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ベルリン映画祭2024予習ブログ

ベルリン映画祭が2月15日に開幕です。
 
今年のベルリンは、例年にない緊張感の中で始まることになります。それは、ガザへの虐殺をやめないイスラエル政府に対して、ベルリン映画祭が明確に反対の姿勢を取っていないことが原因です。映画祭からの招待を辞退する作品も現れ、各所でボイコットを巡る議論が交わされています。
 
昨年(23年)のベルリン映画祭の開幕式には、文化大臣はじめ複数人の要人が登壇し「ベルリンは政治的な映画祭です」と声を合わせるように発言していたのが印象的でした。「親ウクライナ/反ロシア」の姿勢を明確に示しており、「反イラン政府/親イラン映画」も打ち出していました。

しかし、今年は昨年のようなクリアな姿勢を取ることが出来ないことは明らかです。歴史的背景から「反イスラエル政府=反ユダヤ主義」であるという曲解を招くリスクを負えないドイツは、激しいジレンマに直面しているのだろうと、僕には見えます。
おそらく世界の表現者のほとんどがガザに対して心理的共感を寄せている状況のなか、もともとリベラルなベルリン映画祭としても共感を表明したいに違いないと想像します。しかし、ドイツという国がそうさせないという難しい状況に置かれていると思います。

では、その「ベルリン映画祭」とは誰なのか。現在のトップは、カルロ・シャトリアン氏とマリエッテ・リッセンベーグ氏の二人で、いわゆる双頭体制です。長年ベルリンを率いたディーター・コスリック氏に代わり、二人の体制になったのが2019年でした。今年が、5年目になります。
 
ディレクターは5年契約であるらしく、従って2024年が契約最終年です。二人のうち、マリエッテ氏は契約を更新せずに退くことを23年の早い段階で公表していましたが、カルロ氏は続投に意欲を示し、「雇い主」との関係も良好であったと伝え聞いています。契約更新は既定路線と見られており、それを確認するミーティングも複数回行われていたようです。しかし、昨年の8月に、突然契約を更新しない旨がカルロ氏に伝えられ、ベルリン映画祭からの退任が発表されたのでした。本人も遺憾の意を表し、世界の映画人たちが抗議の署名活動をしたようですが、決定が覆ることはありませんでした。
 
映画祭勤務経験がある身として信じられないのは、23年8月に「クビ」を告げられて、しかし翌年24年2月の最後の映画祭の本番はこなさなければならないということです。一体、どういうモチベーションで乗り切ればいいのか、僕には想像が付きません。しかも、追い打ちをかけるように酷いのは、23年12月に、後任ディレクターが発表されたことです。せめて後任は24年の映画祭本番が終わってから発表し、今年はカルロの最後の年として盛り上げてあげるのが、5年間を務めあげてきたディレクターに対する気遣いではないかと、腹立たしくてたまりません。
 
ベルリン映画祭を代表する人物としては、あくまでディレクターであるカルロ氏やマリエッテ氏が前面に出ています。しかし、彼らがどのようにして、そして誰から指名されるのか、あまり詳しくは知りません。おそらく、上述した「雇い主」とは、ドイツの「文化・メディア庁」であると思います。官庁が、ベルリン映画祭の責任者を直接指名し、間接的に運営しているのだと見ていいかと考えています。
 
なので、イスラエル政府に抗議しない「ベルリン映画祭」とは誰なのかといえば、それは「文化・メディア庁」なのでしょう。しかし、我々から見れば、「ベルリン映画祭」とは、やはりディレクターであるカルロとマリエッテなのであり、マリエッテはともかく、酷い仕打ちを受けたカルロとしては、現在の世界情勢の中で「ベルリン映画祭」の名誉を守り、リベラルな姿勢を貫くモチベーションはないでしょう。

カルロ氏に直接話を聞いたわけではないので、以上は僕の想像の範疇を出ませんが、出ていけと言われた組織をどこまで守れるのか、そして個人としての意見表明をいかに行い得るのか、非常に難しい立場に置かれたのだと思います。
 
