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日本に残った1年で私が高校現場で取り組んだこと - 概要【015】

 私たち家族は現在オランダで暮らしています。妻と娘は2019年の5月、私は2020年の3月に移住してきました。本当は家族で一緒に移住するつもりでしたが、私が日本の高等学校でどうしてもやりたいことがあったので、1年だけ日本に残らせてもらうことにしたのです。移住までに残された1年の間に、公立高等学校で私が取り組んだことをいくつかの投稿に分けて記しておきたいと思います。

 この記事に掲載している写真は、私のプロフィール写真でも一部使っているのですが、これは厳しい受験生活を共に乗り切った3年生の生徒たちが作ってくれたものです。たった1年しか関わりが持てなかった学年でしたが、授業や授業外の入試対策で関わった176人の生徒一人ひとりから、心のこもったメッセージをいただきました。担任した1年生のクラスの生徒達からもらった寄せ書きと一緒に、オランダの自宅で大切に保管しています。

高校生への私なりの思い

 私の教員生活は工業高校から始まりました。そこで「就職指導」に関わったり、受験勉強とは異なる「本質的な授業の在り方」について考えることができました。工業高校の生徒達は企業の方の話を聞いたりインターンシップなどの経験を通して、徐々に社会とのつながりを感じるようになります。そして、自分の力を社会の中で発揮することの素晴らしさ、厳しさを目の当たりにするのです。

 そんな生徒達を見て、私は改めて「学校教育の役割」について深く考えさせられました。高校を卒業してすぐに就職しなくても、高校生の時期に社会との関わりについて考えさせることは、高校での学習へのモチベーションを維持する役割にもなります。高校生に社会参画の意識を持たせるため、「社会」を感じるきっかけを授業の中で提供していかなければならないと思っていました。「教科書で学ぶ内容が、現実からかけ離れている」と感じさせないように工夫することも、授業をする立場の私にとっては重要な取り組みでした。そして、高校授業の中で「実社会」を感じ、自分が社会に出た時にどう関わっていきたいのか、自分が持っている力はどんな力でどうやって発揮できるのかを常に考える機会を提供しようと思って授業に取り組んできました。

 私が勤めていた高等学校の生徒たちの日常生活は、単に大学など次の学校に入るために勉強し、毎日与えられる多くの課題を消化し、学校内での点数や成績など、目先のことばかりに目を向けさせられていたように思います。授業においても、特に社会科においては、教科書の中の知識を定着を確認して終わらせてしまうケースがかなり多かったのではないかと思います。

※ 「高校生の社会参画の意識」については以下の調査も役に立ちました。
 「令和元年版子供・若者白書」の特集で組まれていたデータです。

「社会をよりよくするため、私は社会における問題の解決に関与したい」に「そう思う」又は「どちらかといえばそう思う」と回答した者の割合は、諸外国の若者と比べて最も低かった。
(内閣府「特集 1 日本の若者意識の現状~国際比較からみえてくるもの~」より)

「学びの本質」を見極める

 私にとっての「学び」というのは、卒業後も活かせる力をつけることだと思っています。1つは、ある事実に対して自分はどのような解釈をするのか、それはどのような根拠で述べられるのかといった「深く思考する力」です。またもう1つは、自分たちでどのような問題があるのかを見つけ出して、互いに得意なところを活かし合い、協力して解決に迎える「協同する力」を付けていくことです。

 これは、国立教育政策研究所が提言した「21世紀型能力」(2013)を自分なりに噛み砕いて考えたものです。そしてこれらを「評価」する仕組みを、入試も含めて学校教育の中でどのように進めていくのかというのが、これからの教育改革の中の1つであると思います。

「海外移住」と「今の仕事」の狭間で、自分たちのこれからについて妻と話し合う

 海外移住を考え始めた頃、同じタイミングで新しい普通科高等学校への転勤が決まりました。大学進学を希望する生徒が非常に多い普通科高校で「これから社会で求められる力を身につけるための授業」がどこまでできるのかを私なりに確かめたいと思っていました。しかし、娘の当時の年齢が3歳で、オランダの学校は4歳からスタートします。そのため、そのタイミングに合わせて移住したいとも考えていました。

