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私が高校卒業後にイギリス学部留学してエジプト学の学位を取得してきた話 #6

*画像はギザの大ピラミッドに面してるケンタッキー&ピザハットです。
(この時のレシートがどっか行ってしまってショック。。。)

前回の続きですが、学部1年目の後期が始まると、授業前の教室に大学院生が現れて「大学院生と学部生でエジプト旅行を企画してるので、参加したい人はいますか? チラシを配るので連絡してね!」と宣伝してきたので、即答、即挙手しました。

チラシを読んでみるとエジプト旅行は毎年恒例らしく、夏休みが始まる6月になったらすぐ出発するとのこと。リヴァプール大学の夏休みは6月から9月までほとんど4ヶ月間あって、適当に観光してから一時帰国するつもりだったけども、エジプト行ける方がもっと楽しいので迷いはありませんでした。

カイロからアスワンまで10日間でナイル川沿いに南下していく弾丸ツアー!費用は忘れたけどポンドも高かったから日本円で20万円くらいだったと思う。イギリスからだとエジプトは格段に近くて、それほど時間がかからないのが、今となっては羨ましい。。。

エジプトのイメージって砂漠かもしれないけども、建造物がある場所は土台がしっかりした土地です。ギザのピラミッド群も硬い岩盤の上に建造されています。だからゴツゴツしているし、問題なく歩けるんです。

遺跡を巡る移動は観光バスに乗って行きました。参加者が大学院生を含めて20名くらいだったので、観光バスは2席ずつくらい使えて広々としてたなぁ。外気は灼熱だけど、バスの中は極寒という感じで、体調を崩す人もいたりしました。

あの有名なスフィンクス、デカすぎて、迫力ありすぎて、「すごい」しか感想が出なかった。改めて写真を見ると、何千年も前に作られたものが今も残っていることに感動するね。

そういえば、幕末の志士がフランスへ向かう途中でエジプトに寄っていたという話を知っていますか?いわゆる遣欧使節団なんですが、エジプトのスエズ運河が開通する数年前だったので、スエズからカイロは陸路だったので観光してたみたいです。

こちらが当時の写真です。まだ砂が取り除かれておらず、私の撮影したスフィンクスとは違って地表から頭までが低く見えますね。ちなみにスフィンクスは大ピラミッドの真ん前にいる構図になっています(上の写真で写ってるピラミッドは隣の小さなもの)。


この後は少し移動してサッカラという町にある、もう少し古い時代に作られた古王国時代のジョセル王の階段ピラミッド(Step Pyramid)(上の写真)や、角度が少し鈍角で低めな古王国時代のスネフェル王の赤ピラミッド(Red Pyramid)(下の写真)にも行きました。

他にもオープンエアーな博物館に寄ったりもしました。ここに展示されていたのは新王国時代のものがほとんどだったと思います。紀元前16世紀から紀元前11世紀頃なので最近できたものです。

上の写真には私が一番好きなトト神(Thoth)が左に彫られてます。トト神は月の神でもあり知恵の神でもあり、他にもいくつか役割を持っていて、エジプト神話における主要な神々の1柱です。鳥のトキの頭をした姿で描かれる他、ヒヒの姿でも描かれることがあります。ヘリオポリス(Heliopolis)という地域の神話では世界の始まりに自ら生まれたという解釈がされている不思議さもあります。

ギザのピラミッドがある周辺は草も生えない荒涼とした土地ですが、KFCがすぐ近くにあることから分かるように、生活圏がすぐそこにあるんです。下の写真のような街が広がっていました。

アスワンに向かう途中にあるルクソールまで夜行列車でした!写真はエル・ギザ駅。寝台列車で出発から1時間くらいして質素な夕食が出ました。朝は下の写真のように食パン、胡麻パン、クロワッサン、カステラのようなパン、チーズ、バター、紅茶という感じでした。さすがにパン多すぎ!

一夜明けてルクソールに到着しました。ルクソールも市街地のすぐ隣に古代の神殿があったりして、街の風景の一部になっています。

古代エジプトの碑文は神殿の壁一面に彫られているのが分かりやすいと思うんですが、石に彫り込むのもあれば、浮き出るように彫ることもあって様々です。考古学あまり好きじゃなかったのが災いしているんですが、専門用語が思い出せない。。。

授業で学んでいたので神殿の大きさは数字では把握していました。でも実際に訪れてみるとスケール感に圧倒されます。例えば石柱もこの大きさで何十本も作られているんですよ。ここはカルナック神殿という遺跡の中のアメン大神殿です。100以上の巨大な柱が並んでいるので、実際に見るとスケール感が狂います。

雨風にさらされているところは劣化してしまっていますが、上の写真のように当時の色彩が残っている箇所が結構ありました。まぁ使われている顔料も数千年経過して色が変化しているとは思います。

まだ出来たばかりの頃は色彩豊かな神殿だったのだろうと思います。このあたりがギリシャやローマの神殿とはかなり違いますね。

セティ2世というファラオの時代のオベリスクもここにあります。角が欠けていますがさすがに丈夫なようです。

少し長くなってきたので、次回もエジプト旅行の続きを書いていこうと思います。


【告知】イギリス留学するまでに、それから留学中にも取り組んでいた、英語学習法を有料ノートで公開しています。一部は見れるようにしていますので是非ご覧ください。


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吉野宏志
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