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「会計と道具」人類1万年の歩みを振り返る歴史館をつくった

そのプロジェクトは突然はじまった

2021年10月、freee新オフィス移転の企画メンバーはオフィスが楽しくなるアイデアを社内から集めていた。

DIYワークスペース、キッチン、ゲーミングスペースなど社員の自由な発想の中に「会計ソフト歴史資料館」があった。

企画メンバーがアイデアを取りまとめ、freee CEOに提案したところ、

freeeの歴史でもなく、会計ソフトの歴史でもなく、バックオフィスの歴史が分かる資料館を作りたい。

という理想ドリブン*なフィードバックが返された。
*freeeのカルチャーで「理想から考える。現在のリソースやスキルにとらわれず挑戦しつづける。」ことを指す。

そんな中、社内イベントで博物館を企画したことがあった私に「歴史館、作れる?」と声がかかった。2022年2月のことだった。

freeeに入社した頃、いつか会計の歴史をちゃんと勉強しようと買って本棚に眠っていた『帳簿の世界史』のことをふと思い出した。と同時に、美術館好き、いつか自分が手がけた空間を作りたい、そんな奥底にあった小さな夢が頭をもたげた。

先送りにしていた2つのことに同時にチャレンジできる絶好の機会だと思い、このオファーを引き受けることにした。

コンセプト、什器を決める

半年後にオフィス移転が計画される中、各会議室、執務室については、コンセプトはもちろん什器や詳細な設計が急ピッチで詰められていた。

一方、歴史館は21階の受付を入って突き当たりのオープンスペースを確保してあるのみ。ひとまずコンセプトを固め、什器の設計を急ぐことにした。

関係者で何度か集まり議論し、次のコンセプトでスペースを考えることにした。

  • 主に会計や人事労務に関連したテーマ

  • 過去から現在に到るまでの歴史的な転換点や時代ごとのイノベーティブな道具を振り返り

  • freeeが取り組んでいることの意義や未来に思いを馳せる場

また、どういう形状のアイテムをどれだけ置くのか、この段階では具体的に詰めきれないこと、また、将来の拡張性も考慮して什器は次の条件を設定した。

  • 壁にかけるフラットなモノ、立体物いずれも展示できる

  • あとからモノが増えた時に什器を増やすことができる

  • 什器自体が移動しやすい

ピンタレストを使って、世界中の美術館、博物館を調べ分類してみたところ、衝立・間仕切り、有孔ボード、格子組み、箱、ブースなど様々な展示方法があることが分かった。

ピンタレストで集めた画像でアイデア出し

平たいもの、立体物、それぞれ置く可能性があることから、箱+有孔ボードを基本とした什器で検討を進めることにした。

会計の歴史を知る

「歴史館、やります!」と大見えを切って引き受けたが、私が持っている会計関連の知識といえば、簿記3級くらいなもの。正しい知識をインプットする必要があった。

会計の世界史に関する本は多数出版されていて、幸いなことに大局を掴みやすい良書たちに出会うことができた。
日本の本だけだと情報ソースに偏りが出るかもしれないので、海外の著者の本、文献学的な要素が強い本を加え、後の年表作りにつながる範囲もカバーした。

読み漁った本たち

これらの本の内容を総合すると、会計の世界史は大きく次の3つのパートに分かれることがわかった。それは「複式簿記の誕生」、「複式簿記の伝播」、「簿記から会計」であり、時代ごとのパワーの変遷に合わせて、その中心はイタリア、オランダ、イギリス、アメリカと移っていった。

また、日本に関しては、イタリア式の複式簿記こそ導入していなかったが、江戸商人を中心として、帳合法という固有の簿記法で正確に帳簿づけをおこなってきた歴史を持つことがわかった。

ここまでに2ヶ月の時間を要し、4月中旬に差し掛かっていた。

展示アイテムを検討

複式簿記がどう生まれ、広がり、会計へと発展したのかという概念の変遷は何となく分かったが、ここでプロジェクトは壁にぶち当たった。

昔の人は一体どんな道具を使い、帳簿付けを行っていたのか、また、その道具はどう進化してきたか、がよく分からなかった。具体的な道具が分からないことには展示すべきアイテムが定まらないため、これは大きな問題であった。

会計の観点から書かれた文献では、特定の道具に言及したものはほとんどなかった。そこで、キーとなる登場人物である中世ヨーロッパ商人、江戸商人の道具という観点で本の調べを進めた。

  • 『図説 中世ヨーロッパの商人 』(2022)

  • 『江戸の仕事図鑑(上巻)食と住まいの仕事』(2020)

  • 『明治・大正商家の暮らし』(1999)

さらに、国内の江戸時代に関連した施設をいくつか訪れ、実物から着想を得ようと試みた。

一つは、東京都小金井市にある「江戸東京たてもの園」。江戸から昭和の実際に存在した建物のレプリカを実寸で再現している施設である。

江戸東京たてもの園 - 商店の様子 -
江戸東京たてもの園 - 帳場の様子 -

もう一つは、清澄白河駅近くの「深川江戸資料館」。江戸の街並みを歩くことができる。

深川江戸資料館 - 店頭の様子 -
深川江戸資料館 - 帳場の様子 -

実際に現場に足を運び一次情報が得られ、仮説が少し前進した。
いくつかの帳場を踏まえ、会計に関する道具は、記録媒体、整理方法、計算手段の3つに大別できるのではという仮説にいたった。
これに基づき、前後でどのような道具を使用したか考えを展開した。

