海外で育つ子どもの言語環境と情緒〜メリットとリスクを学ぶ【Aflevering.218】
日本語(母語)がマイノリティである環境で、その力を維持し伸ばしていくために、保護者はどのようなサポートを子どもたちにしていったら良いのでしょうか?
私自身も保護者として、オランダで妻と子育てをしながら、オランダ語と日本語どちらも自信を持って身につけていってほしいと思っています。また、子ども日本語教室の講師として継承語教育のサポートに関わっています。
私が2020年から日本語教室で子どもたちの学習サポートに関わらせていただく中で、多くの保護者の方と子どもの日本語環境について話し合ってきました。その中でも特に多かった、「日本語と現地語(あるいは英語)とのバランスをどのようにしたら良いのか」という疑問について、これまでに私が過去に海外で子育てをされていた保護者の方から伺った話や、「マルチリンガル教育」に関する文献などから学んだことをまとめておきます。
海外で子育てをされている方で、子どもの言語のバランスに悩んでおられる方の何かしらのヒントになれば幸いです。
保護者に求められる姿勢とは?
子どもへの「強制」ではなく「促す」姿勢
海外移住をする時に、家庭言語と学習言語が異なる場合、どのような影響が子どもにあるのか、そして保護者としてどんなサポートをしなければならないのかを学ぶ必要があると感じていました。そのため、移住前から自分なりに情報を集め、これまで公教育に関わってきた経験も合わせ、自分なりの結論にいたることができました。
結論から申し上げますと、大切なのは保護者や子どもの言語に関わる大人の姿勢だということです。マルチリンガル教育に正解はありませんが、どんな方法でも良いというわけでもありません。子どもに適切な刺激を与え、日本語に対する興味・関心を持たせることから始まります。そして、適度な負荷をかけながら、子ども自身が成長や達成感を味わうことができる環境設定が重要なのです。
言葉で表現するのは簡単ですが、これを実現するのが本当に難しいです。それでも、私は日本にいる時から子どもたちの学習との向き合い方は重視すべきだと考え、なるべく子どもたちが自立して学ぶ環境を整えるようにしてきました。
勉強している事実ではなく、その時の子どもたちの気持ちを考えることを大切に
ひらがな、カタカナの読み書き、漢字、作文、音読など、日本語の力を付けるために必要なことはたくさんあります。日本語教室に相談に来てくださる保護者の方で、「家でやるとケンカになってしまいます」という話を聞きます。私も我が子の日本語学習の時間を取ろうとした時はうまくいかないこともたくさんあり、本人の気持ちが向かない時はやらないようにし、彼女が好きなマンガやアニメの中で自然と語彙や漢字を読む力を付けるようにしています。
ケンカになるというのは、むしろ子どもも自分の主張を保護者にすることができているので、健全なのではないかと思うこともあります。子どもにとって、保護者は甘えられる存在でもあるので、日本語を強制的にさせるというのはむしろ子どもにも保護者にも良くないと思っています。日本にいる時から感じていたことですが、保護者から強制されて物事をこなしてきた子たちは、大人しく課題に取り組むことはできても、自分で何かを決めたり、創造的な活動をするのは苦手なことが多いです。学ぶ内容や自由な時間で自分で決めてよいと言っても、「なんでもいい」「何がいいかわからない」と言うことが多かったのです。
公立高校で生徒たちをみている時は、進路を自分で決められない子もいました。3者懇談で、子どもが考えているのに保護者が先に答えてしまったり、「うちの子はまだ自分で決められないので」と言って子どもから選択する機会を奪っている保護者もいました。その経験から、幼い頃からいろいろ選択させ、自分で考えさせる機会は重要だということが分かりました。それは、私の今の日本語教室での子どもたちとの関わり方にも活かされています。
日本語については、保護者として何とかしないといけないという焦る気持ちもあるかもしれませんが、子どもは保護者の関わり方によっては心的な影響も表れます。いくらやっておかないといけないことでも、子どもにとってそれが苦痛なのであればその関わり方は見直すべきなのかもしれません。
まずは、「子どもの気持ちに常に寄り添う気持ちを保護者が持っているか」というところから思考をスタートさせてみてほしいと思います。複数言語の中で生活するのはとても大変なことで、「子どもたちが過酷な環境の中でいつもよく頑張っている」という気持ちをまずは持っていただきたいと思います。保護者自身が幼い頃に海外での生活経験がある方は、一定の子どもの状況に理解を示し、必要なサポートを考えることができるかもしれません。
