ヒプノシスマイクの話がしたい - ヒプノシスマイクという声優とラップが化学反応の果てに大爆発しているプロジェクトについての話がしたい
当時知ったばかりのヒプノシスマイクについて息抜き的に文章を書いて音楽文に投稿したら最優秀賞を受けてしまった。あまりrockin'on向きな話題ではない気もしてまったく期待はしていなかったので、受賞を知らせるメールを受信したときは噓でしょと笑ってしまったことを憶えています。
音楽文掲載日:2019/10/4 2019年11月・月間賞 最優秀賞
男性声優たちがラップをしているユニットがあり、それがたいそう流行ってるらしい。ということは年の離れた友だちから聞いた。
ふだんはロックをよく聴いているのだけど、ヒップホップもたまに聴く。日本のやつだとRIP SLYMEやKICK THE CAN CREWやRHYMESTERなんかが、海外のやつだとBeastie BoysやPublic EnemyやCypress HillなんかがiPodに入っている。
声優には疎い。家にテレビがないのでアニメーションも吹き替え洋画も観る習慣がなく、どんな人がいるのかはほぼ知らない。
だから、音楽原作キャラクターラッププロジェクトなるヒプノシスマイクの説明を聞いたときは「そんな文化もあるのね」みたいな感じで、それじゃあ聴いてみようとはならなかった。声優による音楽というところに距離を感じてしまっていて、じぶんにはあまり関係がないコンテンツだと思っていたのだ。
だけど、その話を聞いてから数ヶ月が経過した9月の上旬、SNSのトレンドに話題が上がっていたのをきっかけに、これあの時のあれかと何の気無しにYouTubeにてMVを見始めたらあっという間に2時間が経過していた。感じていた抵抗感は一瞬でなくなり「なんなんだ……このかっこよくて斬新なコンテンツは……」と豪快な手のひら返しをかましてしまう、そして一週間後にはCDを購入してしまう。
驚いたし斬新だった。聴覚上は声優がラップをしているということも、視覚上はキャラクターがラップをしているということも、とてもいまさらなんだろうけど、すごくおもしろいなと思った。ここではおもしろいと感じたその2点を文章にしてみたい。
まず1点目、声優がラップをするというところについて。
声優さんがラップをするのは単純にすごくいいものだなと思った。声の出し方がはっきりしていて滑舌がよく複雑なフロウもなんなくこなすし且つかっこいい声をつくることができる。まさにラップにうってつけなんじゃないかと思ったし、声優とラップが見事な化学反応を起こしているのがヒプノシスマイクではまざまざと感じることができる。
しかも演技がいい。ラップの途中で台詞調に滑らかに喋るようになるところなんかは本当にいい。台詞なのだから声優さんが上手なのはこれは当たりまえの当たりまえなのだけどこれぞプロという感じがすごい。人間ってこんな声が出せるんだな……と驚かされるし、このプロジェクトにて“声”の可能性や魅力にもあらためて気づかせてもらえたと思っている。
余談だけれどヒプノシスマイクを聴いていると、演歌歌手の氷川きよしさんがロックな曲をすごくかっこよく歌いあげたり(当たりまえですね)、将棋の羽生善治さんが余暇に取り組んでいるチェスもとても強い(当たりまえですね)、というエピソードを思い出す。畑はちがうけれど遠くはない畑で、考えたらそりゃそうだよね的にそのまますごい力を発揮している例だ。
でもこれらの例とこのプロジェクトはちょっとちがうかもしれない、声優とラップがこんなに相性がよかったなんて、聴くまでは思えなかったから、だから聴けてよかった。
つづいておもしろいと感じた点の2点目、キャラクターがラップをするというところについて。
最初にちょっと前提を説明する必要がある。ヒプノシスマイクの世界は武力が根絶されており、各ディビジョン(地域)の代表チームは武器の代わりとなる「ヒプノシス(催眠)マイク」という特殊なマイクを用いたラップにて相手の神経を攻撃し合う戦いをする(すごい)。そしてその勝敗によって領地を広げたりするというSFのような設定があり、ディビジョンごとに戦う様はどこか戦国時代とか江戸時代の幕藩体制を思わせる。
魅力的だと思ったのは、その前述の世界観ゆえにラップが音楽活動では無く、そのためキャラクターの生業がそれぞれ異なるという点だろうか。
たとえば警官(!)、元海兵、デザイナー、作家、ギャンブラー、医師(!)、ホスト、会社員、僧侶(!)、弁護士(!)、お笑い芸人、教師などなどの職業を持つ者たちがラップをするのだけど、それぞれがその経歴をリリックににじませているので、これが聴いていて本当に楽しい。いくつかそんな特徴的なリリックを紹介してみたい。
