天文学と幾何学、哲学、四学の中の音楽
天球の音楽
ピュタゴラスは宇宙の理、星や太陽、惑星などその調和の根元がどこにあるのかを理解しようとしました。
古代ギリシャではライラなどの演奏も行われていましたが、そうした目的よりも、ピュタゴラスにとっての音楽は自然の中の理、宇宙がどのように構成され、人間がそれをどのように享受しているかを解き明かす為の物としていました。
宇宙は数の調和により構成されており、音楽も同様に数の調和により構成されていると考えました。
そのため、ピュタゴラスは音楽を解き明かせば宇宙の真理に突き当たると考えました。
ピュタゴラスは天体のそれぞれの惑星は回転しながら固有の音を発しており、そして太陽系全体が音楽を奏でていて、天体も原子もその運動とリズムと振動によって特定の音を発している。
それら全ての音と振動が宇宙の調和を作り出している。
音楽の波動が宇宙の秩序を表す、これを「天球の音楽」と呼びました。
ピュタゴラスの研究対象は星や太陽、月や惑星の下に存在する調和そのものでした。
ピュタゴラスは音楽を軸にした物事の調和におけるハルモニア、幾何学のような関連性を示すものをシンメトリア、宇宙の調和をコスモスと名付けました。
宇宙の元に自然や人の作り出す社会、人の心の調和はコスモスになります。
プラトンの音楽
プラトンは紀元前430年ごろに生まれた、古代ギリシャの大哲学者です。
西欧の様々な現象はプラトンの思想を基に作られたと言っても過言ではないほど様々な事象に対する叡智を作り出しました。
プラトンはアテナの郊外にアカデメイアと呼ばれる学園を作りました。
有名な賢人アリストテレスはプラトンを教師としたこのアカデメイアの出身の哲学者です。
ちなみにアリストテレスはわりと手厳しくピュタゴラス、プラトンの天球の音楽をこのように批判しています。
星自身は動いておらず、星が付着している天球が動いていて、その上で、音を発するのは、動いていないものの中で動くものだけである。
動いているものに付着しているだけで、しかも摩擦を生じていないものは音を発しない。 ところで、星は天球に付着しているのだから、音を出さない。
それは、あたかも大きな船が川面に浮かんでいるときに、船の巨体は動いているけども音を出さないのと同様、そういった趣旨の話をしています。
また、プラトンの作ったアカデメイアは今でも英語でいうAcademyの語源でもあります。
プラトンはその当時にいたピュタゴラス派のアルキュタスという人物にピュタゴラス派の数学や幾何学を学びアカデメイアでの教育に取り入れました。
ノーベル文学賞受賞者で哲学者、論理学者、数学者のバートランド・ラッセルに言わせるとプラトンはピュタゴラス派の教義そのものを教えていた、と言うほど影響は濃かったようです。
プラトンの音楽教育の軸は音楽を聴くと起きる様々な変化は、調和(ハルモニア)によってもたらされており、魂の救済(カタルシス)を得る事ができるのは宇宙の調和による為と考えました。
当時、宇宙にある第五の物質とされたエーテルが音楽の要素、元だと考えられていました。
プラトンは音楽がこのエーテルを介し人間の魂へ調和をもたらすものとしました。
このエーテルは物理学において光の媒体の語源や化学物質の語源になりました。
物理学において光の媒体エーテルはアインシュタインの特殊相対性理論と光量子仮説が言われるようになり廃れてしまいましたが、そこまで実際に存在を考えられていた物質でした。
プラトンの音楽は、より良い精神を持つ人間になるために音楽が必要、という考え方でした。
プラトンはピュタゴラスの宇宙と音の調和に魂の調和という意味を加えました。
ちなみにプラトンの音楽観は現代的な感覚で読むとかなり辛辣な事を書いていてかなり笑えます 笑
「私たちの音楽はかつて、確立された様式を持つ音楽とそうでないものとに分かれた。知識や教養のある見識は、口笛、群集のざわめき、拍手のような無分別で非音楽的なものを禁じた。静かに聴き、知ろうとすること、これがルールだった。しかしその後、音楽の規律、形式に無知な詩人たちによって非音楽的な無秩序がもたらされてしまった。彼らは、音楽には正しきこと、間違ったやり方などないと、自身を欺いて言った。彼らは、音楽はそれがもたらす愉悦によって良し悪しが判断されるべきだといった。彼らの言うところまた彼らの理論は、ずうずうしくもしかるべき判断ができていると大衆に思い込ませ、大衆に悪影響を与えている。だからわれわれ観客、つまりかつて静寂を守っていたのに、時を経ておしゃべりになった、この音楽の貴族は芸術文化に悪影響である。批評は音楽でなく、デタラメな才知、規律を破壊する精神であり、名声のためのものである。」プラトン著「ミノス」
また、今だとビジネス書なんかを見るとリベラル・アーツという言葉が見られますがそれはこのプラトンのアカデメイアの考え方が大元になっています。
プラトンの時代はアルテス・リベラ―レスと呼ばれ、その目的は、肉体労働から解放され知性を磨き精神を鍛えるという物でした。
プラトンのアカデメイアでは三学(文法学、論理学、修辞学)音楽を含んだ四科(天文学、幾何学、哲学、音楽)をリベラル・アーツとして位置づけしていました。