まずは、子どもの言語環境について悩んでおられる場合、まずは今の子どもの心の状態について考えることから始めていただくのが良いと思います。
子どもの「心の状態」を理解するために
ここから、海外で日本語(継承語)を学ぶための環境設定のスタート地点として、保護者が子どもの心を寄り添う重要性について考えていきたいと思います。
子ども時代に複数の言語を獲得することは、大きなメリットもあります。私が参考にした著書(参考文献に記載しています)によると、「思考の柔軟性、異文化適応力、言語に対する理解、言語分析能力を強め、子どもを文化的にも知的にもより豊かにする」とあります。こういったメリットを子どもたちが享受するために、その逆である子ども時代に複数の言語を獲得する際に起こる「リスク」についても理解しておかなければなりません。その「リスク」について、次にまとめておきたいと思います。
「ダブル・リミテッド」
この言葉の意味は、「1つ以上の言語に触れて育つ言語形成期の年少者がどの言語も年齢相応のレベルに達していない状況」と示されています。2言語を身につけるバイリンガルとして考える場合、2つの言語の習得状況に合わせてそれを車輪の大きさに表して自転車のイラストで示されています。ダブルリミテッドの状況であれば、前輪も後輪も共に小さい車輪になるので不安定になるということです。
この記事を読んでいる多くの方は、おそらく「日本語であれば自由に言いたいことを表現できる」と自信を持って言うことができると思います。しかし、幼少期の子どもたちは母語とされる言語も習得過程にあり、日本語であっても自分の言いたいことが全て表現できるわけではありません。自信が持てる言語がないことで、家族や友達とコミュニケーションが円滑に進まず、自分の伝えたいことが伝えられないフラストレーションを感じたり、伝えることを諦めてしまうかもしれません。そして、最終的には自信を失い自己肯定感が下がってしまう恐れがあります。
自分が伝えたいことを表現し、相手とコミュニケーションが取れるというのは、単一言語の環境であれば、多くの子どもが当たり前のように習得することができます。しかし、言語環境の変化などでそれが著しく限定される場合は、子どもが表現する力を持つ機会がないままになってしまいます。その状態が続くと、子どもは自分のことを相手に伝えられないストレスから、情緒に影響してくることが考えられます。そのため、読み書きのステップに入る前に必要な段階として、自信を持てる言語があると子ども自身が感じているかどうかが重要なのです。
言語は全ての学びの根底にあるため、言語自体に自信が持つことができない場合、学校生活の中で友達との関わり、学習に対する意欲などにも本人の能力とは別のところで問題が起こってきます。
中島和子氏の著書には、深刻なダブルリミテッドの状態になっている子どもたちの事例が載せられていますが、複数の言語環境で育つ時に何に気をつけなければいけないかの参考にすることができます。むしろここで、保護者がリスクを過剰に恐れて悲観してしまうと、それも子どもにとって悪影響をもたらしてしまいます。「ダブル・リミテッド」というリスクがあるということを知っていただき、そこから自分自身の行動にどう活かすかが重要なのです。
複数の言語環境で育っている子どもの言語発達について悩みを持っておられる方は、ぜひ『テーマ 「ダブルリミテッド・一時的セミリンガル現 象を考える」について』のP4の<表1>を参考にしていただければと思います。
子どもたちの心の状態を考えてみる
私が子どもの日本語講師として授業をする時に考えていることは、「日本語」そのものがその子にとってどういうものなのかということです。家庭言語が日本語で、学習言語が違う言語のため、「学び」としての日本語を求めているのか、それとも、家庭では複数の言語が混ざっており、父親もしくは母親とのコミュニケーションでのみ日本語が使われているため、そもそもの日本語の「インプット」が必要なのかで、学び方は大きく変わってきます。
日本語での会話の土台が家庭で出来上がっている子は、コミュニケーションのやり取りを通して学びを広げていくことができます。むしろ、そこから日本語での世界を広げ、「日本語を使う私」に自信を持ってもらいたいと思っています。しかし、日本語でのコミュニケーションを取るのが不十分な子に対して、いきなり文字の読み書きなどを進めてしまうと、学びの土台ができていないまま高度な学びを求めてしまい、逆効果になります。日本語のインプットが不十分な子に対して必要なのは、日本語の環境に慣れ、日本語でのコミュニケーションができるようになるのが優先されるべきだと考えています。
そのため、まずはその子の自信が持てる言語があるかを考えていただき、その言語の力が伸ばされる環境を整える必要があります。環境を作り出すのは保護者の「家庭教育」から始まるのです。
