サイバーSF×なにわ人情喜劇の“新世界”へ! ヨーロッパ企画『来てけつかるべき新世界』プレビュー公演レポート。
「第61回岸田國士戯曲賞」選考委員の野田秀樹に「こんな作品こそ、翻訳されて海外に紹介され、『日本』や『日本人』というものの不可思議さを『現世界』に知らしめるべき」(選評より)と言わせしめた、ヨーロッパ企画の『来てけつかるべき新世界』。まずは自分たちにしかできない笑いを追求し、そこにおのずと現代社会のムードや批評が付随してくるという、作・演出の上田誠のスタイルが文学的にも評価された、記念すべき一本となった。『サマータイムマシン・ブルース』と並ぶ、上田ならびに劇団の代表作と言えるこの作品が、8年ぶりに再演されることに。その前哨戦となるプレビュー公演が、8月31日に「栗東芸術文化会館さきら」で上演された。
舞台となるのは、新世界のシンボル・通天閣を臨みつつも、どこかうら寂しいエリアの一角にある串カツ屋「きて屋」。思わず聞き入ってしまう開演前の諸注意に続けて、本作のテーマソングであるマイナー調の演歌『どろろんろんの通天閣』(音楽/キセル)が流れてくる。5番まであるこの歌が、実は全5話からなるこの物語の、それぞれの話を要約したものとなっているので、実際に観る時はぜひ注意して聴いてほしい。
明転すると「きて屋」の前では、歌姫(町田マリー)が路上ライブを終え、その場にいた人々にCDではなく、曲をダウンロードできるQRコードを配っている真っ最中。さらに「きて屋」の看板娘・マナツ(藤谷理子)がナレーターとなって、一見今のリアルな新世界と変わらないように見えるこの地にも、ドローンやロボットなどの「新世界=ニューテクノロジーの時代」の波が、否応なく押し寄せている……ということを各話の冒頭で解説してから、それぞれのエピソードが披露されていく。
権威ある戯曲賞を受賞した作品なんて言ったら「それって、難しい話ちゃうの?」と思われるかもしれないが、基本的には『じゃりン子チエ』などの、大阪の下町を舞台にした喜劇を彷彿とさせる、ちょっとこってり目の……それこそソースをドボンと付けた串カツのような笑いが詰め込まれた世界だ。トラック運転手のおっさん(諏訪雅)が「きて屋」の食べログの評価を落とすとか、パチンコ好きのおっさん(土佐和成)がドローンとぶつかって一悶着起こすとか、棋士のおっさん(石田剛太)が思わぬAI機器と勝負するとか。良くも悪くもなかなか自分を曲げられないおっさんたちと、最新テクノロジーが対峙するからこそ生まれる、あるあるなのに新しい笑いに、客席は大いに盛り上がる。
このテクノロジーの侵攻を推進するキーパーソンが、「テクノ」と呼ばれる某企業のCEO(酒井善史)だ。とある理由でマナツにアプローチをかけていくと同時に、最新テクノロジーのデモンストレーション的なことも行い、マナツとおっさんたちを少しずつ洗脳。一方、ちょくちょく現れるラーメン屋(中川晴樹)も、最新技術を使いこなせているんだか、いないんだかな行動で、周囲からヤンヤとツッコまれていくのがおかしい。それとは逆に、テクノロジーから完全に置いていかれた阪神ファンの日雇い労働者(永野宗典)は、無知の強みを活かして牙を向くような事件を起こしたりして、そこにいる人々をええ感じに翻弄していく。
今回はキャストの一部が初演とは入れ替わっているが、特に存在感が大きく変わったのが、店の2階に引きこもってるマナツのお父ちゃん(板尾創路)だ。初演では、物語のラストに向けた隠し玉という印象が強かったのだが、今回は要所要所で2階の窓から鋭いツッコミを入れていく。その的確さは、さすがベースがお笑いの人だからこそ。初演でこの役を担当したのは、劇団員の角田貴志だったが、今回は福田転球が演じていたコインランドリー店主役に。荒ぶってるけどおかしみもあるという初演のキャラを踏襲し、第2話の中心人物として、ロボットと思わぬ感動話を作り上げるという役割を、見事に果たしていた。
他のゲストの岡田義徳&町田マリーは、初演ではそれぞれ本多力と西村直子が演じた役に。第4話で活躍する理容店店主を演じた岡田は、下手すると好感度爆下がりな役を、「こいつなら、まあしゃあないか」という憎めないオーラ満載で演じきる。歌姫役の町田は、役名の割に歌うシーンはほぼないのだが(笑)、時に騒動のとば口となり、時に司会となって場を盛り上げるなど、新世界を明るく華やかに彩っていく。もう一人のゲスト・金丸慎太郎は、マナツの幼馴染の芸人役で初演から続投。冴え渡るツッコミで、この奇妙な状況を斬りまくっていくとともに、マナツとの関係性によってドラマに良きアクセントを加えていく。
そして何よりもこの世界の大黒柱となっているのが、初演の時に現役大学生ながらも主役に大抜擢され、今回は座長という大役をおおせつかった藤谷理子だ。今回も強烈なキャラクターたちを、はずむような関西弁でことごとくいなしていく様が、実に痛快。そしてテクノロジーの波に飲み込まれていくかと思えば、実は「新世界」というアナログが似合う町に、一番地に足を付けているというキャラクターを、今回もしっかりと体現していた。
これらの人々が織りなすエピソードが、ものすごい勢いで絡み合ったり、あるいは忘れた頃に思わぬ伏線として浮上したりして、話を重ねるに連れて劇世界はどんどん豊かになっていく。しかしそれと比例するように、テクノロジーと人間の関係も「ちょっとこれ、アウトやないか?」と心配になってくるような事例が現れはじめ、その緊張関係が頂点に達したとき、新世界にとんでもない危機が訪れる……。
上田らしいSF的な世界観&パズルのピースが次々にハマって行く快感に満ちた作劇術と、おおらかで人懐こく、ちょっとしたことでも笑いを乗せていく大阪人情喜劇の世界が掛け算となり、ほかでは観たことがないようなサイバーSF人情コメディとなった『来てけつかるべき新世界』。最近のヨーロッパ企画は、舞台となった国を観光したような気になるぐらい、その地域の特色を全面に出したコメディに挑み続けているが、これも関西以外の地方の人からしたら、まさに新世界の一番濃い部分を覗き見たような気分となって帰ることになるだろう。そして自分とテクノロジーとの距離感を、ふと考え直す機会にもなるかもしれない。
『来てけつかるべき新世界』は9/5~8に京都、9/13に魚津、9/16に新潟、9/19~10/6に東京、10/12・13に大阪、10/16に名古屋、10/19に横浜、10/25・26に福岡、10/29・30に広島、11/2に高知、11/4に金沢、11/9に札幌で上演。
公演公式サイト:https://www.europe-kikaku.com/e43
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?