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ユメと私

 第二章 準備は整った
 
 小学校、最後の夏休み。サヨナラも言えないまま、突然、大好きなお父さんが天国に旅立った。お気に入りの虹色の毛布と、クマのぬいぐるみが湿っている。「なんだか臭うし、汚れてるから、そろそろ洗おっか。」ってお母さんに言われても、絶対に洗濯したくないこの毛布。だって、少し酸っぱいような、香ばしいような、この匂いが無かったら落ち着かない。赤ちゃんの頃からずっと使ってる虹色の毛布。
 
 十一歳の去年の誕生日、いつもの四人がけのテーブルで、かみごたえ十分のステーキをクチャクチャと噛み続けていた。すると、お父さんが私の隣に座るクマのぬいぐるみを見つめながら、突然思いだしたかのように話始めた。
「エリー、覚えてるか? エリーが、確か、三歳ぐらいの時に、お母さんがエリーには内緒であの虹色の毛布を洗濯して、「においが違う。これじゃ寝られないの! えーん。」って、一晩中泣いてさ、次の日の朝、目がパンパンに腫れたエリーを見て、お父さんいたたまれなくなっちゃって、その日の仕事が終わった後、おもちゃ屋に急いで行って、エリーが喜んでくれれそう物は何かなって一時間近く悩んでね、やっと見つけたのが、そのココアなんだ。」
お父さんは、エリーの宝物を探し当てたのは僕なんだぞと言わんばかりに、とても誇らしそうに教えてくれた。

 ココアがウチに来た理由は全く覚えていなかったけれど、段ボール箱からココアを取り出した時の事はちゃんと覚えている。
 あの日、お父さんは大きな箱を抱えて帰ってきた。背の高いお父さんの上半身がすっぽりと隠れるくらいの大きな箱だった。お父さんは、大きな箱に隠れていた顔をひょっこり出して、小さいタレ目を三角にするように笑いながら「エリー、早めの誕生日プレゼントだ。」って言うと、私は「やったー!早く早く! 早く、開けて~!」と、お父さんを急かした。それで、お父さんは「はい、お誕生日おめでとう!」って床に置いた箱の蓋をゆっくり開けてくれた。
 その中にいたのは、三歳の私と同じ背丈くらいの大きなクマのぬいぐるみがいて、その日から、『ココア』とはいつも一緒だった。一人っ子の私にとって、やっと妹ができた気分だっだ。抱っこするには大きすぎるココアの手を引きづりながら、家中どこでも連れて歩いた。トイレの間もココアはドアにもたれながら、私が寂しくならないように待っていてくれていた。私もココアが暇にならないように大きな声で歌ってあげたりした。
 いつだったかな。引きづり回し続けたココアの左脇に、小さな穴が空いちゃったのは。お母さんには、ずっとヒミツにしている。だって、「直してあげる」って言われちゃうから。フワフワの中綿は、ずっと触っていても飽きなくて、何だか安心する。今はもう指が二、三本入るぐらい入る大きな穴になって、ココアの左腕の中綿は、ほとんど抜けてペラペラになっちゃった。


「エリー、早めの誕生日プレゼントだ。」

「お父さん、会いたいよ。寂しいよ。」
 柔らかいココアのお腹にギューっと顔を押し付け、頭から虹色の毛布をかけて、声を押し殺して泣いた。真っ暗で静まり返った部屋に響き渡るのは、私が啜り泣く声と、外で賑やかに鳴くセミの声。それは、まるで、どちらが先に泣き疲れるかの根性比べしているみたいだった。

『ドーン!!!!』
 
 ベットをガタガタと揺らす地響きと、カミナリが近くに落ちたような大きな爆発音がウトウトしていた私の脳裏に響き渡った。涙と鼻水と汗で蒸し上がった毛布をガバッとめくり、勢いよく立ち上がると、数日間、部屋を真っ暗にしていた遮光カーテンをシャーっと開けた。
 
 鋭く入り込んできた夏空は、キラキラと手をかざしても眩しすぎる。
「あ~ビックリした!心臓が止まるかと思った。」

 外を見渡しても、いつもと変わらない光景が広がっているだけだった。
 玄関先で話し込んでいるお母さんとお隣のおばさんに向かって、お向かいのチワワが、キャンキャンといつも通り窓際から吠えているだけで、誰も驚いた様子はない。
「今の大きな音は何だったの?」
あまりにも大きな音にビックリして、涙がピタッと止まっていた。

 なんだかお母さんの様子が気になって、もう一度、玄関先を覗き込んで見ると、お母さんの顔は青白く、目が真っ赤に腫れていた。お父さんが死んだ日、泣き崩れているお母さんの姿を見た。私は、今まで感じたことの無いような、どうしようもない不安に襲われた。それから、わざとお母さんの顔を事を見ないようにしていたのに…。
また、不安のどん底に引き戻された。
 毛布をまた頭から潜り、枕元に置いてあった大好きな絵本を暗闇に引きづり入れた。微かな光で読もうと開いたけれど、涙で見えない。
 いつの間にかセミに完敗してしまっていた私は、不思議な夢の世界にいた。。。
 

