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【楽曲解説】Suite for Xylophone Trio No.1

このたび上梓した作品は、しばらく眠っていた作曲欲の復活の兆しです。
青年期から時に応じて湧き上がる作曲欲は、概ね誰かのために起こるものでした。

例えば、青年期の作品のほとんどは、打楽器初心者に応じた課題曲であったり、吹奏楽コンクールでの演奏曲のための練習曲でした。それらは表現欲というよりも、打楽器の奏法の技術や、吹奏楽曲のアナリーゼの一貫としての作品でした。

それは今日までも変わらないようで、その後の歌曲や吹奏楽曲、アンサンブル曲の根本にもそれがありました。

したがって、演奏家として没交渉になっていった20〜30代に、作曲の機会に乏しくなっていったのも当然といえます。

表現欲は青年期には楽曲の演奏によって、30代からは即興演奏によって満たされていたように思います。

ところが最近、比較的古典というか、やや渋めの選曲をした打楽器の演奏会がありまして、久しぶりに作曲欲が湧いてきたのであります。

中高生に人気の作品は、わりあい歌謡曲的というか、メロディーと和音がはっきりしていているものが多いと思うんですね。吹奏楽曲なんかもそうかもしれませんが、歌謡曲の文脈でも十分に楽しめるような曲は、確かに中高生の聴取体験を考えれば、演奏していて楽しいものも多いのでしょう。

一方で、打楽器の魅力は必ずしもそのようなものだけではありません。特に、リズムや音色、デュナーミクの妙のおもしろさもまた、多くの中高生に楽しんでもらいたいことでした。

また、打楽器アンサンブルの楽器は大型なものが多いのに加えて、楽器数も多いのが特徴です。

大型な楽器は音域が広く、音量も大きく出せますので、非常にコンテスト向きです。音域が広いことでメロディも自在ですし、オクターブ以上の和音で重ねることができます。音量が大きいことは、単純にコンテストでは有利に働きます。大きなホールで演奏されることが多いので、そもそも小さな音の楽しみは評価しづらいからです。

また、楽器数が多くなる傾向もあります。例えば、太鼓として用いるものだけで4つ以上、シンバルだけで2つ以上用いるものは少なくありません。それに加えて、要所だけで用いるようなウインドチャイムやドラなどが加わります。

ところが、そのような大型楽器や複数の楽器がないために、演奏できない楽曲が多いのも現状でしょう。ひと昔前の打楽器アンサンブルの曲、現代音楽の文脈で作られた曲や、プロのソリストの為に作られた曲は必ずしもそうではなかったように思います。大型楽器にしてもマリンバ一台とか、オーケストラ楽器で十分だとか、ティンパニも2台で大丈夫だとか、太鼓の数も2つでできるとか、特殊な楽器は用いず奏法でバリエーションを持たせたりとか。

かつてはそのような曲も中高生に演奏されたのですが、もっとキャッチーな楽曲が多くある現在では、選ばれにくくなっているように思います。古典的な曲では、楽曲自体を音楽として成立させるためにはアナリーゼと技術が必要になることも大きいでしょう。歌謡曲的な楽曲であれば、メロディーとその他さえ分かれば、概ね成立しているように聞こえてしまうことが多いでしょうから。

そうなってくると、けっこう打楽器で楽しめる音楽はたくさんあるのですが、実際に演奏されるものは、歌謡曲的な聞き方のできるものか、特殊な楽器や奏法でわかるようなわからないような演奏で審査員をけむに巻くようなものかになってしまうように思います。

コンテストが全てではないのですが、中高生が触れるにはどうしてもその影響が大きいのだと思います。確かに、それ以外の機会で打楽器アンサンブルを演奏する機会は想定しにくいでしょう。

もしかしたら、多くの打楽器アンサンブルの魅力的な曲たちが演奏されるのは、音楽大学だけになってしまっているのかもしれません。特殊な楽器も含めた複数の打楽器を備え、それを練習できる場所と時間を持ち、共に演奏できるプレイヤーがいる状況と言えば、ほとんど学校しかないのだと思います。その上で、楽曲のアナリーゼや、様々な打楽器の音楽を楽しむ価値観を教えてもらえる場といえば、音楽大学くらいなのではないでしょうか。

様々な打楽器の演奏会に行くと、中高生が触れているものとのギャップを感じざるをえません。もちろん、そのような演奏会に中高生が触発されることも大いにあるのですが、その楽曲を中高生が学校で演奏できるかというと、設備としても環境としても難しいことが多いと思うのです。そのような演奏に憧れた中高生がその楽曲に取り組むためには、音楽大学に行くしかないと言ってもいいと思います。

以上のような経緯から、結果的には中高生が演奏する歌謡曲的な聞き方のできる打楽器アンサンブルと、音大生やその卒業生が演奏する多様な打楽器アンサンブルとがあって、そこに大きな断絶があるような気がしています。

これは、単に親しんでいる楽曲というだけではなくて、打楽器による音楽に対する価値観にも大きな影響を与えます。「打楽器アンサンブルとはこのようなもの」というものが、両者において隔たりがあることは、少し問題であるように感じています。

中高生にとっては、「打楽器アンサンブル」というものがとても限られたものであるように受け取られてしまいます。そしてその一部の、音大生や音大を目指したいと思うような、多様な打楽器アンサンブルに触れたことのある人々と、多くの打楽器演奏者との間には、隔たりができてしまうことも多いと思うのです。

