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[69] 雪の精も年老いて

この街で雪を見るのは
はじめてのことだ
白く柔く ビーズのような細かさで
よわよわしく降り
地表の固さを知るまえに
はかなく消えてしまう
寒月のつめたさに 目は冴えているが
耳朶の感覚はとぎれとぎれ
ひっぱられたことにも気づかず
たったいちど
聞き覚えのある澄んだ声が
あっと思うまに
私の体を少年に戻す

積雪の家路
寂寥という言葉も持たぬ少年は
悦楽とも惨めともつかぬ妄を頼りに
忘我を据えた耽りを
舌に転がす
あまりにも白すぎる 雪の恩恵とは露知らず
しもやけの手は
言葉の耽美を未知として
裾に隠れている
純美を享受することで紛れるものの
余すことなく昇華させるには
まだまだ先の懊悩であった
そちこちに降り積もる 牡丹雪の
澄ました神秘になじんだころ
私の肩の上で
雪の精が腹ばいになり
頬杖ついていた
手の甲で払いのけようとする意志は削がれ
ほほえむ少女の小顔
風の匂いを含んでなびく銀髪
なにごとか囁いた
その声音だけが 幾年も 鼓膜に凍て
残っていた

しわくちゃの鼻先に
老眼鏡をのっけて
ふるえる指先で 私の肩をなでさする
聞き取れた言葉は
お顔がよく見えないわねぇ
その声のひびきは美しくもなんともなく
精霊らしからぬ
人間くさい 老いの知らせだ
ぽっくり逝っちまいそうじゃないか
冗談めかした心のつぶやきに
かわいらしい老女の唇がうごく

白い雪は死なないよ
さびしさが降るかぎり 雪も降りつづける

変わらぬきれいな銀髪が
月明かりの
白い街路に靡いている


※幻想宇宙でうたう星々
(耳をすませば星の声 前編)

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牙皎耀介
お読みいただきありがとうございました。なにか感じていただければ幸いです。