 暗闇の中、小さな星みたいに輝く球体が、ポツンと遠くに浮いている。私の存在に気づいたのか、突然ビューンっと光の速さで近づいてきた。
「キャー、ぶつかる~!!!」
『キュ、キュ、キューッ』急ブレーキをかけて目の前で止まった。
「あービックリした! な、何これ??」
 
 球体の上半分は、シャボン玉のような虹色が少し入った透明で、下半分は、ケーキを作る時に使う銀色の調理用ボールみたいな形をしている。動くたびにキラッキラッと光を反射させている。
 球体の周りには、虹色の光のリングがクルクルと回っていて、下からはゴールドのビームも出ている。すごく奇妙な見た目なのに、ワクワクする。

「なんかこれ、見たことあるかも。これって、宇宙船? 宇宙人が乗ってるUFOってやつ⁉︎」

 宇宙船に乗っているのは5人。前列に3人、後列に2人座っている。みんな、それぞれ違った種類の着ぐるみを着て、宇宙人というよりもユルキャラの集団みたい。だけど、顔部分がくり抜かれた着ぐるみからから覗く、中身の宇宙人は人間そのもののようだった。
 「これが、宇宙人? 想像してたのと全然違う。」
 前列中央の宇宙人は、長い白髭と尻尾をヒラヒラさせ、光沢のある深緑色の龍の着ぐるみを着た少年で、三角の気合の入った目をして、私に向かって何か叫んでいる。その左側には、白地に茶色と黒の毛が混ざった三毛猫の着ぐるみを着て、真剣な顔をして書き物をしている女の子がいて、右隣には、耳がピンと立ったフワッフワの白いうさぎの着ぐるみを着て、まるで映画の撮影でもしているかのような、大きなカメラを持ち構えているおばあちゃんがいる。後列の右側は、典型的な白と赤のニワトリの着ぐるみを着て、黒縁のメガネをかけているおじさん。撮影用の照明で、さっきから私のことをピカーンと照らしてくる。もう一人は、鮮やかなターコイズブルーの、いかにも毒を持っていそうなカエルの着ぐるみを着て、カラオケを楽しんでいる美人なお姉さん。


これって、宇宙船? 宇宙人が乗ってるUFOってやつ⁉︎


 
「な、何かご用ですか?」怖くて、声が震える。
「出発する準備は整った。さぁ、いくぞー!」
真ん中の龍の着ぐるみの男の子が、叫んでいる。
「ど、どこにいくの…?」怖くて、涙がポロポロ溢れてきた。
 私と同じ年ぐらいの少年は落ち着いた声で、
「驚かせてごめんね。エリー。お父さんだよ。僕はエリーのお父さん。もう忘ちゃっ」
「エリーちゃん、久しぶり。私、猫のミミ。覚えてる?」
男の子の話が終わるのを待たずに、三毛猫の着ぐるみを着た5歳ぐらいの子が、早口で喋り出した。
「エリーちゃんが小さい頃、私が住んでいた公園にいつも餌を持ってきてくれたよね。エリーちゃんが優しくしてくれたから、私、長生きできたのよ。ありがとね。話したいことはいっぱいあるけど、時間が無いの。エリーちゃん、これから話すことは、とっても大事なことなの。しっかり聞いてね。あなたは、この宇宙船の主人。私たちは、乗船員、クルーよ。」

「地球に生まれた全ての人はみんな『宇宙船』を持っている。でね、クルーはそれぞれの宇宙船で違うんだけど、全てのクルーに共通していることが二つあるの。
一つ目は、『主人の最高に幸せな人生』をサポートしたい者だけが集まっているって事。
二つ目は、『主人の人生ドラマの撮影クルー』だって事。
 宇宙船の持ち主は、地球に生まれる前に『地球の宿題帳』を必ず書いてから出発する。そこには、『地球で学び、経験したい事』が書かれている。それを参考に、クルーたちは、ドラマの主人公の感情を揺さぶるような、地球らしい最高の人生ドラマを撮っているのよ。
 エリーちゃんの宿題帳は、ほら、私が持っているわ。どんなことを書いていったのか気になるでしょ?でも、本人には見せてはいけないの。ごめんね。だって、地球旅行に行く者に共通する目的の一つは、『何が起こるかわからない「今」を楽しむ。』だから。その楽しみを奪うことはできないわ。」と、私に話す隙など与えずに猫のミミは早口でどんどん話し続けた。
 