マリエッテとカルロ名義で、中東の犠牲者に対する哀悼の念はベルリン映画祭の公式サイトで発表されていますが、そこにイスラエル政府に対する抗議は明言されておらず、ベルリンをボイコットする原因にもなっているかと思います。しかし上記の過程を追っていた身としては、マリエッテとカルロを責める気には全くならない。ボイコットすべき「ベルリン映画祭」とは誰なのか、事情は複雑です。僕は最後となる「カルロのベルリン映画祭」を見届けたいし、応援もしたいので、ベルリンに行きます。そして、戦争について、「文化・メディア庁のベルリン映画祭」がいかなる態度を表明するのか、目撃したいと思っています。

<※2月4日追記>
情報サイト「DEADLINE」が2月3日に更新したニュースによれば、 ドイツの映画人たちの署名活動が、極右政党に属する政治家のベルリン映画祭オープニングセレモニーへの招待に抗議したことを受け、ベルリン映画祭は活動に同意を表したとのことです。「国政選挙で選ばれた議員である以上、慣習に従って招待状を発行したが、この政党の理念は映画祭の理念と相容れないものであり、映画祭はそういう人たちを歓迎しない、その旨を個々に連絡する」とコメントしています。
このコメントを出した「ベルリン映画祭」が誰なのかは分かりませんが、本番が近づくにつれて状況は揺れを増していくと思われます。
そして、今回の記事でガザを憂うコメントは無く、極右思想に与しないベルリン映画祭の姿勢は打ち出されたとしても、それはガザ問題を見過ごすエクスキューズにはならないわけで、ジレンマは相変わらず存在していると言えます。
https://deadline.com/2024/02/berlin-film-festival-opening-ceremony-protest-afd-far-right-germany-1235813469/


さて、ベルリンに行くからには、コンペ作品は見ておきたいと思います。なので、今年も予習をします。
 
下記、作品タイトルは基本的に英題として、国名は原則として監督の出身国としています。また、カタカナ表記が定着していない監督名の表記も不安定かもしれません。そしてもちろん見る前の記述なので、内容に誤解があればご容赦を!
 
〇『Another End』ピエロ・メッシーナ監督/イタリア

"Another End"  Copyright Matteo Casilli / Indigo Film

ピエロ・メッシーナ監督は1981年生でシチリア島出身。パオロ・ソレンティーノ監督作品の現場に入って経験を積み、2015年に『L’attesa (The Wait)』で初長編監督デビューしています。『L’attesa (The Wait)』は、シチリア島を舞台にジュリエット・ビノシュを主演に迎え、息子を失った痛みが癒えない母親の苦しみを描く物語でした。映像はスタイリッシュでスケールも感じられましたが、中盤以降の物語の動きが鈍い、と当時の自分は鑑賞メモに書いていました。
 
その後はテレビドラマを手掛け、今回の『Another End』が劇場用長編としては9年振り2本目であるようです。主演には、メキシコのスター俳優、ガエル・ガルシア・ベルナル。ディストピアSFとの表記があり、「妻を亡くした男が新たな女性と一緒になるが、その女性には亡き妻の記憶と意識が一時的にインプラントされている」という物語。フランスのベレニス・ベジョもクレジットされています。
 
「愛する者の消失」というモチーフが、メッシーナ監督の作品に共通しているようです。そして、今年のベルリンにはジャンル系の作品も目立ちますが、本作はコンペの賑わいに一役買いそうな存在に見えます。
 
〇『Architecton』ヴィクトル・コサコフスキー監督/ロシア

"Architecton"  Copyright Neue Visionen Filmverleih

ベテランのドキュメンタリー監督、コサコフスキーの名前を瞬時に分からなくとも、『グンダ』(20)の監督だよと聞けば、うおー!となる人も多いのではないかな。「奇跡」という言葉を安易に使ってはいけないと分かっていますが、しかし『グンダ』こそは「奇跡」のドキュメンタリーだと呼んでも叱られることはないでしょう。それほど、あのブタちゃん一家を捉えた映像、そしてブタの感情を捉えた瞬間は、奇跡でした。
 
