと花や木の置き場所を遠くし、その間だけやなくステージも、
「すっごく滑りやすくしてた」
もちろん、それ対策の靴もフラワーアレンジメント側は準備しとる。
「サクラまで使ってたものね」
さすがに全員やなかったけど、観客二百人のうちの五十人やったんはわかってる。競技が始まる前にインタビューがあるんやけど、香凛も花や木の入れ替え、草履で歩くには滑り安すぎる状況見て取って、
『華仙流の神髄をお見せすることをお約束します』
こういうや否や、パッと襷をかけたんや。
「でもそれだけで、振袖も草履もそのままだったよね」
「そやったな。そやけどあの襷は本物の本気を見せるサインやった」
競技は始まったけど、数々のハンデなど存在せんとしか見えへんかった。香凛の動きはまるで風のようやった。それも単に早いだけやのうて、
「あれは舞よ、華やかな風の舞よ」
そうとしか言えんわ。他の選手が土木作業のようにドタバタしてるのに対して、優美な舞を見るように作品を次々に作り上げていったんよ。会場はもう香凛の動きと出来上がる作品に陶酔状態やった。
「サクラまで裏切ったのが出たものね」
決勝はタイマンになるんやが、相手の得票は三十票ぐらいしかあらへんかった。そうやねん、サクラさえ香凛に投票してもたぐらいやって、
「前年がジェノサイドなら、この年は完全抹殺だよ」
この時の余りの圧勝劇に対して、香凛に付けられた呼び名が、
『華風の香凛』
これで伝説の大会になり、香凛は伝説の人になったでエエと思う。
「生け花で、あれだけの相手に、あれだけの誰の目にも見える差を付けるなんて異常だよ」
史上最悪の大会となったのは、数々の不正が大会後に次々と暴露されてもたんや。運営サイドは真っ赤になって燃え上がり翌年から交代になっただけやなく、運営会社自体が倒産してもとる。
「フラワーアレンジメントの業界団体も大揺れなんてものじゃ済まなかったもの」
不正に加担した幹部連中は最初は関与を否定しとってんけど、あからさまな証拠や証言が次か次へと噴き出す状態に耐え切れずに辞任。
「辞任じゃ済まなかったものね」
ああそうやった。追放を叫ぶ声が業界に広がってもて、辞任で責任を取ったとして話を終わらせようとした新任の幹部と対立し、
「ごっそり退会者が出て新たな団体が出来ちゃったもの」
ちなみにまだ新旧二つの団体は未だにゴタゴタしとる。業界団体のことはともかく、香凛の二年連続の勝利は他の華道流派からも一目置かれることになり、華仙流の地位と人気も高まり、華仙流の入門者は激増や。
「香凛を日本一とする人も多いよ」
香凛は生け花の天才や。それもタダの天才やない、あれこそ世紀の天才やろ。