見出し画像

「何が響くかわからない」・・・身体は語る

これも、身体のサインに気づいてもらうことからアプローチした事例です。セラピストである僕は、クライアントの身体の反応を描写しただけなのですが、思いがけない結果になりました。

アメリカでカウンセリングをしていた時の事例です。

クライアントのGさん(大学2年生)は、軽い抑うつ症状で個人セラピーを受けていました。朝起きれず、そのため不登校ぎみになっており、留年の危険がありました。彼の自尊心は低く、自分の感情を素直に表現することが苦手です。

Gさんは、セッション中も、自分から話すという姿勢がなく、いつも受身でした。僕が質問したこと以外は、ほとんど答えず、自ら話そうという雰囲気が見られませんでした。

そういうわけで、僕は何をしていいのかわからず、数回セッションをした後でも症状の改善は殆ど見られませんでした。

わかったことは、中学1年から卒業するまでクラスメート数人から執拗ないじめを受けていたことでした。しかし、その詳しい内容も語ってくれませんでした。日本のいじめとは違い、銃で脅されカツアゲされていたようです。

その日は、いつものように淡々とセッションが終了したのですが、ドアを開けて部屋の外に出ようとしていたGさんが、突然振り返り、「そう言えば、先週、ばったり中学のときの同級生のHに会いました」と言ったのです。

クライアントが、セラピーセッションがまさに終わろうとしているとき、とても大事な話をすることがあります。これをドアノブ効果と言います。ドアノブにまさに手をかけるような最後の瞬間に、意を決して大事な話を始めることがあるのです。ドアノブに手をかけるとまではいかなくても、いつもセッションの最後の5分に重要な話を始めるクライアントもいます。ドアノブに手をかけているわけではありませんが、これもドアノブ効果です。

僕は、これは、このままセッションを終わらせるわけにはいかないと思いました。Gさんに席に戻ってもらって、Hさんとの再会のときの様子についてもう少し詳しく話を聞かせてほしいと伝えました。

Hさんは、中学時代Gさんをいじめていたグループのリーダー格の生徒です。ところが、Gさんは左手を激しく振りながら、「いえ、なにも感じませんでした。Hも、もう大学生になって落ち着いているし・・」と繰り返します。

席についたGさんは、さかんに「何もありません」と左手を振りながら答えるのですが、彼の右手は、強く拳を握っていました。

僕は、「GさんがHさんに対して、今なんとも思っていないことはわかりましたが、どうやらGさんの右手は、違う意見を持っているかもしれませんね?」と、Gさんに語りかけました。

そのとき、Gさんは、はじめて自分が拳を握っていることに気づきました。そのことに気づいたGさんは、じっと自分の右拳を見つめ、拳をゆっくりと開きました。その最後の瞬間、Gさんが涙を流したのです。その涙はしばらく止まりませんでした。

その後、Gさんは、自分がいじめを受けている間のつらさ、苦しさ、くやしさについて語ってくれました。彼の右拳は、そうした感情をずっと我慢してきたことを示しているのです。そして、左手は、「自分は大丈夫」という自分自身に向けるのと同時に、周りの人たちに心配をかけないようにという気持ちを表していたのです。

このセッションの後、セラピーのプロセスが進み出し、授業を休まないようになり、留年も回避し、無事に大学を卒業しました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?