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【百年ニュース】1922(大正11)11月20日(日) 米国で映画『シーク(The Sheik)』封切。ジョージ・メルフォード監督,ルドルフ・ヴァレンティノ主演。日本でも翌1922(大正11)年8月に帝国劇場で公開され大ヒットとなった。アラビア語で族長を意味する「シャイフ」の英語読みが「シーク」で日本でものち定着。

米国で映画『シーク(The Sheik)』が封切されました。主演のルドルフ・ヴァレンティノ(Rudolph Valentino)の人気を決定づけた大ヒットとなりました。ヴァレンティノのパラマウント移籍第一弾となります。ロマンスとアクションが融合したサイレント映画でその後の多くの作品に影響を与えました。

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原作となったのは1919年に発表された小説家エディス・モード・ハル(Edith Maude Hull)による同名のベストセラーで、この恋愛小説をもとに当時の人気脚本家モント・カッタージョン(Monte M. Katterjohn)が映画脚本に仕上げました。また監督のジョージ・メルフォード(George Melford)にとっても本作は代表作となりました。

なお原作となった小説ではサハラ砂漠を旅するヒロインのイギリス人女性ダイアナ・メイヨ(アグネス・エアーズ)が主人公のシーク=アーメッド・ベン・ハッサン(ルドルフ・ヴァレンティノ)にレイプされる場面がありましたが、脚本家のモント・カッタージョンによってこの場面は映画脚本から除外されました。原作の小説がベストセラーになった要因は当時タブーとなっていた人種間の混血やレイプを正面から扱っていたからだけに、この映画に失望する批評家もありました。

しかしこの映画は投資した製作費20万ドルを大きく上回る150万ドルの興行成績を残す大ヒットとなりました。封切りわずか1週間で12万人以上を動員したと言われます。ニューヨークの当時の二大劇場、リアルト(the Rialto)とリボリ(the Rivoli)では、どちらも入場者数の新記録をマークしました。

日本でも翌1922(大正11)年8月に鳴り物入りで帝国劇場において公開され大ヒットとなりました。アラビア語で族長を意味するのは「シャイフ」ですが、その英語読みである「シーク」が定着したのはこの映画の影響です。

主演のルドルフ・ヴァレンティノは当時26歳。エキゾチックな容姿で魅力的なアラブの族長を演じ、スクリーン越しに多くの女性を虜にしました。当時の代表的なセックス・シンボルでありました。しかし佳人薄命という諺はときに男性にも当てはまるようで、5年後の1926年胃潰瘍の手術のあと発症した腹膜炎によりわずか31歳で急死してしまいます。葬儀には10万人のファンが集まり、後追い自殺するものも出ました。

日本では後年ルドルフ・ヴァレンティノが男性用化粧品「丹頂ポマード(現在のマンダム)」のキャラクターとして登場したこともあります。

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またこの映画のヒロインである英国令嬢ダイアナを演じた女優のアグネス・エアーズ(Agnes Ayres)も一気に知名度を上げ、のち数年は多くの作品に出演しましたが、すぐに人気に陰りが出てしまいます。1924年にメキシコの外交官マニュエル・レアーチ(S. Manuel Reachi)と結婚、1927年にひとり娘マリアを出産しますが、1940年に脳溢血のため42歳で死去しました。

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吉塚康一 Koichi Yoshizuka
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