『Architecton』の内容に関する情報はまだ見つからなく、スチール写真を見る限り、雄大で神秘的な建造物にフォーカスした作品ではないかと想像できます。
 
コサコフスキー監督の芸術性の高さは疑いようが無いですが、ベルリンがロシアの監督を受け入れたという意味でも注目されることになるかもしれません。とにかく猛烈に楽しみな1本です。
 
〇『Black Tea』アブデラマン・シサコ監督/モーリタニア・フランス

"Black Tea"  Copyright Olivier Marceny

モーリタニア出身でフランスを拠点に活動しているシサコ監督は、『禁じられた歌声』(15)がカンヌのコンペ入りし、セザール賞を受賞し、さらにアカデミー賞のノミネートも果たしたことが記憶に新しいところです。マリ共和国の村を舞台に、イスラム過激派の弾圧によって苦境に陥る家族の闘いを描く作品でした。
 
新作『Black Tea』のあらすじは:
「コートジボワールに暮らす30代の女性アヤは、結婚式の日に『ノン』と言い、周囲を驚かせる。アヤは中国の広州に移住し、45歳の中国人男性カイとともに茶葉の販売店で働く。アヤとカイは愛し合うようになるが、果たして過去の経緯や偏見を乗り越えることができるだろうか」
 
シサコ監督は常にアフリカに軸足を置いていますが、中国に暮らすアフリカ出身女性という設定は新鮮に響きます。どうやら広州にアフリカを逃れた人々のコミュニティーがあるとのことで、そこが舞台になっているようです。現代政治情勢がどのような形で絡んでくるのか、切り口にも注目したいところです。
 
〇『La Cocina』アロンソ・ルイスパラシオス監督/メキシコ

"La Cocina" Copyright Juan Pablo Ramírez / Filmadora

ルイスパラシオス監督は、かつはルイス・パラシオス表記だったのですが、ミドルネームとラストネームをひとつにしたようで、ちょっとこういうケースは珍しい…。そんなことはともかく、長編第1作『Gueros』(14)がベルリン「パノラマ部門」に出品されて新人賞を受賞しています。少しウツ気味の青年が、死期が近いと報道された伝説的ロック歌手を探して動物園を訪ねたりする、モノクロでアーティーで個性的なインディ青春映画でした。
 
続く『Museum』(18)はベルリンのコンペに選出され、ガエル・カルシア・ベルナルを主演に、マヤ文明の土器を違法に所蔵する博物館から盗む義憤に駆られた青年の物語で、題材は良かったのだけれど少し冗長だった印象があります。その次の『A Cop Movie』(21)は未見ですがこれもベルリンコンペ、そして4作目の長編となる本作を含め、3本連続でベルリンのコンペに選出されています。まさにベルリンの常連ですね。
 
新作『La Cocina(The Kitchen)』はルイスパラシオス監督が初めてメキシコ国外で撮影した作品で、全編にわたってニューヨークのレストランのキッチンが舞台となるようです。世界中の文化がごちゃまぜになるランチタイムの混雑時を舞台にした作品とのこと。主演がルーニ・マーラであるのも楽しみです。
 
〇『Dahomey』マティ・ディオプ/フランス

"Dahomey" Copyright Les Films du Bal - Fanta Sy

マティ・ディオプ監督は長編1本目の『アトランティックス』(19)がカンヌでグランプリ(2等賞)を受賞し、一躍世界的に知られる存在になっています。ちなみに、『サントメール ある被告』(22)のアリス・ディオプ監督(こちらはヴェネチアのコンペで2等賞にあたる審査員賞受賞)と姻戚関係はありません。同時期に台頭したセネガル系フランス人の2人のディオプ監督、両名ともしっかり覚えておきたい重要な存在です。
 
『アトランティックス』はセネガルの都市近郊を舞台に、移民の厳しい現実とスピリチュアルな要素が入り混じる実に個性的な愛の物語でしたが、新作『Dahomey』は、ドキュメンタリー。

西アフリカに位置する現在のベナン共和国がある地には、かつてダホメ(Dahomey)という名の王国があったそうです。『Dahomey』は、100年前にダホメ王国から略奪され、パリの博物館に展示されていた3つの彫像が、100年振りにベナン共和国に返還される過程を見せていく内容であるとのこと。美術品の返還は現在の美術界が抱える最も大きなトピックのひとつであるに違いなく、アフリカへの美術品の返還を新鋭監督がどのように切り取っているのか、これは猛烈にそそられます。
 
