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「作家との遭遇」 沢木耕太郎著 新潮文庫
20代前半の頃でした。実家のあったA駅の改札の前に綺麗な女性が立っていました。彼女は誰かに手を振っていたのですが、その「誰か」が僕だったことに気づくまで、ほんの少しの時間がかかりました。
彼女は小学校の時の同級生のTさんでした。
Tさんは明るい声で「こーごくん、久しぶり」と言うのです。彼女とは、もう何年も会ったこともなかったのですが、彼女は僕のことを覚えていてくれました。あまりにTさんが綺麗な女性になっていたので、僕は、ただただドキドキしていたものです。彼女の笑顔は以前のままでした。
僕らは、そのとき、ほんの少し会話をしただけでした。何を話したのかは覚えていませんが、その時のTさんの表情ははっきり覚えています。
それからしばらく経ったある日、テレビの臨時ニュースで、向田邦子さんが台湾に向かう飛行機の墜落事故で亡くなったと言うことを知りました。1981年8月22日、僕は大学院の2年、修士論文がなかなか進まず途方に暮れているときでした。
最初、日本人犠牲者は向田邦子さん以外全員男性とのことでしたが、やがて女性もいたことがわかりました。その犠牲者の中に、Tさんの名前がありました。後から知ったのですが、Tさんは、大学を卒業して向田邦子さんの秘書をやっていたのです。
この本の中に、この事故のことが書かれています。その時、沢木耕太郎さんは、向田邦子さんの長編「あ・うん」の解説を頼まれ執筆中でした。解説が書き上がったら一緒に食事をしようということになっていたのだそうです。
「意表をつく出だし、過不足ない情景説明、スリリングな展開、巧みな心理描写、そして卓越なエンディング(p.50)」・・・これは、向田さんが書いたとも知らずに読み始めた「消しゴム」というエッセイから沢木さんが受けた印象を記したものです。最高の賛辞と言っていいでしょう。以前読んだことのある向田邦子さんの「父の詫び状」を、また読んでみようと思います。
その他、井上ひさし、山本周五郎、田辺聖子、塩野七生、山口瞳、色川武大、吉村昭、近藤紘一、柴田錬三郎、阿部昭、金子光晴、土門拳、高峰秀子、吉行淳之介、檀一雄、小林秀雄、瀬戸内寂聴、山田風太郎について書かれています。このリストを見ただけで、興奮してしまいます。どのエッセイでも、作家たちが、生き生きと今そこにいるように感じられます。
沢木耕太郎さんは、作家について書くとき、その全作品を読むのだそうです。そこまではできそうにないけれど、まずは、以下の本を読んでみようと思います。
「父の詫び状」 向田邦子
「チェザーレ・ボルジアあるいはその優雅なる冷酷」 塩野七生
「新麻雀放浪記」 阿佐田哲也
「黒い布」 色川武大
「戦艦武蔵」 吉村昭
「したたかな敗者たち」 近藤紘一
「わたしの渡世日記」 高峰秀子
「小説太宰治」 檀一雄
「貧乏だけど贅沢」 沢木耕太郎
「セッションズ」 沢木耕太郎
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