こうしたとき、打楽器の限られた魅力にとどまってしまうことは寂しく思いますし、また、多様な魅力に触れた人の価値観が共感されないということもまた、大きな問題でしょう。「通にしかわからない」「マニアックな魅力」という状況を楽しめる人もいるでしょうが、いずれにせよそれは孤独な状態です。孤独であることは、ソリストなら百歩譲っても、アンサンブルを演奏する上では向き合わなければ問題になります。アンサンブル曲を一人で演奏することはできませんから。

長い前置きになりましたが、そんなことを考えながら作ったのが、この楽曲だということです。

この楽曲で意識したことがいくつかあります。

まず、三人で演奏できること。5人や6人、ましてや8人以上の打楽器演奏者を集めることは難しいでしょう。特にただでさえ少子化の進む昨今、学校の吹奏楽部で打楽器を演奏する人を集めるのは簡単なことではありません。小編成向けの吹奏楽曲を演奏することさえ難しい学校がいくつもあるのですから。中高生でも演奏できるようなものにしたいという思いから、まずはこの点を意識しました。そのため、三重奏に限定することにしました。

次に、シロフォンとスネアドラム、それともう一つ何かの楽器という編成にすること。シロフォンは吹奏楽でもよく使われますし、いざとなれば卓上木琴でも代用可能です。これは、卓上木琴奏者としての自分の思い入れももちろんあるのですが、何より手に入れやすいものとして想定しました。案外マリンバ一台入っただけで、選曲から外さざるをえない環境の学校も多いものです。そして、同じような理由から、スネアドラムも必須としました。シロフォンとスネアドラム、そして小物やラテン楽器といった三つの要素は、吹奏楽の上でも基本的なものだと思います。楽器を準備する上でも、吹奏楽曲を演奏する上でも、有益ではないかと思ったのです。

そして、一分以内の演奏時間であること。これは、この楽曲を演奏する場として、打楽器のレッスン、コンテストの演奏、演奏会の楽器紹介、を想定したからです。

打楽器のレッスンをする機会があるときに、手ごろな練習曲があるといいなと思うときがあります。しかし、あまり長い曲だと、一曲全てを網羅することが難しくなることや、ポイントが多すぎてレッスンの密度が薄まってしまうことがあります。一分程度で演奏できるくらいの曲であれば、その分丁寧にアナリーゼしたり、演習の回数を重ねることができるはずです。結局は基本的な技術にたどり着くことも多いでしょうから、そのための時間を確保することにもつながります。

また、各種コンテストにおいては、制限時間が決められていることが多いです。その際に、長い楽曲だと、どこかをカットしたり、少しテンポを速めたりして調整することがあります。そのようなことに頭を痛めないためにも、各楽章を短くしました。また、各楽章の中で都合のよいものを選べるということにも魅力があります。組み合わせを自由に変えて、自分たちにとって最良のパターンで演奏できるからです。楽曲による時間の長さに違いがほとんどないので、課題曲のようにして扱うこともできると思います。

他にも、演奏会の楽器紹介に使えることも意識しました。吹奏楽やオーケストラによる演奏会の合間に、楽器紹介をすることがあります。そのときに、その場にある楽器だけで、ちょこっと演奏できる曲があるのは便利なことです。個人的には、楽器紹介にティンパニーは不可欠だとは思うのですが、そこのところには目をつぶっています。

楽曲で意識したことに戻りますが、上記のポイントを考えると、組曲にする必然性はそこまでないんですね。それでも組曲にしたのは、題名をつけるのが面倒だからということにつきます。私は絵を描いたりもしているのですが、まずもって題名をつけるのが面倒に感じます。題名は時に文脈であり、余計な情報です。題名によって、楽曲の解釈が変わってしまうことは大いにあるので、無造作につけるわけにもいきません。かといって、何か具体的なイメージがあって創作することはまずありませんから、題名をつけるのはとても面倒に感じるのです。かといって、楽曲ナンバーをつけ続けるのも自分で管理するのに不便だな、ということで、組曲にまとめることにしたのです。

私はバッハの無伴奏チェロ組曲が大好きなので、6曲でひとまとまりにすることにしました。そこまで固定はしませんが、ある程度はその6曲の中で違った雰囲気にはしてみました。もちろん、サラマンドやブーレといった形式については意識しておりません。

当初からかの有名な「小太鼓100曲集」くらいの規模感で作りたいという思いはあったので、6曲ひとまとまりの組曲を、細く長く作っていけたらと思います。

各楽曲についてはそれぞれ述べることにしますが、全体に私がかっこいい、叩きたい、と思うものになっているので、結果的に技術的にやや奏法に難しいものが混ざっているような気もします。中高生に親しんでもらいたいというわりには、少々自分勝手だった気もしますので、今後の改善点といたします。

改めて6曲を振り返ると、学生のときに作った曲を聴いた先輩が、「お前が何人もいるみたいで気味がわるい」と言われたのを思い出します。

創作はその時の自分がみごとに映し出されてしまいます。だからこそ、その時だけの魅力があるとも言えるでしょう。私の赤裸々な内面のにじみ出た作品が、結果的に親しまれるものになったら幸いです。


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吉村ジョナサン(作家)
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