〇『A Different Man』アーロン・シンバーグ監督/アメリカ

"A Different Man" Copyright Faces Off LLC

アーロン・シムバーグ監督は『Chained for Life』(18)において「異形」の人間が普通に生活する世界を劇中劇を用いながら描き、高い評価を得ていますが、新作『A Different Man』もその延長線上にある作品であると解釈してよさそうです。
 
「エドワードの物語。顔の復元手術を受けた彼は、役者となり、手術前の彼の人生に基づいた演劇に出演することになる」
 
エドワード役に、マーヴェルのウィンター・ソルジャー役で知られるセバスチャン・スタン。そしておそらく彼の手術前の時期の役として、アダム・ピアソン。アダム・ピアソンは、実際に「神経線維腫症」によって顔が「変形」している異形の人であり、『Chained for Life』にも出演しています。人にとっての外見を主題とするシンバーグ監督とアダム・ピアソンは並走しているのでしょう。サンダンス映画祭でワールド・プレミアされ、ベルリンのコンペの中では唯一のインターナショナル・プレミアの作品です。
 
※「なかむらかずや (id:kazuya_nakamura) 」さんのブログを参照しました:
https://www.catapultsuplex.com/entry/chained-for-life
  
〇『The Empire』ブリュノ・デュモン監督/フランス

"The Empire" Copyright Tessalit Productions

何度となくカンヌでワールド・プレミアされてきたブリュノ・デュモン監督ですが、今回はベルリン。ベルリンのコンペ参加は『カミーユ・クローデル ある天才彫刻家の悲劇』(13)以来のようで、なるほど。
 
ブリュノ・デュモンの魅力を一言で表現するのは無理で、彼の世界感の解説は明晰な批評家の方にお任せしたく、僕はデュモンの想像力の自由さの前にひれ伏すばかりで、特に破天荒なテレビシリーズ『P'tit Quinquin』(14)や愕然と陶酔のジャンヌ・ダルク連作以降、もはや表現する言葉を持ち得ないことを白状しないといけない。
 
新作は、いかにもデュモン的なフランス北部の村を舞台にした、スター・ウォーズへのオマージュ…?村が、潜入した宇宙人たちによる闘いの場と化す?そして悪の帝国(Empire)の皇帝にファブリス・ルキーニ?
 
ああ、もう、またもやお手上げの快楽に身を委ねることにします。見るしかない。
予告が上がっていますので、どうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=as9EuEshB58&pp=ygUVYnJ1bm8gZHVtb250IGwnZW1waXJl
 
〇『Gloria!』マルゲリータ・ヴィカリオ監督/イタリア

"Gloria!" Copyright tempesta srl

マルゲリータ・ヴィカリオ監督は、ミュージシャンとして知られているようで、どのくらいの知名度なのか浅学にして僕は知らないのですが、女優でもあり、ウディ・アレンの12年の作品『ローマでアモーレ』(すごい邦題だ…)に出演クレジットがありますが、小さな役のようでした。そして今回が長編作品を初監督です。
 
「18世紀末のヴェネチア、女性の寄宿舎に住むテレサは、未来を読む能力を持っている。テレサは、仲間の女性の音楽家たちと、新しい音楽のスタイルを発明していく」
 
バロック時代のヴェネチアを舞台にしたコスチュームドラマということですが、スチール写真も絵画のような趣があります。ミュージシャンとしてのヴィカリオさんが手掛けるジャンルはポップスのようですが、監督作ではおそらくオペラを扱うのだろうと予想します。
 
テレサに扮する主演のガラテア・ベルージが大注目。グザヴィエ・ジャノリ監督『L’ Apparition』(18)でマリア様を見たと証言してバチカンの調査員を困らせる少女を演じて、素晴らしい結果を出していました。現在公開中の『ポトフ』(23)では、ブノワ・マジメルのアシスタント的なヴィオレットに扮したのも印象深い。この人は今後来る!と確信できるので、要チェックです。
 