 「私は、あなたの人生ドラマの脚本家。この宿題帳を元に、あなたが地球に行った目的達成と、山あり谷ありのドラマチックな人生になるように脚本を書いているの。
 そして、エリーちゃんのお父さんは監督よ。エリーちゃんの宇宙船の船員は、あなたが地球旅行へ旅立った後から少しづつ増えていき、しばらくは、四人体制だったのよ。でも、突然、あなたのお父さんが『ドーンッ!!』と隕石にでもぶつかったように、大きな音をたてて宇宙船に落ちてきたの。あれだけ、大きな音だったから、エリーちゃんにも聞こえたでしょ?
 あと、カメラマンは、あなたのおばあちゃん。音響担当は、前世のソフィアさん。照明担当は、未来の息子の翔太くん。あっ!大変!!! もう、時間が無いわ!エリーちゃん、何か質問あるかしら?」

 私は呆気に取られ、頭が真っ白だった。
「質問?これは夢でしょ?さっきから、なに言ってるの?」

 「これは、エリーちゃんの夢。だけど、私が話した事は嘘ではないの。信じて!」とミミは真剣な眼差しで私に訴えるように言ってきた。でも、私はミミが言ったことをほとんど理解できていない、というか、早口すぎて、宿題帳がどうのって言ってた事しか聞き取れなかった。
「ん~。。。じゃあ、ミミが言った事が全て本当なら、本の中身を見たら何か思い出せるかもしれない。」と私が言うと、ミミは少し困った顔をして、冷静なトーンで、今度はゆっくりとこう言った。「エリーちゃんに、これを見せて信じてくれるなら、見せてあげたい。だけど、見せることはできないの。難しいことは一切考えずに、エリーちゃんは、素直に今を楽しめばいいだけよ。それだけで私たちは、素晴らしい人生ドラマが撮影できるわ。もう行かないと! 時間切れよ!じゃあね。また会いましょう。」

  宇宙船はあっという間に消え、真っ暗闇の中に体がふわふわと浮く感覚だけが残った。


あなたは、この宇宙船の主人。私たちは、乗船員、クルーよ。

  カーテンの隙間から差し込んだ強い夏の西日が、私を長い夢から連れ戻した。 
「ん~ん。あっついなぁ。あれ? 今、何時だろう。長い夢を見ていたみたい。あれ?どんな夢だったかな?そろそろ夏休みの宿題を始めなさいって怒られる夢だったかも。あっ、夜ごはんのいい匂いがしてきた。さぁ、起きよーっと。」
 うつ伏せで寝ていた体は、ベットにべったりとくっついてしまったように重たい。両手を顔の横につき、少しづつ起き上がると、よだれで頬にくっついてしまった絵本のページが、ぺりぺりっと音をたててゆっくりと剥がれ落ちる。ふと、そのページに目をおとすと『旅の準備は整った。さぁ、行くぞー!』と書かれていた。
 

 お父さんがいなくなった生活に慣れるなんてできないと思っていたけれど、日々の生活は淡々と通り過ぎていった。いつもは待ち遠しかったはずの誕生日もクリスマスもお正月も、心にぽっかり穴が空いたまま、同じような毎日の繰り返しの日々がただそこにはあった。

 「小学校生活も残すところ二ヶ月。今日は、卒業文集に載せる作文を書きます。
題名は、『二十年後の自分から今の自分へメッセージ』です。
二十年後、みんなは三十代前半。先生とほぼ同じ歳だ。
どんな場所に住んで、どんな家族がいて、どんな仕事をして、どんな生活をしてる?
どんな顔で、声で、髪型で、服装だと思う?
 悲しいそう?楽しそう?幸せそう?忙しそう?
将来の夢は叶っているのかな?
二十年後の君達から、これから中学校に上がる君達へのメッセージはなんだろう?
色々なことを想像しながら、作文用紙一枚に書いて下さい。」

 みんなが「えー、わかんない。難しい。どうしよう。」と考えているのを横目に、私は、ワクワクが止められずに思うがままに書き出した。

    二十年後の私からのメッセージ     
                        宮本千枝梨

 小学校卒業おめでとう。そして、中学校入学おめでとう。私は、三十二歳の千枝梨。十二歳のあなたの夢は全て叶っています。私は、イギリス留学で、英語とインテリアデザインの勉強をして、世界的に有名なインテリアデザイナーになりました。たまたま街角で出会ったカッコいい彼に一目惚れして結婚して、優しい旦那さんと可愛い女の子と男の子の2人の子供がいます。海の見える高台に、プール付きの真っ白な大きなお家に住んでいます。お料理したり、かわいい子供たちのお世話をしたり、お仕事をしたり毎日とっても楽しいです。二十年後のあなたは、すごく幸せに暮らしています。これから、色々なことがあると思うけど、きっと大丈夫。中学校で勉強頑張ってね。二十年後の私より。

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