【百年ニュース】1921(大正10)3月15日(火) バレエダンサーの貝谷八百子が福岡県大牟田市で誕生。父は鉱山経営者で衆議院議員も勤めた貝谷真孜。文化学院卒。鎌倉でエリアナ・パヴロワよりバレエを学び,わずか17歳で歌舞伎座を借り切る異例のデビューを果たす。日本バレエ発展に貢献。1991年没,享年69。
貝谷八百子は戦後蘆原英了,小牧正英らと東京バレエ団を結成。1946(昭和21)年8月9日,帝国劇場での東京バレエ団第1回公演『白鳥の湖』全幕で主役を務めた。これが日本初の『白鳥の湖』上演であった。世田谷区松原の貝谷バレエ団の敷地内には(日本における)「バレエ白鳥の湖発祥の地」記念碑がある。
島田廣,運命の「白鳥の湖」ー1946年8月9日,『白鳥の湖』が日本初演された。戦後まもなくの出来事。娯楽に飢えていた人々が大勢つめかけた。帝劇での22日間にわたる公演だった。この歴史的舞台で,島田廣は貝塚八百子を相手にジークフリートを踊った。
島田「戦後まもないある日,新聞にドイツ帰りのモダンダンスの関係者のインタビューが掲載されていました。バレエはヨーロッパではきちんと勉強した人がやるべきものだ,日本のバレエのアカデミズムを確立するためにまずは白鳥の湖を上演したい,という趣旨なんです。読んでいて,カーッとした。短気なんです。いまでも瞬間湯沸器なんて言われているけれど(笑)。で,新聞つかんで,蘆原英了先生のお宅に行きました。先生,この記事,憤慨しませんか,僕らこそ白鳥の湖をやるべきじゃないでしょうか!と。先生は宿痾の喘息で寝ていらっしゃったのですが,無理に起きて頂いて初台の東勇作さんのお宅まで御足労願ったわけなんです。僕も若かったから無鉄砲でした(笑)。東さんが協力してくださることになって,次に貝谷八百子さんを説得した。」
ダンスマガジン編『日本バレエ史―スターが語る私の歩んだ道』新書館,2001
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