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マンチェスター・シティー「降格の危機」⑤ーファイナンシャルフェア・プレーとは何か。UEFAの失態。おまけ:移籍金の法的性質。

目次
①ヨーロッパにおける「サッカー」とは何か。
②ファイナンシャル・フェアプレー(FFP)とは何か。
③UEFAの失態
④移籍金の法的性質


前回の記事では、プレミアリーグ(以下、EPL)は株式会社であり、その株主は所属する各20チームであることを確認した。また、所属クラブが株主であるがゆえに、EPL内で自浄作用が働きにくいこと。そして、今回のEPLの訴えは、株式会社が株主を訴えるという異様なものであることを指摘した。

月曜日に始まってみるまで、この訴えの訴訟法上の位置づけが様々な記事で異なっており分からなかった。どうやら"Arbitration"であることが分かった。すなわち、「仲裁」である(以前の記事では様々な書き方をしてきたが、ここで訂正しておきたい。)

これは証拠調べのレベルがかなり上がると考えていただきたい。(つまり、プレミアリーグ側の立証責任の負担は、かなり大きくなる。)なぜなら、EPL内の仲裁であるが、民事事件の一般的な訴訟プロセスに乗るからだ。

①ヨーロッパにおける「サッカー」とは何か?


引いた見方をすると、今回の「仲裁」は会社内の不祥事の解決であるようにも見える。しかし、そう捉えてはいけない理由がある。それは、ヨーロッパの国々、人々にとって、「サッカー」とは何かという問題があるからだ。

ヨーロッパにおける「サッカー」とは何か、これを理解しなければならない。ヨーロッパにおいて、「サッカー」は単なるスポーツ以上の文化的公共財として捉えられている。

経済学者、宇野弘文が主張していた「社会的共通資本」というものに当たるだろう(ここでは、宇野の議論には立ち入らないが、これから、我々が様々な局面で出会うであろう「サステナビリティ(Sustainablity)」ということを考える上での最良の入門書である。ぜひ、読んでもらいたい。)

サッカーが公共財と捉えられるのは、ヨーロッパを一つにする統合機能があるからだ。EURO等の大会は、国民にとってはサッカーを通してナショナリズムを感じ、そのことと同時に、自国がヨーロッパの一員であることを再認識する機会となっている(英国民はヨーロッパが嫌いであるが。)

②ファイナンシャルフェアプレーとは何か?

このような文化的公共財としての「サッカー」を守るのが、UEFAの大義である。そのために、導入されたのがファイナンシャルフェア・プレー(FFP)である。

FFPの趣旨は、サッカーという公共財の持続的発展を将来に渡って確保しようというものである。これは次回、紹介するEPLの"Profit and Sustainability Rules (PSR)"「利益と持続性」のためのルール)と同じ趣旨である。"Sustainability"という言葉が入っていることに注意しよう。

さて、FFPの中身であるが、非常に単純化すると、クラブの支出する経費が、純粋にサッカーによって得られた経済的収益を上回ってはいけないということである。

サッカーによる経済的収益とは、リーグ戦・カップ戦の賞金、放映権料、スタジアムの入場料、広告・スポンサー料、グッズの販売料、マーケティング収入、選手契約の譲渡収入(移籍金)である。

経費とは、人件費(選手、監督の報酬を含む)、営業費用、選手契約購入による選手獲得費(移籍金)、借入金の返済である。

ここで選手契約の譲渡収入、購入費という聞きなれない言葉が出てくるが、これは現在、「移籍金」と呼ばれているものである(「移籍金」の法的性質についての概略を本記事最後尾に書いた。気になる方は読んでいただきたい。)

③UEFAの失態

FFPは2011年に導入され、2014年から実施されている(3年間の財務諸表の提出が義務付けられるので、実施は2014年となる。)

ところがである。2015年FIFAワールドカップ招致を巡る疑惑が明るみに出てしまう。特にUEFAの会長である、ミシェル・プラティニが関与していたことが判明した。そのことで、プラティニは4年間のサッカー界での活動停止処分を受けた。

ここで、文化的公共財としての「サッカー」を守るという崇高な使命をもったUEFAの堕落が明らかになり、その威信は地に落ちてしまう。その間、当然マンチェスター・シティや、PSG等各国のビッグクラブに対する追及も弱まった。

そして、UEFAがいざ訴えるとなると、「5年の時効」により多くのが嫌疑が問えなくなってしまった。

これが、大々的に導入されたFFPが有名無実化されていった大きな理由であると私は考えている。そこで、この問題の追及は国レベルで行わなければならなくなったのである。この流れで、ついに今回のEPLとシティーの争訟がおこるのである。

そこで、次回はUEFAのFFPと類似する、プレミアリーグのルール"Profit and Sustainability Rules (PSR)"の解説に入ろう。

④「移籍金の法的性質」

「移籍金」とは、法的には選手と所属するクラブが結んでいる契約を移籍先のクラブが買い取るときに、支払われる代金である。

つまり、移籍先のクラブが契約を買い取るのである。そのため、ヨーロッパで交わされる選手とクラブの契約期間は長期の複数年であることが多い。からくりは、真に戦力として見込む年数より半年か一年長く選手と契約する。

そして付け加えた期間の前に、選手と再契約するかどうかを決め、放出するなら残りの契約期間の買い手を探すのである。これがいわゆる「移籍ビジネス」である(これは最も単純なケースである。)ここに、選手、買うクラブ、代理人等が絡むのでより複雑になる。

どのスポーツもポスト近代に入る前には、「保有条項」という悪名高き制度を持っていた(例えば、アメリカではMLB等。)すなわち、クラブと選手の契約期間が満了しても、クラブ側は選手を拘束でき、選手には新しい移籍先に異動する自由が認められていなかった。

そして、クラブは移籍先のクラブから、何らかの見返りを得ることができた。例えば、サッカーでは移籍金であったが、MLB等では、交換選手、ドラフト権等。これは、プロスポーツの本質に係る問題で、選手を労働者とみなすか、という問題である。

この「保有条項」に終止符を打ったのが、かの有名な「ボスマン訴訟」である。EU司法裁判所は、プロスポーツ選手を「労働者」とみなすと判決したのである。

このことにより、選手は契約が満了したらフリーエージェントになり、どのクラブとも契約を結べる自由を得た。拘束すれば、選手の人権侵害となる(憲法の私人間適用の問題は抜きにする。)

そして、移籍金も法的には別の解釈をせざるを得なくなった。つまり、ダイレクトに移籍金として労働者である選手を売り買いするとしたら、それは人身売買、奴隷契約に当たることになる。これは、近代憲法を持つ国にとっては明白な憲法違反である(憲法の私人間適用の問題は抜きにする。)

そこで「契約を買い取る」という法的スキームが考えられたのである。近代民法で言うと、選手が所属元に負っている「労務提供義務」を移籍先のクラブが買うということになる(債権者が代わると考えれば良い。)その代金がいわゆる「移籍金」と呼ばれているのだ。

そして、移籍先クラブは移籍契約に合意すると、選手との関係では古い契約を解除し、選手と新たな契約を結ぶのである。

以上が、選手移籍のスキームである。実質は選手を買ったり売ったりしているのであるが、選手の意思が反映されるようになった。




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