〇『Suspended Time』オリヴィエ・アサイヤス監督/フランス

"Suspended Time" Copyright Carole Bethuel

HBOのドラマ『イルマ・ヴェップ』(22)のあまりの素晴らしさに映画ファンを狂喜させたアサイヤス、劇場用長編としては『WASPネットワーク』(19)以来となる新作です。カンヌのイメージの強いアサイヤスですが、『WASPネットワーク』はヴェネチアだったし、今回はベルリンということで、もはやカンヌにこだわる必要のない領域に入っているのでしょう。
 
『Suspended Time』は、ロックダウンのもとで過ごす2組のカップルを描く内容であるとのこと。COVID19関連の作品もさすがに減ってきた印象がありますが、改めてアサイヤスの目にあの時期がどう映っていたのか、興味深い気がします。
 
主演に、ヴァンサン・マケーニュ。いつも同じ、と揶揄されることもありますが、僕はもう断然支持派で、彼の出てる作品なら無条件に見ますね。そして失望したことがほとんどない。ルーザータイプのコミカルな役が多かった過去から、最近ではロマンティックな役も増えてきて、その幅の広さに飽きることなどあろうはずがありません。相手役に、『イルマ・ヴェップ』のカルラ役が素敵だったノラ・ハムザウィ。この2人の組み合わせは本当に楽しみです。
 
〇『From Hilde, With Love』アンドレアス・ドレーゼン監督/ドイツ

"From Hilde, With Love" Copyright Frederic Batier / Pandora Film

アンドレアス・ドレーゼン監督は東ドイツ出身の背景を軸に持ちつつ、社会的イシューをメジャーな形で映画に盛り込む職人的商業監督、と僕は捉えています。米軍に拉致逮捕された息子の救出に奮闘するドイツ人お母さんの姿を描く前作『クルナス母さんvs.アメリカ大統領』(22)はもう、めちゃくちゃ面白く、観終わった瞬間にお母さん役の俳優賞受賞を確信したものでしたが、見事受賞しました。東京では23年のドイツ映画祭で上映されましたが、正式に劇場公開も検討されていると聞いています。
 
さて、その前作から2年という短いスパンで届けられるのが新作From Hilde, With Love』。ナチスに反対する活動家の男性と、彼と恋に落ちた女性のふたりの姿を描く戦時のラブストーリーであるとのこと。「素敵な夏を過ごすものの、ゲシュタポに捕まってしまう」ということらしい。このベーシックな設定から、どのように展開を膨らませていくのか、ドレーゼンの力業に期待したいところです。
 
女性の役にリヴ・リサ・フリース。とはいえ、僕は知らず、どうやら「バビロン・ベルリン」というテレビ(配信)ドラマのヒットで国際的知名度を得ている人のよう。日本ではBSで放映されたそうですね。ドラマもなるべく見ようとしているけれど、追いつかない!無念であるとともに、自分の怠惰さを呪う…。ベルリン映画祭で彼女が登場したらさぞかし盛り上がるのだろうな…。(「バビロン・ベルリン」、早速アマプラで見始めました)。
 
〇『My Favourite Cake』ベタシュ・サナイハ監督&マリヤム・モガッダム監督/イラン

"My Favourite Cake" Copyright Hamid Janipour

『白い牛のバラッド』(20)がベルリンコンペに出品され、日本公開も果たしたコンビ監督による新作。『白い牛のバラッド』は、冤罪で夫が死刑となった妻と、冤罪の判定に協力してしまった司法官の男の苦悩を描き、イランのずさんな死刑制度と、寡婦の社会的立場の弱さを告発する傑作でした。共同監督のマリヤム・モガッダムが主演しています。
 
モハマド・ラスロフ監督『悪は存在しない』(20)はイランの死刑制度を複数の視点で語り、見事にベルリン金熊賞を受賞しましたが、イラン国内での上映は叶わないと聞いています。『白い牛のバラッド』も同様だったらしいですが、国内の厳しい状況に関わらず、質の高い作品を繰り出してくるイラン映画の底力には敬意を表さずにいられません。
 
