見出し画像

ショートショート 魔法の正体

 土曜の深夜、遅くまで起きて、ダラダラとテレビを見ていたときだった。さすがに夜の三時ともなれば、誰が買うんだといわんばかりの通販番組しかやっていない。いいかげんに寝ようとテレビを消しかけた時、それは映った。
画面に、古めかしいごつごつした木の杖がアップになる。

「それでは、お次の商品は……。アイルランド産の、正真正銘の『魔法の杖』。お値段はなんと、――百万円ポッキリ!」
 不自然に明るい、キャスターの猫なで声が不快に耳に残る。ただ、それ以上に胸を駆り立てたのは、「なんとしてでもこの杖を買わないといけない」という思いだった。
 気づいた時には、案内された番号に電話をかけていた。オペレーターの求めるままに従い、購入手続きを済ます。

 三日後、家に魔法の杖が届いた。
 ごつごつした外観は、テレビで見たそのまんま。ズッシリとした重さがあった。杖と一緒に簡単な説明書きが同封されていたが、俺はのっけから脇に追いやった。説明書きなんて、どうでもいい。特に目を通さずと、とにかく杖に手を伸ばす。

 手あたり次第に、俺は杖でやりたいことを何でもやってみた。モノを浮かしたり、炎を出したり、瞬間移動したり……。水を酒に変えたり、お金をジャンジャン出したりもした。
不思議と、その杖は使えば使うほど身体に馴染むのか、最初はズッシリと重かった杖が徐々に軽くなり、簡単に振り回せるくらいに軽くなった。

そんなある日、急に魔法が使えなくなった。その頃には、杖はまるで紙切れにように、中身がスカスカの空洞になったんじゃないかと疑う程、重さがなかった。

「ちょっとー。魔法の杖、使えなくなったんですけど。不良品だったら、取り換えてほしいんですけど?」
 俺は、通販会社に抗議の電話を掛けた。ああ、早くまた魔法を使いたい。全知全能の優越感に浸りたい。そんな高揚感と飢餓感にも似た思いが、自分の欲望を止めどなく刺激していた。

「きっと、百万円分の効果を使い切っただけだの思うのですが……。杖は、まだ重たいでしょうか?」
「え、百万円分の効果? ……ていうか、杖はものすごく軽くなったよ。使い込みまくったせいか、重さに慣れちゃったみたいで」
「でしたらお客様、杖の効果を全部使い切ったようですね。説明書きにも書かせていただきましたが、杖は百万円分の効果を使い切ると、魔法を使えなくなってしまいます。重たい杖が徐々に軽くなり、ほとんど重さがなくなった時が、効果の終了時期です」

 電話オペレーターの声に、俺は我を失った。えっ、そうなの? 背中に冷や汗が滲むように、心臓がドクドクと早鐘を打ち始める。ふいに、杖で出した大量の万札が頭を掠めた。昨日はリビングのテーブル上、無造作に山とあった万札の束が、今日は影も形も見当たらない。

「……ちなみに、教えてほしいんだけど。魔法で出したものって、杖の使用期限が切れるとどうなるの?」
 俺の問いに、オペレーターが電話越しに一瞬沈黙する。しかし、すぐに意図を察したのか、事務的な口調で答える。
「杖の使用期限を迎えると、消えてしまいます。そもそも、お客様が魔法を使えるようになったのではなく、説明書きにもございます通り、実際は幻覚を見ているだけですから」

 オペレーターが言い放った言葉に、俺は頭をハンマーで思いっきり殴られたような衝撃を覚えた。えっ、ウソ……!? マジで? 認めたくない事実を前に、どうしても是認できない心が必死で抵抗する。そんな俺に、オペレーターが追い打ちをかけた。

「そもそも、魔法なんて使えるわけございませんし……」
 当たり前ですよね? とでも言わんばかりのニュアンスが、言外に滲んだオペレーターの声。ショックのあまり、俺は膝から崩れ落ちた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?