今また「手紙~拝啓 十五の君へ~」を振り返って
アンジェラ・アキが活動を再開した。
2005年に「HOME」でメジャー・デビュー。2014年から日本での無期限活動停止に。ミュージカル音楽の世界に入る。そして、満を持して2023年に、ミュージカル作品『この世界の片隅に』の音楽の発表に合わせて、日本での活動再開を発表した。
「手紙~拝啓 十五の君へ~」は、2008年の第75回NHK学校音楽コンクール(通称Nコン)中学生の部の課題曲として作曲された曲で、それ以来合唱界を中心に多くの人に愛されてきた楽曲である。
先日はこの曲が「THE FIRST TAKE」で演奏された。
発表から16年が経ち、当時の中学生が三十代になっている。
当時、僕は既に教員として働いていたから、どちらかというと後半の歌詞に近い立場で捉えていたと思う。
さて、あれから時が経ち、今の僕は、この曲をどのように受け止めるのだろう。
まず、前半は「十五の僕」の手紙パートである。
中学生のときに、将来自分が「どこ」にいるかなんて、わからなかった。想像もしていなかったんじゃないか。
自分の周囲せいぜい数キロの範囲で生きていたころだ。遠い土地の存在は知っていても、そこで住んでいることを想像なんてできなかったんじゃないか。
もしかしたら、「どこ」で「なに」をしているかなんて、考えてなどいなかったんじゃないかとも思う。想像できたのは、どこの高校に行くかくらいで。それすら、選択肢に乏しい田舎ではほとんど決まっていた。
そんなんあったかな。全く覚えていない。具体的に綴ってくれてたらいいけれど。良かったことも、辛かったことも、すっかり忘れてしまった。
それでも、全く悩みがない時期なんて人生でなかったし、狭い世界で生きていたあの頃に、悩みはきっとあったんだろう。
よく妄想していた。もし「未来の自分」が今の自分の前に現れたらどうだろう。未来の自分は自分には会えないから、今の自分を危機から救うために、どんな方法を使えるだろう。
そんなふうに、「未来の自分」を対象化して捉えていたと思う。それでも、「素直に打ち明ける」ことができていたかは疑問だけれど。
よくは覚えていないけれど、僕はけっこういろんな人に「素直に打ち明ける」タイプだった気もするし、それでも打ち明けられないことがあったかもしれない。覚えていないけれど。
すっかり忘れてしまっているけれど、そんな時もあったかもしれない。何に負けそうで、なぜ泣きそうで、どうして消えてしまいそうなのかはわからないけれど、きっとそんな時もあったんだろう。
そんな時に「誰の言葉」を信じればいいのか。
僕は周囲の誰かの言葉というよりは、本の中の言葉に救いを求めていたような気もする。今でもかすかに覚えているのは、人からもらった言葉よりも、本との出会いだ。本の中の言葉に自分の信じる道を見出していたのかもしれない。
というよりは、もしかしたら、基本的に自分の道というのを根本的には信じ切っているのかもしれない。だから、誰かと話したり相談することもあったかもしれないけれど、根本的には自分の道に迷うことは少なかったかもしれない。
むしろ、その道を歩めない時がもどかしかったのが、高校時代だったから、もしかしたら中学時代からそういったことはあったのかもしれない。
そんなときによりどころとした、自分を励ますたよりとしたのが、本だったんだと思う。
とにかく苦しい、という時の対処法は、今に比べるとずっと少なかっただろう。特に、家族との関係での悩みは、家族と一緒に生活する中では逃げ場がない。
今だったら、苦しい時にはそこから離れる。自分にとって苦痛に感じる人からは離れる。そんなことができるけれど、当時はそれができなかっただろう。
学校での交友関係というよりは、順調な学校生活と上手くいかない家庭生活とのギャップに苦しんでいた時代だった気もする。
僕はまだ学校という居場所があったから良かったと思うが、そのどちらにも居場所がない子ども達の辛さはいかばかりか。
ここからは、アンサーパートだ。
どうだろう。今になって十五の自分に伝えたいことがあるかといえば、なかなか難しい気もする。
しかも、手紙だ。手紙という限られた情報だけで、彼の意図を組み、自分の意図を伝えられるだろうか。