さて、サナイハ&モダッダム監督新作『My Favourite Cake』でも、イラン社会における女性の抑圧された立場が描かれます(モダッダムの出演はない模様)。主人公は、70歳の女性のマヒン。
「1人暮らしのマヒンは、相手を探して愛ある生活を送ろうと思い立つ。しかし、ロマンスを求めようとしたとき、意外な出会いが忘れられない一夜へと展開していく」という物語。
 
今作は少し軽めのタッチなのでしょうか?イランの注目監督コンビがいかなる作風で新作を仕上げてくるのか。常にイラン映画の動向が気になる者としては、今回のコンペの最注目作の1本です。
 
〇『Langue Etrangère』クレール・ビュルジェ監督/フランス

"Langue Etrangère" Copyright Les Films de Pierre

クレール・ビュルジェ(Claire Burger)監督、日本語で検索すると苗字が「バーガー」と出ますがさすがにそれはないですね。60歳過ぎの女性がパーティー遊びへの情熱を失わない姿を肯定的に描いた長編1作目『Party Girl』(14)でカンヌの新人監督賞(カメラドール)を受賞し、監督自身の家族の物語を元にした2作目『Real Love』(18)がヴェネチアの「Venice Days」部門作品賞を受賞しています。
 
監督3本目となる『Langue Etrangère』(「Foreign Language = 外国語」の意)は、フランスとドイツで文通する、ファニーとレナというふたりの少女を中心とした物語とのこと。文通が文字通り手紙の意味なのかどうか、設定の時代は現時点では分からない。スチールの感じからすると、80年代かも?ちなみに、ビュルジェ監督は78年生。

共演者(少女たちの母親役かな?)にキアラ・マストロヤンニとニーナ・ホスの名もあります。
 
〇『Who Do I Belong To』メリアム・ジョーブール監督/チュニジア・カナダ

"Who Do I Belong To" Copyright Tanit Films, Midi La Nuit, Instinct Bleu

メリアム・ジョーブール(Joobeur)監督は、チュニジア出身で、カナダはケベックを拠点に活動しているとのこと。2018年に短編『Ikwene』がアカデミー賞の短編部門にノミネートされた実績を持ちます。本作が長編監督デビュー作。
 
「チュニジア北部の辺境地に、アイシャは夫と末の息子と暮らしている。意外なことに、戦争に出兵していた長男がミステリアスな妻を伴って帰還する。その妻は妊娠している。長男の帰還は村に暗い影響を及ぼし、やがてアイシャは母性愛を超えた決断を迫られる」
 
なるほど。アカデミー賞にノミネートされた短編『Ikwene』は、同じ物語を父の視点で語ったもので、今回は母の視点で長編化したもののようです。新人監督ということでも大注目です。
 
〇『Pepe』ネルソン・カルロス・デ・ロス・サントス・アリアス監督/ドミニカ共和国

"Pepe" Copyright Monte & Culebra

ネルソン・カルロス・デ・ロス・サントス・アリアス監督は『Cocote』(17)がロカルノの「Signs of Life」という部門で受賞していますが、当時のロカルノのディレクターが現在のベルリンのカルロ・シャトリアン氏ということで、縁が繋がっているのかもしれません。
 
それはそれとして、作品自体も強烈にそそられます。「アフリカで捕らえられ、コロンビアに運ばれたカバが、麻薬王のパブロ・エスコバルの私設動物園に入れられる。その物語が、カバの語りで描かれる」。カルロ氏によれば、「ジャンルとスタイルが混在し、コンペで最も分類不能な作品」であるとのこと。こ、これは…。必見だ。
 
〇『Shambhala』ミン・バハドゥル・バム監督/ネパール

"Shambhala" Copyright Aditya Basnet / Shooney Films

ミン・バハドゥル・バム監督は『Black Hen(黒い雌鶏)』(15)がヴェネチアの批評家週間で受賞後、世界の映画祭を巡回し、東京フィルメックスのコンペでも上映されています。雄大な景観の中、性別格差を始めとしたネパール社会の暗部が描かれる作品でした。