 ただ、公立学校の教員を辞めるという選択は簡単なことではありません。海外の教育や社会について学びたい気持ちもありましたが、自分が公教育の中でやってみたいと思っていたことをこのまま何もしないまま離れてしまうと、きっと後悔すると考えました。そこで私は、1つのわがままを妻に提案しました。

 私がかつて取り組みたいと思っていた「探究ベース」の学習を、せめてあともう1年だけ普通科の高校現場に残って、実践的に取り組ませてほしいと提案しました。公教育から離れたくないと思っている自分の気持ちの整理をするために、公教育に全てを注ぐ時間が欲しかったのです。

 しかし、母子だけの移住はかなり大変なので、最初は妻から反対されました。それも当然のことだと思います。これについて、2人で何度も話し合った結果、私自身が日本の教育を肌で感じるための1年として仕事にフルコミットする時間を持つことに同意してくれました。そしてこの1年は、学校教育と本気で向き合うことができ、私の人生にとって大きな経験となりました。日本の公教育と全力でぶつかることに賛成してくれた妻や、私の周りで協力してくれた家族や友人には心から感謝しています。この1年の経験は、オランダに来た今でも、新たに幅広い年齢の生徒達の日本語の授業を構成する上で大いに役立っています。

働き方についても考えさせられた1年

 私が勤めた普通科高校は、国公立大学や有名私立大学への進学希望者が非常に多いので、センター試験(今の大学入学共通テスト)や私立大学の対策、それに加えて私が志願して個別で請け負った面接指導や小論文の指導と大忙しです。さらに、学年業務(主に校外学習)、分掌業務(主に定期考査の成績処理、次年度の科目選択やクラス編成)、部活動(この年は副顧問だったので仕事量は少なかったです)、国際交流委員会(こちらは主で動いている先生のお手伝い)の仕事を担当しました。ものすごい業務量です。

 慢性的に多忙な学校教員の仕事量について、夫婦が共働きで子どもとの時間も大切にしつつ、学校で子どもたちと向き合える体制は、今の学校現場にはないということも改めて感じました。工業高校では、それはわがままでみんな我慢してきたことだと言われてきましたが、今海外に出てみるとそれが異常な考えであったと判断できます。

 私が公立高校で抱えていた業務は、勤務時間外も目一杯使ってやっと処理でき、授業準備もある程度満足のいくものができていました。しかし、7時間45分の勤務時間の中で終わるものではなく、平日の残業や休日出勤をして、部活動の付き添いをした後の時間などを利用してやっと仕事をこなせている感覚でした。この多忙の最も犠牲になっているのは、授業準備であり、その授業を受ける生徒たちです。

私がこの1年で取り組んだこと

①授業の研究
 概念をベースとした学び(1年生)と効果的な学習方法の実践(3年生)
→「探究」に入る前のイメージとして「概念」を中心に構成しました。1年生については、他の記事で既にまとめているため、3年生についての話を中心にまとめます。生徒からもらったメッセージをいくつか紹介させていただきます。

②少人数勉強会
 3年生で早期に進路が確定した生徒達との勉強会(読書・発表・討論)
→私の授業を受けていた数名の生徒から「卒業するまでの高校生活で、何か新しい勉強をやってみたい」と相談がありました。その生徒達と定期的に集まり勉強会を開きました。

③教職大学院生と現場教員の交流会企画
 教職大学院に通う大学院生を高校に招いて、高校の現場教員の授業を見てもらい、授業や学校教育について議論
→教職大学院の学生をインターンシップで受け入れたことがきっかけでしたが、教育を専門とし「現場をもっと見たい」と思っている学生と、「今の教育に関する研究はどうなっているのかを知りたい」現場の教員をつなぎたいという思いから、「交流会」を学生と共に企画しました。

 そんな中で私自身が取り組みたいと思って実践したことを「授業実践・勉強会・交流会」それぞれ取り組んだことに分けて、これから記録していきたいと思います。もしご興味がありましたらぜひご覧ください。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

<参考HP>

内閣府「日本の若者意識の現状~国際比較からみえてくるもの~」(2018、最終閲覧日2021/03/14)

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