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ショートショート 盗賊たちの絆

 熊谷浩平がアジトに戻ったとき、そこはすでにもぬけの殻だった。かわりに、突如ドアが音を立てて開かれ、瞬く間に数人の男が部屋に飛び込んできた。
「警察だ。両手を上げろ」
 ガード付きの透明なアイカバーで顔面を覆い、大きな盾を持った青い制服姿の男が叫ぶ。
「警察だ、両手を上げろ」
 再度、その男の声が空間を裂く。自分の周囲を数人の男が取り囲み、盾と警棒を持って身構えている。
 浩平は、驚きのあまりその場に立ち竦んだ。男たちの青い制服の真ん中に刻まれた、POLICEの文字。それが、やけに激しく目に焼き付いた。
 やがて、背中に衝撃が走る。うっ、と浩平が悲鳴を上げたときには、すでに膝にも痛みを感じ、気付くと床に押し倒されていた。
「イチゴウニイナナ時、ヒギシャ、熊谷浩平カクホ」
 暗号のような言葉に自分の名前が入っているのを、浩平は、背中で両手をキツく縛り上げられながら聞いた。

「もし今、全部事情を話せば、お前の罪も少しは軽くなる」
 連れ込まれた警察署の一室、浩平の前には目を凄ませた刑事がどっしりと腰掛けた。
「けれど、もし」
 声を低くして、その刑事が前のめりなる。浩平にじっと顔を近付け、目と目を合わせる。
 恐い。
 そう思うのに、浩平はその目から逃れることはできない。視線を逸らすことを許さない何かを、刑事の奥底に感じた。
「仲間は、どこに逃げた?」
 ドスの利いた声が、ゆっくりと浩平の耳に入る。今までリーダーの使いっぱしりとして上の何人かに会ったが、こんな威圧感の人は初めてだった。知らず知らずのうちに後ろに仰け反った浩平の背中に、パイプスチールの椅子の背もたれが強く押し当てられた。
「答えたくないなら、しばらく待とうか」
 そう言うと、刑事は浩平から身を離して椅子に座り直した。
 ツゥーッと、浩平の背筋に冷や汗が伝う。刑事が放つ圧力が、部屋にある物体すべてを、ギシギシと威圧しているような感じだった。

「……です」
「ああ?」
 口元でボソッとつぶやいた声に、刑事が大きな声を上げた。
「どこや?」と、浩平にもう一度言うことを強いる。
「に、西町の第一倉庫。白い看板で、『キョ―テラ』と書かれた建物です」

 終わった……、という感情が浩平の胸の中を占める。
 自白してしまった。つまりそれは、自分が悪事に手を染めた仲間の一人であることを認めたと同時に、仲間を売った裏切り者の一人になってしまったということでもあった。
 刑務所に入れば、一体どういう仕打ちが待っているのか――。
 想像するだけでも恐ろしかった。
 目の前に刑事の凄みに負け、自白して仲間の居場所を吐いてしまった後悔の念が、浩平の中でジワジワと滲み出す。
 そんな浩平を、刑事をじっと睨みながら観察していた。
 そして、ガタッと椅子を引いて席を立った。部屋の出口を開けて、外で控えていた男に何やら小声で指示をする。
「はい、わかりました。今すぐ」
 廊下の男がそう答え、サッと戸口から離れる音が浩平の耳に届いた。

 刑事も出て行った部屋で、しばらく浩平は途方に暮れていた。
 やっぱり、口を割るべきではなかった。たしかに、刑事の威圧は凄みがあって恐かったけど、自分が売った仲間から刑務所の中で受ける制裁の方が、よっぽど恐ろしい。
 今後降りかかるであろう暴力に身を震わせていると、突如バタンッと、部屋のドアが開かれた。さっきのイカつい刑事が、ジロリと睨みを利かせながら部屋に入って来る。

「――」
「えっ?」
 刑事が言ったことを、浩平は最初理解できなかった。目をパチクリさせながら、驚いたような表情をする。
「お前ら、ある意味最高だな」
 刑事の顔が、どことなく和らぐ。さっきまでと打って変わった優しい雰囲気に、浩平は混乱とともに正体不明のおっかなさを感じた。
「お前の仲間は、みんな倉庫にいた」
 ああ、俺がみんなを売ったから、全員捕まったんだ……。
 がっくりと肩を落とした浩平に、刑事は言葉を続けた。
「俺らが踏み込んで行ったとき、お前の仲間は全員、素直に捕まったよ。むしろ、捕まえに来るのを待ってたと言わんばかりにな。みんな、……とくにリーダーの陰山が、お前のことを話してた。
『俺らは、我が身可愛さに仲間を一人置いて逃げちまった。たとえ盗みがうまくいっても、それは俺らの流儀に反する。クマは、きっと俺たちに裏切られたと思って、アジトで一人捕まってる。もしクマが俺らのこと吐いたとしても、それは仕方ねえ。むしろ、全員で一緒に捕まるべきだったんだ。そうすりゃあ、また刑務所の中で俺らみんな一緒になれるしな』て」

 浩平はじっと身動きを止め、刑事の話に耳を傾けていた。
 えっ、陰山さんが? そんなこと言ってくれたんだ……。
 驚愕、安堵、困惑、嬉しさ、躊躇い。様々な思いが、順不同に浩平の胸の中を駆け巡る。
 何が起こっているのか、上手く呑み込めなかった。
 そんな浩平の様子を見て、刑事はフッと頬を和らげた。存外に優しげな表情に、浩平の目は釘付けになった。

「盗みは犯罪。お前らのしたことは、決して褒められることじゃない。でもな、この世知辛い世の中で、たとえ犯罪に手を染める連中だとしてもだ、仲間のことを心底大切に思ってくれる連中と出会えたことは、お前にとって何よりの宝だ」
 刑事は、再び浩平の前の椅子に腰掛けた。けれど、さっきと違うのは、もう前に身を乗り出すこともせず、また、ドスの利いた声で浩平を脅そうともしなかったことだ。
 ただ、口調を和らげてこう言った。
「中で、ちゃんと罪を償って来いよ。お前らみたいに、熱い絆を持った仲間がいれば、ムショを出てシャバに戻ってきてからでも、十分、絶対にやり直せる」
 芯の入った刑事の力強い言葉に、浩平は思わず打ちのめされる。
 息を呑み、目を大きく見開いた。胸の奥底から、熱いものがこみ上げてくる。
「まっとうになって、早くこっちに帰って来い」
 そう言って刑事が部屋から出て行くと、机に突っ伏した浩平の目から涙がこぼれ出た。


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