新作『Shambhala』は9年振り、2作目の長編作品です。
 
「ヒマラヤの一夫多妻制の村において、パマは妊娠するが、夫が失踪してしまう。パマは、義弟であり実質上の夫である僧侶とともに、厳しい自然の中で夫を探す。その旅の過程で、自分自身も発見していく」
 
こちらも大画面向きの壮大な映像を期待してよさそうです。そして、女性の置かれる立場の不公平さを告発する内容であることも想像できます。美しい自然が、現実社会の暗さを一層強調する効果を上げる作品であるはずです。
 
〇『Dying』マティアス・グラスナー監督/ドイツ

"Dying" Copyright Jakub Bejnarowicz / Port au Prince, Schwarzweiss, Senator

マティアス・グラスナー監督、出所したレイプ犯の姿を描く『The Free Will』(06)がベルリンのコンペで銀熊賞を受賞しています(僕は未見)。『Mercy』(12)もコンペで、ノルウェーを舞台にした家族ドラマでした。ひき逃げを隠蔽した夫婦の苦悩を中心にした生と死を巡る物語で、当時の僕は死の扱いが軽いと鑑賞メモに不満を綴っていました(が、正直言って覚えていない)。

グラスナー監督はテレビと映画の双方でコンスタントに仕事を続けていて、『Uボート』のドラマシリーズの監督も手掛けていますね。劇場用長編『Dying』で12年振りにベルリンコンペ復帰です。
 
『Dying』は、久しく揃っていない4人家族の物語。「父親は老人ホームで緩やかに最後を迎えつつあり、自由を楽しむはずだった母親にも病魔が押し寄せる。指揮者である息子は『死』という曲の準備を始め、元カノの子どもの代理父になる羽目になり、娘は不倫し、酒に溺れている。それぞれに死が近づき、ようやく4人家族は再会することになる」。
 
という内容であるとのこと。息子役に、国際的知名度を誇るラース・アイディンガー。他のキャストもドイツではトップ級のようです。死の描き方で不満を覚えた『Mercy』から12年、同じく死をタイトルに掲げる本作がどのような内容であるのか、個人的にも気になるところです。
 
〇『The Devil’s Bath』セヴェリン・フィアラ監督&ヴェロニカ・フランツ監督/オーストリア

"The Devil’s Bath" Copyright Ulrich Seidl Filmproduktion / Heimatfilm

フィアラ監督とフランツ監督のコンビ、ホラー映画を手掛けています。『グッドナイト・マミー』(14)は、双子の兄弟が、整形手術を受け顔に包帯を巻いた母と対峙するオソロシイ話でした。続く『ロッジ 白い惨劇』(19)は、母を亡くした兄妹が父の後妻となる女性と冬の山荘で数日を過ごす物語で、その意外性と深みとから、僕は近年のホラー/スリラーでも最高峰の1本でないかと思っていて、実はアリ・アスター監督の諸作より好きだったりします。
 
なので、新作は本当に楽しみ。タイトルは、「悪魔のお風呂」。実に恐ろしい…。恐ろしいのか?
 
18世紀のオーストリア。森に囲まれた村。そこでは赤子を殺した母親は死刑となる。アグネスは愛する人との結婚に備えている。しかし、結婚を前に心は重くなり、邪悪な思考が湧き上がってくる…。
 
ああ。ホラーがコンペに入るというのは、実にいいですね。しかし傑作『ロッジ 白い惨劇』は、実はホラーでないというところが秀逸であったので、おそらく新作も悪魔がおどろおどろしく登場することはなく、人の内面に潜む悪魔、という意味での心理スリラーなのだろうと想像します。猛烈に楽しみです。

ちなみに、共同監督のヴェロニカ・フランツの夫は、ウルリヒ・ザイドル監督。
 
〇『Small Things Like These』ティム・ミーランツ監督/ベルギー(+米、アイルランド)

"Small Things Like These" Copyright Shane O’Connor

ベルギー出身のティム・ミーランツ監督、ヌーディスト・キャンプを舞台にした異色作にして、カルロヴィヴァリで監督賞を受賞した『パトリック』(19)はEUフィルムデーズで上映されています。前作は『ウィル』(23)。ネットフリックス作品で、日本は1月31日から配信開始されました。早速見てみましたが、1942年のベルギーのアントワープを舞台に、ナチス支配下にあるベルギー警察に入所した青年の苦悩を描く、戦時下心理ドラマでした。
 