保護者は常に「考える続ける姿勢」を
子どもの言語というのは、心の健全な発達に大きく関わっています。複数言語を獲得することのメリットを活かしつつ、子どもが毎日幸せを感じながら生きていくために、保護者の関わりが非常に重要です。たまに、私の日本語教室にも「教室に通っているのだから日本語ができるようになる」と安易に考えておられる保護者がいます。週に1度90分の授業でできることは、日本語の世界と関わろうとする「きっかけ」を提供することぐらいです。しかし、このきっかけを活かして日本語の世界に飛び込む気持ちを持ち、本を読んだり日本語でのコミュニケーションを通して日本語の世界が広がっていくと考えています。
それでは、家庭でできることは何でしょうか。それは、ドリルなどで日本語を無機質に消費させることではありません。親子の会話や絵本の世界を楽しんで、日本語を通じてその子の世界を広げてあげる努力をしてほしいのです。例えば、他の日本語を話すお友達とプレイデートをしたり、食事の時に会話をしたり、絵本を一緒に読むなど、日本語を通して子どもとの時間を楽しむことが重要なのです。
現在の言語習得に関する研究では、言い間違いや、他の言語が混ざってしまうことは容認されるべきだと考えられています。さりげなく直すことはしてあげても、間違えたことにいちいち腹を立てたり子どもの言い間違いをバカにするのは避けるべきです。子どもの表現を否定することは、自分を否定されているという気持ちにつながります。そうすると、子どもたちは話すことが怖くなったり、話そうという気持ちがなくなってしまうのです。
「モノリンガルと比べてはいけない」と参考資料にも掲載されている通り、「苦手な日本語でも頑張って表現できた!」という、子どもの言語面ではなく、心の側面を見てあげてほしいです。
現状として、仮に子どもに表現する自信がなくて「うちはダブルリミテッドかもしれないからもう無理だ」と考える必要はありません。自信のある言語がまだ子どもの中ではっきりさせられていないのであれば、まずはそれについて保護者がどの言語をメインにしてあげるかを考えるべきです。環境を整備することで、その影響を受けた子どもたちは少しずつ変化していきます。何よりも大切なのは、子どもが保護者の方からたくさんの愛情を感じていることです。これはマルチリンガル教育に関係なく、子どもが幸せを感じて大人になれるかどうかです。
結論〜大切なのは子を思い、子を「信じる」こと〜
OUKAの資料を読んで最も感銘を受けた箇所を紹介させていただきます。
私が日本の公立高校で働いている時に読んだ書籍から学んだこととして、生徒の点数や成績を上げることを目標にするのではなく、生徒の学習に向かう姿勢や学習意欲を高めること、自己肯定感を高めるという、生徒の内面にアプローチすることが大切だと思って、日々授業や生徒対応をしていました。その当時は、それが正しいだと自信を持つこともらできず、時にはより厳しい指導を求められ、自分の中での指導観ができていませんでした。
しかし、近年「非認知能力」や「脳」、「幸福」などに関して情報を集める中で、子どもたちの内面に寄り添いアプローチすることは、どの教育現場にも共通する大切なことだということが分かりました。
そして、子どもたちが「自分ならできる」という自信を持ち、問題があった時に解決しようとする姿勢を身につけることが大切だということです。
「目に見える子どもの結果(テストの点数が悪い、日本語がうまく話せない、授業態度が悪い、など)」だけを見るのではなく、その「プロセス(学習に気持ちが向いていないのはなぜ?、日本語に苦手意識があるのはなぜ?、授業を聞きたがらないあるいは話をじっと聞いていられないのはなぜ?)」の視点が不足しておられると感じた方は、そういった視点を持って子どもたちを見てあげてほしいと思います。
私自身、親としてもそれができていない時があり、そういう時は自省し落ち着いて考えるよう心がけています。
私もまだまだ分からないことばかりで、学び続けている立場ですが、この記事が複数言語の環境下で子育てをされている保護者や教育関係の方のお役に立てれば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
<参考文献>
・中島和子『完全改訂版 バイリンガル教育の方法ー12歳までに親と教師ができること』(アルク選書シリーズ、2016)
・中島和子『テーマ 「ダブルリミテッド・一時的セミリンガル現 象を考える」について』(Osaka University Knowledge Archive、2007)
・多言語環境で育つ子どもの母語保持の重要性に関する一考察 : 就学接続期の支援を中心に(教育学論究、2020)