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ショートショート 23世紀の彼女

 沈みゆく夕暮れの空を見上げながら、ミヤタ・コウイチはため息をついた。
 明日から、また休日。
 目の前に茫漠と広がる予定の無い日々を思うと、何をしてどう過ごせばいいのか分からず、途方に暮れる。
 そんなぼんやりしたコウイチの手首が、ブルッ、と震えた。リストウォッチに、今付き合っているアンドロイドのユーリから連絡がきたのだ。リストウォッチから、ホログラムでユーリの顔が映し出される。

「今、何してルの?」
 何の前置きもなく、電話に出るやいなや、彼女はそう訊ねた。
「いや、特に何も。ユーリは?」
「私も。暇だっタから、コウイチに電話しただケかな」
 ユーリは3年前、市場に出回ったパートナー型のアンドロイドだ。古い機種とあって、一部活舌の悪いところがあるが、慣れると気にならない。むしろ、人間でいうところの方言のようなものだ。ちょっとたどたどしいところのある様子は、嫌いじゃない。

「ほんとうにさあ……」
 遠い目で頭上を眺めながら、コウイチは言う。
「20世紀の人たちが羨ましいぜ。だって、みんな週5で仕事。休日はたった2日だったんだぜ。今と全く反対。やることが決められてて、たくさんの人に会える。本当、今じゃ考えられないけどな……。ああ、昔の人たちが羨ましい」

 ホログラムのユーリに言うと、彼女はその意味を理解するまでに一秒ほど間を置いた。そして、曖昧に微笑んだ。
「私、コウイチのそうイうところ好きヨ。今のコウイチの言ウこと聞いてたら、こんな言葉ヲ思い出しちゃっタ。『人間ハ、無いものねだり』だってイう言葉」
 コウイチは、思わずハッとする。
 無いものねだり。そうかもな……。俺たちは完全に労働から解放され、今は働かなくても生きていける世界になった。でも、今度はそれと同時に、時間を持て余した結果自分たちの存在意義を見失っている。20世紀の人が見たら、きっと信じれないような、夢のような状況。にも関わらず、俺たちは幸せとは思えなくなっている。

 幸せとは、自由気ままに生きることじゃなく、ある程度は不自由に、けれどその中に自由を見出しつつ、他者から必要とされながら生きることなのではないだろうか?
 押し黙ったコウイチは、静かに思いを巡らす。
「そウやって考える表情、コウイチは本当に、人間みタいだね」
 コウイチをじっと見つめるユーリの目は、尊敬とも羨望とも、嫉妬ともつかない色を湛えていた。瞳に映った真意は読み取れないまま、微笑を浮かべならユーリは言う。

「すごイ。同じアンドロイドとは、思えナい……! コウイチは本当に、人間みたいダね」

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