そもそも、何を伝えよう。この後に綴られるような希望に満ちたメッセージを、ちょっと僕には伝えられそうにない。
それは、ほんとに、そう。問い続けることが大事で、問うのをやめてしまえば、とたんに自分とは「何」で、「どこ」へ向かうべきかがわからなくなってしまう。
終着点などはなく、問い続けることで先に進んでいく。先に進んでいける。
厳しい激励ともとれるが、無条件に背中を押してくれる存在はありがたかったと思う。無責任でいいのだ。とにかく先に進むことが大事で、とにかく先に進むことが大抵は正しくて、それでも先に進むことに怖気づいてしまう。
そんなときに、無条件に、無責任に、背中を押してくれる言葉は、とても大切だと思う。
ほんと、そう。何かに負けたと思ったり、涙が出てきたり、消えてしまいそうなときは、自分を信じればいい。
一方で、それは簡単なことではないらしい。いつの間にか僕はこのへんはすっかりしっくり自分に染み付いてしまったけれど、自分の声を聴くこと、その声に従うことの難しさを語る人は多い。
たぶん大事なのは「自分の声」を聴くという段階なのだと思う。そのへんは何度も何度も繰り返し、というか日常的に行っているように思う。
また、その声を何度も打ち消し、何度も裏切ってきたからこそ、今は「自分の声を信じる」ための土台ができあがってきているのだと思う。
これもまた、絶えず訓練を続けなければ、気がつくと「自分の声」を無視していがちだ。それを意識することこそが、歩き続ける原動力になっていく。
せやねん。ほんまそれやねん。
大人になっても、傷つくことや眠れない夜もある。大人ビターな苦くて甘い日々が続いていく。
それでも、十五のそれと比べれば、全然マシ。そんな若干の余裕が見えるのが、この部分だ。
どこか「苦さ」を楽しめるようになっているし、「甘さ」を感じられる部分もあるのだという、若干の余裕だ。
この「人生の全てに意味がある」というのは、今になってようやくしっくりくる言葉である。乗り切った今だからこそそう言える。
これは正しいのだけれど、その渦中にある時にはとてもそうは思えないし、それが意味があるものにはつながっていかないケースだってあるだろう。
誰にとってのどんな体験にも意味があるというのは、楽観的な見方だろう。
一方で、「やってみたい」と思ったことについては、とにかくやってみる。十五の頃に描いていた夢なんかは、どんどんやってみた方がいいと思う。すぐには実現できない夢もあるかもしれないけれど、人生は短いから、どんどん動いていった方がいい。
そういった意味で、「失敗したら」「うまくいかなかったら」「挫折したら」なんて考えるのはナンセンスで、とにかくその夢を育てていった方がいい。
そういう意味では、「全てに意味がある」というのは間違っていない。
そうだよね。本当にそう。
苦しみや痛みはある程度避けて通れるけれど、悲しみっていうのは、どうにも避け難い。
悲しみの乗り越え方だけは、なかなか上達しないけれど、「笑顔を見せて今を生きる」という、それだけしかないのかもしれない。そうして悲しみを受け入れ、やり過ごしていくしかないのかもしれない。
これは、「十五の僕」とも「未来の僕」ともとれる部分なのだけれど、自分が幸せである事を願うって、実はできない人や、できない時期も多い。
幸せというものから遠ざかってしまう、幸せというものを受け入れられない、そんな心性を持っている人や時期もあるのが、人間の不思議なところだ。
この手紙を綴ることを通して、そのどちらもが自分の幸せを願うことができているのなら、それは素晴らしいことなんだと思う。
今となっては、十五の僕の気持ちを知ることはできない。けれども、今の自分が当時の自分を振り返ること、そして、当時の自分を肯定することができれば、それはきっと今の自分を肯定することにもつながるだろう。
そんないろんな考えが意識にのぼらずに、心の深いところで納得されるから、この演奏に涙してしまうのだろう。
アンジェラ・アキの今後の活躍にも注目していきたい。
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