新作『Small Things Like These』(扉写真も)はアイルランドが舞台。「1985年のクリスマス、良き父親であるビル・ファーロングは、地元の修道院が隠していた不愉快な事実を発見し、自分自身についてもショッキングな事実を知ってしまう」。
 
主演にキリアン・マーフィー、共演にキアラン・ハインズ、エミリー・ワトソンら。21年に出版された同名小説の映画化であるとのこと。今年のベルリンのオープニング作品でもあります。
 
〇『A Traveler’s Needs』ホン・サンス監督/韓国

"A Traveler’s Needs" Copyright 2024 Jeonwonsa Film Co.

ホン・サンス、『イン・アワ・デイ』(23)に続く、31本目の長編監督作品。『イン・アワ・デイ』はカンヌ監督週間への出品でしたが、新作はベルリンコンペ。もはや驚かないですが、驚かない方が驚きというか、当たり前のようにカンヌ・ベルリン・ヴェネチアに入り続けるとは(しかも毎年、しかも年に複数回)、本当に空前絶後の存在という気がします。ちなみに、ベルリンのコンペは、2008年から7本目。コンペ以外の「フォーラム部門」と「エンカウンター部門」出品作を含めると9本目。いやはや。
 
『A Traveler’s Needs』の主演はイザベル・ユペール。『3人のアンヌ』(12)、『クレアのカメラ』(17)に続いて3度目のホン・サンス作出演。ホン・サンスの多作もびっくりだけど、ユペールの働きぶりもすごい。何回目とか言ってる次元でないところで通じ合っているのでしょうね。常連クォン・ヘヒョもクレジットされています。キム・ミニはいないようで、『クレアのカメラ』に続くユペールとの共演は見られず、少し残念。
 
ディレクターのカルロ氏によれば、本作はコメディーであり、「軽いが鋭く人間関係を描く」作品であるとのこと。まあつまりはいつものホン・サンスということで、楽しみましょう。
 
〇『Sons』グスタフ・モーラー監督/スウェーデン・デンマーク

"Sons" Copyright Nikolaj Moeller

スウェーデン出身のグスタフ・モーラー監督はデンマークの映画学校を出ており、映画製作もデンマークが中心であるようです。なんといってもサンダンスで観客賞を受賞した長編1本目『THE GUILTY ギルティ』(18)は鮮烈でした。警察の緊急110番電話受付係の担当官がただ1人が電話で受け答えするだけで、見事な90分間のドラマに仕立て上げる技量には、心底驚かされたものです。ハリウッド版リメイクが速攻でジェイク・ギレンホール主演で作られたことも記憶に新しいですね。
 
長編2本目となる新作『Sons』の舞台は、デンマークの刑務所。「厳格な看守のエヴァが、自分の過去と関わりのある青年が入所することで、ジレンマに直面する」心理スリラーであるとのこと。前作の成功もあり、こういう良質なジャンル系の作品は日本でも買い手が早く付くのだろうと期待されます。楽しみに待ちましょう。
 
  
以上、ベルリンのコンペは20本です。アジア作品がホン・サンスだけというのが少し寂しいですが、楽しみな監督の新作が多く、ジャンルも豊富です。

審査員は、委員長にルピタ・ニョンゴ(ケニア・アメリカ/俳優)、以下、アン・ホイ(香港/監督)、クリスチャン・ペツォルト(ドイツ/監督)、アルベルト・セラ(スペイン/監督)、ジャスミン・トリンカ(イタリア/俳優)、オクサーナ・ザブジュコ(ウクライナ/作家)、ブラディ・コーベット(アメリカ/俳優)

Lupita Nyong‘o, Ann Hui, Christian Petzold, Albert Serra, Jasmine Trinca, Oksana Zabuzhko, Brady Corbet

審査員たちのコメントにも注目しつつ、どのような雰囲気の下でコンペの作品が上映されていくのか、現地の様子を見届けたいと思っています。

以上、ベルリン映画祭コンペ作品の予習でした!
 


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