割と今では芸術という言葉自体の意味が不透明になっていますが日本語の「芸術」という言葉はもともと、明治時代の思想家、西周によってリベラル・アーツの訳語として造語されたものです。
※詳細には藝術ですが、日本語の芸術と藝術とアート、美術の違いのような話はここでは割愛します。
この時代のリベラルアーツ、三学(文法学、論理学、修辞学)、四学(天文学、幾何学、哲学、音楽)の考え方はギリシア崩壊後、その文献がイスラム文化圏にも流れ、取り入れられているため多くの共通する部分があります。
プラトンとギリシャ旋法
またプラトンの時代にはいわゆるギリシャ旋法と呼ばれる理論の基礎が存在していたそうです。
ギリシャ旋法は後の教会旋法(チャーチモード)と呼ばれる理論の大元でもあるようです。
現代において教会旋法(チャーチモード)で有名なのはJazzの巨匠マイルス・デイヴィスの作った名盤「Kind of Blue」の1曲目「So What」が挙げられますが、ギリシア旋法は現在使われているチャーチモードとはほぼ違になるものです。
名前も似てるのと違うものが混在しています。
この時代はそもそもキリスト教などは存在していませんし教会も存在していませんでした。
ギリシャ旋法を教会旋法に発展させたのが後のボエティウスという古代ローマの哲学者でした。
また、この旋法には感情を表したりする事がもう既にあったようです。
古代ギリシャは戦いが多く、戦士のためにこれらの音楽が使われていたようです。
たとえば悲しみを表現する混合リディア調か高音リディア調はとりわけ男子には排除すべきとし、またイオニア調は柔和で弛緩した調べとして酒宴用だと見なしている。一方、勇敢さや節度といった性質を表すのはドリア調やフリギア調で、勇敢な戦士や運命に毅然と立ち向かう人にふさわしいとした。プラトン著・藤沢令夫訳『国家』p232-234より
また、後のアリストテレスはこれらの考え方を引き継ぎました。
アリストテレスはより柔和な音楽を好み、リディア調を「教育上好ましい」としていたようです。
上記のような例もありフリギア調で奏でる笛の音は心を癒すなど、音楽療法的な考え方もすでに存在していたようです。
以下ギリシャ旋法の概要です。
今では通常、音階は上がって教えられますがこの当時は下がって教えられたようです。
ギリシャ旋法
ミクソリディア (1点シ〜シ)
リディア (1点ド〜ド)
フリギア (1点レ〜レ)
ドリア (1点ミ〜ミ)
ヒポリディア (1点ファ〜ファ)
ヒポフリギア (1点ソ〜ソ)
ヒポドリア (1点ラ~ラ)
これらはテトラコルドと呼ばれる4つの音の塊を2つ組み合わせたものです。
例えばドリア旋法だと[ E F G A ][ B C D E ]の組み合わせとなります。
今のピアノだとミからオクターブ上のミの間、ということになります。
この時期にあったピュタゴラス音律では既にオクターブの概念がありましたので7つの音をそこまで至るのにどう作るかというので考え出されたようです。
テトラコルドの概念はアリストテレスの弟子であったアリストクセノスにより発明されました。
また、テトラコルドは民族音楽を扱う際によく出てきます。
現代音楽家のヤニス・クセナキスなどはアリストクセノスのテトラコルドの理論を「音楽と建築」という本で出していたりします。
またこのテトラコルドは同じく現代音楽家のシェーンベルクの無調音楽の基礎、12音技法の元にもなっています。
この時設定された7つの音というのは後の16世紀ヨハネス・ケプラーという天文学者の提唱するの惑星の音律や、地動説を提唱したコペルニクス、その地動説を証明したガリレオ・ガリレイとその父でルネサンス音楽最大の重要人物ヴィンチェンツォ・ガリレイ、万有引力を発見したニュートンなどの彼ら科学革命を起こした天文学者、科学者の中で大きな存在になっていきます。
あと面白いのが彼らは一部では世の中の考え方全てをひっくり返してしまうくらい物凄く鋭いですが、他では全然科学でもないんでもないとんでもないこと言ったりしてるので、それもそのうち紹介したいと思っています。
そしてヨーロッパ、アメリカ等では今でも古代から宇宙で奏でられる音をとても重要視しているようです。
現代の天球の音楽
NASAなどがこういった宇宙の音を採取するのもピュタゴラスの「天球の音楽」の影響なのでしょう。
1972年に打ち上げられたヴォイジャー探査機などに各国の音楽が入ったレコードをわざわざ載せたのは「他に知的生命体がいるかもしれないから」としましたが、他の知的生命体にも音の調和や繋がりがあるという仮定はそうした影響でしょう。
身近な所だとデヴィッド・ボウイのジギー・スターダストも星からきた、とされています。
もしかしたらこの先、科学がさらに発展し宇宙空間で音楽が鳴らすことができるようになった時代が来たとして、宇宙空間で音楽を聴くとかもしくは作るとか、実際どういう風になるんでしょうね。
ちなみに古代ギリシャの音楽はこのような音楽だったみたいです。
次回はアリストテレスの弟子であり、アリストクセノスが作り上げた「純正律」について書きます。