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世界史Vol.8「古代オリエント世界」⑤東地中海の展開

 ここまで、古代オリエント地方の現イラク・エジプトにあるメソポタミアとエジプト地域の歴史について見てきました。そしてここからは、それらの間に位置する地中海の東岸にあたる現シリア・パレスチナの地域の歴史を見ていきます。これまで見てきたメソポタミアやエジプトでは大きな川と平野があったため、農業が盛んに行われてきました。しかし、今回の東地中海の地域ではそういった環境は整っておらず、大きな国家の間の通り道や地中海を利用した交易が発展していきました。

 東地中海には前1500年頃からカナーン人がおり、彼らの文字はやがてフェニキア人に伝えられます。そして、この地はヒッタイトやエジプトの侵攻を度々受けていました。しかし、紀元前12世紀頃に「海の民」が侵入してきたことで、ヒッタイトは滅亡しエジプト新王国も衰退していきます。「海の民」はオリエントにとどまらず、去っていった後は貿易が盛んになっていきました。
 東地中海で活躍した商業民族の特徴は、その言語が広範囲で使われることです。現に、東地中海のアラム人フェニキア人の文字はさまざまな言語のルーツになっています。内陸貿易をしていたアラム人の文字はアラビア文字、海上交易をしていたフェニキア人の文字はアルファベットになっていきました。

導入の問い:商業民族の文字はなぜ広がりやすいのか

 今回はメソポタミア地方とエジプトの間の東地中海を見ていきます。ここは、広大な農業用の土地がないのですが、高度な文明で栄えている両国に挟まれていることから、交易を中心に発展していきます。交易を行う民族が使う文字は、結果的に現在の文字に大きな影響を与えました。そこで、メソポタミアの楔形文字やエジプトの神聖文字(ヒエログリフ)などとどのような違いがあるのかを考えてみるのも良いかもしれません。
 それは、商人の活動範囲が広いことと、商業においては取引の中で書きやすい文字であることが重要になります。高貴な人だけが身につける教養のような複雑な文字体系では、商売がスムーズに進まず相手に文字を理解してもらえない可能性もあります。

まとめのノート

アラム人(セム語系)
ダマスクスを中心に内陸貿易
 アラム語は国際商業語となり、内陸アジア諸民族の文字になる

フェニキア人(セム語系)
シドン・ティルスを中心に地中海貿易
フェニキア文字はヨーロッパで広がりギリシア文字・アルファベットの起源

ヘブライ人(セム語系)
モーセの導きでエジプトを脱出(出エジプト)
ダヴィデ王ソロモン王の治世に繁栄
 ソロモン王死後、王国が分裂
 北:イスラエル王国アッシリアによって滅亡
 南:ユダ王国新バビロニアによって滅亡
バビロンへ連行(バビロン捕囚)、新バビロニア滅亡後はイェルサレムへ戻る

内陸交易のアラム人

 内陸交易で発展したのは、セム語系のアラム人です。彼らは、紀元前13世紀に現シリアのダマスクスでラクダを使った陸上交易をしていました。
 そのため、アラム語は多くの地域に広がり、国際商業用語としてオリエント地方の共通言語になっていきます。商業民族の文字は、一般的に書きやすいものが多いため、他の民族が学ぶ子ども比較的容易であったことも広がった要因として考えられます。アラム語は、主にインド・中央アジアに広がり、後のヘブライ文字やアラビア文字の他、ソグド文字、ウイグル文字、突厥文字になっていきます。ちなみに、キリスト教の祖であるイエスもアラム語を使用していたそうです。

海上交易のフェニキア人

 地中海の海上交易で発展したのは、同じくセム語系のフェニキア人です。彼らはシドン・ティルスを中心にレバノン杉などを運び、地中海貿易で栄えていきます。また、彼らのフェニキア文字も貿易で使用する文字のため書きやすく、ギリシアからヨーロッパへアルファベットとして広がっていきました。ちなみに、フェニキア文字の1文字目が「アレフ」、2文字目が「ベートゥ」となっており、これがギリシア文字で「アルファ」「ベータ」となり、アルファベットと呼ばれるようになっていくのです。

 フェニキア人の中でも、アフリカ北岸(現チュニジア)にあるティルスの植民都市カルタゴは西地中海の貿易を独占していました。そのため、ギリシアの植民市と度々対立しています。また、紀元前3世紀にローマと地中海の覇権を争ってポエニ戦争で戦ったのもカルタゴです。

何度も苦難が訪れたヘブライ人

 アラム人やフェニキア人のような商業民族とは少し異なりますが、同じくセム語系のヘブライ人は、紀元前1500年頃に遊牧生活からパレスチナへ定住するようになります。その他に、エジプトに移動したヘブライ人もいて、彼らはファラオから迫害を受けていました。

 エジプトで迫害を受けていたヘブライ人を救ったのはモーセです。彼は前13世紀にエジプトから脱出することに成功しました。この話を「出エジプト」として『旧約聖書』に残されています。

