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パステルカラーの冥府 映画『アステロイド・シティ』について

3人の少女(パンドラ、カシオペイア、アンドロメダ)は、その砂漠の町のモーテルの共同シャワーの裏手に、タッパーウェアに入った母の遺灰を埋める。祖父スタンリーは、娘の遺灰をこんな場所に埋葬するわけにはいかないと、タッパーウェアを砂から掘り出すが、少女たちに抗議され、再び地面に埋めてしまう。

その砂漠の町の中心には、かつて隕石が落下してできたクレーターがある。ある日、町に集まった人々がクレーターの底で天体の視差楕円の観測をしていると、空からエイリアンがやってきて隕石を持ち去ってしまう。その後、エイリアンは持ち去った隕石を返しにやってくる。まるで、タッパーウェアに入った遺灰をもう一度地面に埋めるように。

戦場カメラマンのオーギー・スティーンベックと4人の子ども達は、この砂漠の町にレッカー車に曳かれてやってきた。彼らの自動車は謎の故障により修理不能だ。この町の修理工場の脇には、夥しい数のスクラップカーが積み上げられている。

砂に埋めたタッパーウェア。クレーターの底の隕石。二度と動かない自動車。これらはみな墓を連想させる。モーテルの自動販売機で買える土地は、墓地の区画販売のようではないか。アステロイド・シティとは墓地の町であり、そこで開催される科学賞の授賞式は、死者に別れを告げるセレモニーなのである。

映画の終盤、突然舞台を降りてしまったオーギーは、ギリシャ神話で妻を奪還するため冥府に下ったオルフェウスを想起させる。彼は劇場裏のバルコニーで自分の妻を演じる予定だった俳優と言葉を交わし、尺の都合でカットされた死んだ妻との会話シーンを再現する。死んだ妻は彼と一緒に戻ることはできないと言い、彼は彼女を写真に撮る。オルフェウスが思わず振り返って妻を見たように。戦場カメラマンのオーギーは、撮影する際にいちいち許可を求めたりしないのだ。

「眠らなければ目覚めることができない(You can't wake up if you don't fall asleep)」という彼の言葉は、生きるために一度冥府に降りなければならなかったオルフェウス的再生の呪文にほかならない。

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