ほんとうに真剣に自分の人生について考えてみたことありますか?!50歳からの人生は負け戦ですよ。もっと早く教えて欲しかったってか。いま、曽野綾子さんの本を読まないで、いつ読みますか?
誰でも人生の終盤は負け戦
曽野綾子さんのこと、曽野綾子さんの本のことを
このnoteでも取り上げている人は結構多い。
私は曽野さんの本は1冊しか読んだことがない。
その1冊の本がとても不思議な感じのする本だった。
成功哲学だのビジネス書だのばかり読んできた私にとって
はっきりいって「なんじゃこれ」という感じだった。
本の帯にこう書かれていた。
「やればできる」というのは、とんでもない思い上がり
なんということを書くのか?!このおばさんは。
でもなんかふっとそうなのかもしれないと思って手にした本は
「人間の分際」
前職のとき、出張の際に持っていって読んだ本。
そして先日、とても気になるタイトルをその本から見つけた。
「誰でも人生の終盤は負け戦」
↑ ↑ 確かにそうか・・・ ↑ ↑
負け戦どころか取り返しが付かない後半の人生だわ(いまごろ気づいたのか)
人間は50から先の生き方が大切だとしみじみ思い始めました。
・・・という書き出しからはじまる。
なにせ50からいろんなこと、いろんなところが衰えはじめる。
病気がちになる、機能の退化、それが負け戦に似ていると。
社会で不要な存在と思われる運命も待っていると思わねばなりません。
なんということを書くのか、このおばさんは。絶望的。
生きたくても、生きれなかった人のことを考えると
どうなろうとも生きていかなければなりません。
まぁでも負け戦と決まっているのであれば
開き直って生きていけばいい・・・
まずく行っても、まぁまぁ当たり前。
幸運とまわりの人たちのおかげで
晩年がおもしろく、さわやかに、悲しみにも愛にも自制にも
満ち満ちているものになり得たら、
これは本当に人生最後の芸術を創り上げることになりますから。
と、曽野綾子さんは書いています。
わからないわけではない。
仕事をしていても、なにかしらのポカミスがあったり
うまくいかなかったりすることがでてくる。
年なのかなぁとか思う。
そしてこう続く。
老年はすべて私たち人間の浅はかな予定を裏切る。
時間ができたら、本を読もうとすれば、視力に障害が出る人もいる。
老年になって山歩きをしたい人など、内臓が健康でも膝に故障がでれば
それも叶わないだろう。
なんてことだ。でも確かにそうだ。汗
私はいちはん恐れているのはその膝のこと。
膝が痛くなって水を抜いているだの、いろんな話を聞いてきた。
あと腰。
ヘルニアになった人の話はほんとうに恐ろしい。
なので、腹筋をときどきしている。
膝に関しては週に1,2度は走るようにしている。
そうか50からは、そういう覚悟も必要なのか。
気持ちは30代だけど肉体、能力は50から衰えると・・・
この現実に真摯に向き合っていかなければならない。