こちらはデザイナーのリリック。プレタポルテとはオートクチュールの逆で大量生産された衣料品とのこと、勉強になります。
こちらはホストのリリック。アゲアゲです。
こちらは作家のリリック。文豪っぽいし「物狂」なんて言葉初めて聞いた、勉強になります。
こちらは警官のリリック。そう彼は悪い警官なんです。
こちらは会社員のリリック。お疲れ様です……。
このようにラップに職業が染み込んでいるのが非常にユニークで、現在18人いるキャラクターそれぞれのリリックは読むだけで誰がラップするのがほぼわかってしまうのがおもしろい。
しかも基本的には硬派なトラックもキャラクターに合わせて、例えばホストの時はシンセの音が強めになったり、僧侶の時は和楽器の音が加わったり、教師の時はピアノの音が足されたりと芸が細かく、こういう音楽的な遊びもとても興味深いなと思う。
いささかステレオタイプな物言いになってしまうのだけれど、普通のヒップホップのラッパーのイメージはだいたいギャング的というか“悪そうな奴は大体友達”な感じがあって、リリックにもそういったストリート的な言葉が並ぶ印象があった。
もちろんヒプノシスマイクでも引用したイケブクロ・ディビジョン代表の山田三兄弟のリリックなんかは、そういうヒップホップの王道的なアプローチを担っていて、そういうスタンダードも抑えているからこそ、いままでのヒップホップにはなかったかもしれない前述の各業種由来のおもしろいリリックが際立つ。キャラが自然に立ちまくってしまうのだ。
キャラクターにラップをさせることのメリットのようなものは、ラップバトルでも伺えることができた。
個人的な話になってしまうのだけれど僕は、ヒップホップの文化のひとつであるラップバトルやラッパー同士が争うビーフというやつがすこし苦手だった。
もちろんそれらのバトル要素がこのジャンルでは文化あるいは伝統であり、罵詈雑言を尽くしたバトル後には握手があったり、ビーフの果てにも和解があったりして、そこにはほのかなエンターテイメントの色があることは理解しているのだけれど、そして僕の気が弱いというだけの話なのだけれど、音楽に強い言葉が乗ってしまうことに、どこかすこし敬遠してしまうところがあった。
だけど、ヒプノシスマイクでのバトルはむしろやれやれ! みたいな感じでテンションが上がっているじぶんがいる。なぜこのコンテンツではバトルを素直に楽しめるのかというと、それは戦っているのがキャラクターだったからだ。
生身のミュージシャン同士が、人間同士がバチバチやるのは腰が引けてしまうが、キャラクターでならそれが平気だった。例えが古くて恐縮だけどドラゴンボールで孫悟空とベジータが戦っていればそれはやれやれ! と平気で見ていられる。それはあくまでフィクション上の出来事であって僕でも臆せずバトルを楽しめる。発明なんて評したらおおげさかもしれないけれど、それは画期的に思えた。
またヒプノシスマイクではバトルでも両者のキャラクター性が遺憾なく発揮されていて相当おもしろいので例を挙げてみたい。まずは作家対ホスト。
高慢な鼻を抉り取るとのたまう作家に対し、顔は殴らないと軽くあしらうホスト(というやりとりに僕はみえる)。痺れる。
続いてギャンブラー対会社員。
賭事に手を出さないまじめなサラリーマンを唐変木と罵るギャンブラーに対し、失敗しても一回や二回じゃ覚えられなくても食えているからいいと価値観のちがいを明確に提示する会社員(というやりとりに僕はみえる)。痺れる。
立場の違いとその言葉選びがいちいちおもしろいし、敬遠していたバトルのすばらしさにやっと気づけた感がある。
もしこのプロジェクトが歌をうたうものであったなら、ここまでおもしろがることはできなかったんじゃないかと思う。だからヒップホップやラップの魅力もヒプノシスマイクに教えてもらったという思いでいる。現実から離れた世界観のうえでキャラクターにラップをさせることで、ラップの魅力を改めて認識することができた。大げさかもしれないけどそう思っている。
ヒプノシスマイクの魅力について考えをまとめてみたら、褒め言葉をずいぶんと書き連ねてしまった感がある。ラップにも声優にも深く触れてはこなかったからこそ、衝撃がかなりあったし正直なところすこし興奮している。ラップのルールがあるうえでの自由さや声優による声の表現力の底知れなさに気づくことができて本当によかったなと思っているし、ラップにも声優にもさらに興味がでてきた。
ひょっとしていま視界にひろがっているこれが“沼”というやつなのだろうか。