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ショートショート 歪んだ真の愛情

 憧れていた、大好きだった人の凋落を見たい――。
 そう思う私は、歪んでいるのだろうか?

「あの人、鬱になって会社休んでるらしいよ」
 昼休み、ひそひそと交わされている女の子同士の会話に、私の耳はそばだった。内緒声のトーンは、かえって他人がギリギリ”聞き取れる”大きさのもので、だからこそ秘密は公の共通認識となって、人々の間に伝播していく。
 同じくその話が耳に入ったらしい、友人の園美(そのみ)が心配したように私に視線を向ける。
「亮子」
 みなまで言わず、ただ私の顔をじっと見つめる。
「……何?」
 素知らぬ顔で園美を見返す。心に、暗い欲望がうっすら頭をもたげる。

 想いを寄せていた相手が精神的に追い詰められていることが悲しいのか、それとも、結局そんな精神的にも脆い相手を選ばなかった自分の選択の正しさに、留飲を下げているのか。
 本当のところ、自分でも分からない。スマホをタップし、画面に今カレと先週デートしたときに撮ったばかりの写真を表示する。
 今カレのノリに合わせ、はしゃぐ私と身体を寄せてくる幸次(こうじ)。目だけが笑っていない私の顔は、どこか白々とした薄ら寒いものを感じる。

「えぇー、そうなんだ!? ヤバくない!?」
 代り映えしない日常の中に放り込まれた、非日常のネタ。人がそんな新しいものに喰いつくのは、いつも一瞬だ。見境もなく貪り喰って、そしてあっという間に吐き捨てる。他人の不幸は蜜の味。それは、古来からの真理なのだろう。
「亮子、よかったね。あんな奴のこと好きにならなくて」
 一方的に悪者を断罪するような、園美の声が耳に届く。曖昧に頷きながら、私の中の炎が大きくなる。

 不思議だ。
 スマホの画面の中、笑っている私の顔が、いつの間にか本当に楽しんでいるように見えてくる。あの時、こんなに楽しくはなかったはずなのに――。
 あの人に、もっともっと傷ついてもらいたい。惨めな思いをしてほしい。
 叶わなかった思いを、私はスマホの画面に写り込んでいるカレに向ける。
 次第に、画面の中の私の顔がどんどん綺麗になる。本当に楽しんでいる、とても充実した顔に。
「ねえ、もうあんな奴の話なんてしないで。何か、誤解されても嫌だし」
 怪訝そうな顔を繕って、私は園美に言う。
 画面の中、私は自分に寄り添う今カレに熱いまなざしを向ける。
 カレとのこれからに、思いを馳せる。知らず知らず、私の頬は自然にほころんだ。

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