この間に1ヶ月の時が流れ、移転まで残り3ヶ月と迫ってきた。

助っ人を召喚

歴史館に置くべきアイテムの方向性はうっすらと見えてきた一方、具体的にどの道具が歴史を変えるイノベーションだったのか、また、年表に載せるべき転換点となるイベントは何なのかについては確信を持てないでいた。
やはり専門家の墨付きを得て、自信を持って、歴史館を作りたいと思った。

何かよい方法はないか調べ物をする中で、「文具のとびら」というウェブマガジンの「文房具百年」という記事に行き着いた。たいみちさんという文房具の専門家が日本の帳簿の発展について詳しい文章を書いていた。

この人なら、何か教えてくれるかもしれないと思い、twitterに書いてあった連絡先にコンタクトしてみた。
すぐさま返信が来て、「もっと詳しい人がいる」とTVチャンピオン3連覇の文具王こと高畑さんを繋いでくださった。

文具王の事務所で打ち合わせ

早速アポイントを取り、高畑さんの事務所を訪ねると、その強い好奇心と知識の膨大さに圧倒された。
紀元前8千年前から現在に至るおよそ1万年の歴史について、道具のカテゴリーごとに独自の年表にまとめていた。

「意志あるところに道は開ける」。歴史館を作りたいと願って足掻いていたところ、探し求めていた専門家に巡り会うことができた。

年表ドラフト

その後、高畑さんに歴史館の監修をお願いし、打合せを重ねた。
結果、会計の世界史・日本史と技術、道具の進化の歴史を掛け合わせ、年表の骨子が出来上がった。

プロジェクトを進める上で少し光が差してきた。

道具を仕入れる

高畑さんからのアドバイスを踏まえ、主には、ヤフオク、メルカリ、その他オンラインショップを通じて、道具の仕入れに着手した。正しい知識を身につけると案外見つけられるものである。

限られたプロジェクト予算ではあったが、歴史館の中央には、和式簿記の始まりである江戸の帳場を再現したいと考えた。

中でも、東京国際フォーラムで毎月行われている日本最大級の露店骨董市「大江戸骨董市」では多くのアイテムを仕入れることができた。

時代考証までした上でアイテムを仕入れるには骨董市はうってつけである。なぜ江戸時代のものと言えるのか、正しい使い方など周辺の知識についても教えてもらえる。

大江戸骨董市 - 道具箱購入の様子 -
大江戸骨董市 - 小判レプリカ購入の様子 -

レトロPCを求めて秋葉原に行ったこともあった。

秋葉原 レトロPCショップ

どうしても手に入れたかった洋式帳簿や古いクレジットカードなど海外のアイテムはebayで購入した。

差し替え防止のマーブル模様が入った洋式帳簿

購入したアイテムをどうレイアウトするかを考え、個々の什器ごとに想像で並べてみて有孔ボード用のフックやアクリルディスプレイなど必要なものを洗い出した。

レイアウトのドラフト
購入アイテムの展示検討

およそ3ヶ月かけて約100点のアイテムを集めることができた。

歴史館、ついに完成!

歴史館全体の様子

社内のアートディレクターや外部の設計会社、デザイナーと共同して年表やポップを形にしたり、リーガルや企画メンバーと連携して写真の使用許可を得たり様々な調整を経て、9月に歴史館が完成!

歴史館は江戸の帳場を再現した空間、記録媒体/計算機/お金の進化、複式簿記の誕生・伝来の5つのスペースと、壁面の年表で構成され、「フリカエリ」という名前のスペースとして開館することができた。

江戸の帳場を再現
大福帳、江戸時代の7つ玉そろばんなど時代考証
BC8000年から現在に至る1万年の歴史をカバーした年表
計算機の進化エリア
記録媒体の進化エリア
複式簿記の誕生・伝来エリア
PC98シリーズとLotus123
お金の進化エリア①
お金の進化エリア②

※なお、歴史館はfreeeのオフィス内にあり、一般公開はしておりません。打合せなどでオフィスの中に入る場合のみご覧いただけますので、予めご了承ください。

オープニングイベントの開催

歴史館づくりで得られた学びを広く社内外の人に届けるため、高畑さんと一緒にオープニングイベントを実施した。

会計と道具の歴史に関する詳しい解説と歴史館のアイテム紹介をしているので、興味を持っていただけた方はぜひご覧ください。

世界はいま大航海時代

歴史館を作る過程でいろいろな学びがあった。

紙媒体の進化、数字・計算の進化という大きなうねりが奇跡的に経済発展中の中世イタリアで交わったことにより、複式簿記が爆誕した。

今はお金のデジタル化、計算機の進化、インターネットの普及、クラウドサービスの浸透といった劇的な変化が一部の地域ではなく全世界で同時に起きている。まさに大航海時代にも匹敵する転換点にあると思う。

他方、その変化は個々の道具の進化 〜例えば、そろばんから電卓への移行期にソロカルが生まれた〜 を見るに、一足飛びに切り替わったわけではない。

足し算引き算や検算はそろばん、掛け算割り算に電卓を用いた

つまり、メインストリームが移り変わる過程では、実態に即した小さな改善やステップを踏むことがある。そうした時代をつなぐミッシングリンクの存在を自覚できたことは個人的には大きな気づきであった。

理想ドリブンな未来の提示に加え、ユーザーや社会と共に歩む現実的な解、このふたつをうまくバランスしながら、よりプロダクトより良い世界を作りたい。

いささか大袈裟ではあるが、そういうことを歴史館は教えてくれたように思う。

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