「中流危機」 NHKスペシャル取材班 著 講談社現代新書
一億総中流と言われた高度成長期、日本の成長は永遠に続くと思われました。実際1970年代後半から続くバブルの時代には、JAPAN as No.1とまで言われ、21世紀は日本の世紀になるだろうという有識者もいました。
しかし、現実の21世紀は、そうはなりませんでした。
「2022年7月に内閣府が発表したデータでは、1994年に505万円だった中央値が2019年には374万円。25年間で実に約130万円も減っている(p.3)」良いう状態で、正社員の生涯賃金は、「労働政策研究・研修機構によると、大卒正社員の生涯賃金は1993年は男性で3億2410万円だったが、2019年には2億8780万円に、女性は1997年に2億7750万円だったのが、2億4030万円となり、男女ともにピーク時に比べて3500万円以上減少したと推計されている。(p.6)」となっています。おまけに円安(1994年は102円/$、2024年9月は141円/$)ですから、この30年間で、日本人の資産はどんどん減っているのです。
さらに、正社員よりも、さらに「生涯年収」が低いと推測されるのが非正規労働者が、「パートタイマーや派遣労働者など非正規で働く人の数は2022年時点で2101万人。働く人の36・9%が非正規(厚生労働省 「非正規雇用」の現状と課題より)。(p.8)」となっています。
日本の中流は、もはや崩壊してしまっているのかもしれません。
これには、様々な原因があります。まず、企業が生き残るために、ほぼコスト削減に頼ってしまったという点があげられます。人を減らし、足りない部分は、アウトソーシング。非正規雇用を増やして、同じ労働量でも賃金格差をつける。そんなことばかりやってきたのではないかと思います。
この間欧米が力を入れ出したのは、人材育成です。日本企業の人材投資は、2010~2014年に対GDP比で0・1%にとどまり、米国(2・08%)やフランス(1・78%)など先進国に比べて圧倒的に低い水準にあり、かつ、近年さらに低下傾向にある(p.140)のです。
欧米では、リスキリングも大幅に取り入れられています。リスキリングとは、経済産業省のある検討会にリクルートワークス研究所が提出した資料によれば、「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること(p.108)」ということになります。自動車部品のメーカーのボッシュでは、自動車産業のE V化に伴い、工場がシリンダー製造から燃料電池の生産拠点に生まれ変わったわけですが、その移行に際し、組合からの要求を会社が受け入れ、工員が1ヶ月のうち1週間を燃料電池製造に必要な知識や技術を学ぶ時間に充てるようにしました。ボッシュでは、リスキリングを受けている従業員の平均年齢は46歳です(p.157)。このシステムは非常に有効に働いているようです。
こうした話が出てくると、「日本は、OJTで人を育てているので心配ない!」と言う人もいるのでしょうが、今の日本の企業でしっかりとしたOJTができている会社は、どれほどあるのでしょう?僕が石油会社の社員だった頃、最初の1年は、ひたすら先輩の後を金魚のフンのようについていくことによって、仕事の概要を学び、2年目に少し自分がメインでやる仕事がアサインされ、3年目になって初めて、自分が主になって仕事をするといったシステムでした。要は教育に3年かけたんですね。
今は、全然違う。引き継ぎもOJTもなしに、いきなり仕事をアサインされるということが多くなっているようです。会社から期待されていることは即戦力であり、社員を時間をかけて教育しようという姿勢の見えない会社もたくさんあります。僕は、日本のOJTは、機能していないところが多いと思います。このため、ノウハウの継承が十分になされていないのではないかと危惧します。
また、この本では、同一労働同一賃金が大事だと言っています。僕はこれは当たり前だと思います。むしろ、非正規社員の方が高額でもいいのではないかと思うのです。非正規の人たちは、身分が不安定で、いつでも辞めさせられてしまいます。その条件を飲んで非正規社員になるのですから、すこ押し高くてもいいと思ったのです。
でも、著者らによれば、多くの企業は、「正社員になると職務変更や転勤をどうしても受け入れざるを得ない場合が少なくない」ことを根拠に正社員の給与を高くしている側面もあるのだそうです。
僕は、その説にはちょっと疑問があります。本音は、企業が人件費を安くしたいということなのではないかと思います。もっと言えば、非正規を切り捨てているように感じてしまいます。
日本の再生の鍵は、弱者を切り捨てるのではなく、みんな一緒に頑張ろうよという雰囲気だと思います。