『旧約聖書』に書かれている「出エジプト」

 ファラオから「ヘブライ人の男子を殺せ」という命令が出たため、モーセの母はモーセをナイル川に流しました。その後、ファラオの娘に拾われて王子として育てられます。しかし、自分がヘブライ人だと知ったモーセはエジプト人を殺害してしまい、エジプトから逃亡しました。逃亡の最中シナイ山にいる時に、ヤハウェという神がヘブライ人をエジプトから救い出すように命じます。
 ヘブライ人の逃亡に対して、ファラオは軍を出して後を追います。海を目前に逃げ場を失ったモーセが杖をかざすと、海が2つに分かれてヘブライ人は無事エジプトから脱出することができ、追いかけてきたエジプト軍は溺れ死んだそうです。
 その後、シナイ半島の山を登りヤハウェから十戒というユダヤ教の戒律を受け取ります。そこには他の神を信じてはいけないという一神教の教えを含めた10個の戒律を守るようになります。

ヘブライ王国の誕生

 出エジプト後の前10世紀には、現在のイスラエルの場所にヘブライ王国を建国します。神殿を建設したダヴィデ王(前1000〜前960年頃在位)や、ソロモン王(前960〜前922年頃在位)が統治していた頃は中継ぎ貿易で繁栄していました。しかし、ソロモン王が亡くなってからヘブライ王国は南北に分裂します。この両方の王も『旧約聖書』が元になっています。

 北はイスラエル王国、南はユダ王国に分裂したヘブライ王国ですが、イスラエル王国は前722年にオリエントを統一したアッシリアに滅ぼされてしまいます。そして、ユダ王国は前586年にメソポタミア南部で栄えた新バビロニア王国に征服されてしまいます。この時、国王ネブカドネザル2世がヘブライ人たちを都のバビロンに強制移住させます。これをバビロン捕囚といいます。
 こういった苦難の中で、ヘブライ人たちはヤハウェ神への信仰と戒律の重要性が高まっていきました。

ユダヤ教の成立

 新バビロニア王国は、前538年にアケメネス朝ペルシアによって滅ぼされ、ヘブライ人たちは解放されました。再びイェルサレムに神殿を建て、ユダ王国の名にちなんで、ヘブライ人たちはユダヤ教を信仰するユダヤ人と呼ばれるようになっていきます。そして、再び2世紀には世界各地に離散し、20世紀のイスラエル建国まで国家は成立しませんが、ユダヤ教はその後も維持され続けます。ユダヤ教の特徴については、次回の記事でまとめていきます。

まとめの問い

アラム人のフェニキア人の功績

 これは2000年に横浜大学で出題されたものを改定した問題です。「アラム人とフェニキア人の対外活動の特徴と文化史上の功績」について、4つの語句を用いて説明する問題です。
【「海の民」 アラム人 フェニキア人 エジプト】

(解答例)
「海の民」がヒッタイトを滅ぼし、エジプト新王国を衰退させた後、その両地域東地中海で交易を行っていたアラム人フェニキア人の活動が活発になった。アラム人は内陸貿易を行い、国際商業語としてヘブライ文字やアラビア文字の元になっていきます。そして、フェニキア人は地中海の海上貿易で栄え、彼らが使ったフェニキア文字は、ギリシアに伝わりギリシア文字からのちにアルファベットの起源となっている。

海の民と古代オリエント世界への影響(150字)

 これは語学春秋社に掲載されている論述問題です。私も参考書と解説動画で学ばせてもらっています。問題は「BC13世紀の末からBC12世紀にかけて、民族系統不明の混成民族が地中海東岸に来襲した。この民族の軍事的な行動は、この地域のみならず古代オリエント世界の広範な地域に大きな影響を及ぼした。そこで、この混成民族の活動と、それが古代オリエント世界にもたらした影響」を以下の語句を用いて150字以内にまとめる問題です。なお、模範解答はHPにも記載されています。
【製鉄技術 ダマスクス フェニキア人】

(解答例)
海の民はヒッタイトを滅ぼし、エジプト新王国を衰退させた。ヒッタイトが独占していた製鉄技術が、海の民の侵入とともにオリエント地域に広がっていった。そして両大国の滅亡・衰退により、ダマスクスを拠点としたアラム人の内陸貿易とシドン・ティルスなどの都市国家が発展していたフェニキア人の海上貿易が活発化する。(149字)

ユダヤ教成立までのヘブライ王国の歴史(120字)

 これは2004年の東京大学から出題された問題です。「ヘブライ人が前10世紀のソロモンの時代に栄華をきわめた後、数百年の間に独自のユダヤ教を築き上げた。ユダヤ教の成立過程について,ヘブライ人の王国の盛衰との関わりを考慮しながら説明しなさい」とあります。この問題を使って、ユダヤ教が成立するまでの内容についてまとめてみたいと思います。

(解答例)
ソロモン王の死後は王国が分裂し、北のイスラエル王国はアッシリアによって滅ぼされ、南のユダ王国も新バビロニアによって滅ぼされバビロンに連行されるバビロン捕囚が行われた。このような苦難の中で、ヘブライ人は唯一神ヤハウェへの信仰心を強め、アケメネス朝ペルシアによって解放された後に信仰や律法を整備して一神教としてのユダヤ教を確立させた。

<学び直しに使った教材>

https://hon.gakken.jp/book/1130338000%0A%0A%0A%0Ahttps://hon.gakken.jp/book/1130337900%0A%0Ahttps://www.sbcr.jp/product/4797397123/%0A%0Ahttps://youtube.com/@aoki.world.history?si=U5b0Qj08xaoY-Kzb%0A%0Ahttps://youtube.com/playlist?list=PL_1V1zRoYvY6ifMHxlmcieXPmpLzU_Pxb&si=9hxmkeyFOqEa-OWH

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