ゼンカイジャー =「ゼンカイ」+「ジャー」?: ことばは混ざって意味をなす
機界戦隊ゼンカイジャー,絶賛放送中ですね.
パラレルワールド世界観,リーダー格が「赤」ではない,リーダー以外全員ロボット,など,既成概念を覆す面白い作品だと思って見ています.また,パラレルワールドが過去のスーパー戦隊たちの存在する世界だというのも魅力的な設定ですし,それを「召喚」して戦うというメタな設定もなかなか憎いですね.
さて,設定やストーリーも興味深いのですが,本日は「ゼンカイジャー」というネーミングについてお話したいと思います.恐らく既にたくさんの方がスーパー戦隊のネーミングについてはコメントやら突っ込みやら分析やらをされていると思うので,「今更」感の強いお話になってしまうかもしれませんが,今回はゼンカイジャーのリーダーが「ゼンカイザー」というネーミングであることも手伝って,「よくある話」から一歩進んだ内容になるのではないかと思っています.
「ジャー」とは何か?
長年続くスーパー戦隊シリーズですが,現在放送中なのはゼンカイジャー,その前はキラメイジャー,そしてその前はリュウソウジャー.みな,「ジャー」で終わっています.これに関しては,例えば以下の Yahoo 知恵袋の投稿で疑問が呈された上で,丁寧な回答が示されています (ベストアンサー参照) ので,わざわざ私が説明するまでもないかもしれません.ましてや,今さら「分析」なんて,必要あるとすら思えないでしょう.
はい,そうですね,「ゴレンジャー」「ジュウレンジャー」などの,「レンジャー」の「ジャー」ということです.
ですが,ここで話は終わりません.疑問に思いませんか? なぜ「レンジャー」の「ジャー」だけを抜き取ってしまえるのか.「名前なんてそんなものだろう」と思われるかもしれませんし,実際ざっくばらんに言えばそういうことなんですが,もう少し,「メカニズム」について考えてみたいと思います.
ことばは「混ざる」
ゼンカイジャーというネーミングは,「ゼンカイ (全開)」+「ジャー」だと思われますし,「ゴレンジャー」は「ゴ (5)」+「レンジャー」でしょう.しかし,ひとつ前のスーパー戦隊,キラメイジャーはどうでしょうか.「キラメイ (煌めい)」+「ジャー」だと言えばそうなのですが,「煌めい」というのは,「煌めいて」「煌めいた」など,後ろに何かつかなければ,単体では使われない形式です (ただこれは,単体でも使う「煌めき」や「煌めく」では「キラメキジャー」「キラメクジャー」となって単純に「語呂が悪い (語感が悪い)」という理由によるものかもしれません).
もう少し遡ってみます.1994年から1995年に放送されていた,忍者戦隊カクレンジャーというスーパー戦隊がいますが,このネーミングは,「カク (隠)」+「レンジャー」と考えていいでしょうか.いや,「カクレ (隠れ)」+ 「ンジャー」と考えた方がしっくりきそうです.しかし「ンジャー」というのもちょっと奇妙な単位なので,それでもモヤモヤが残ります.
もう,単純な足し算はやめましょう.ことばは単に順番に「足していく」だけではなく,「混ざる」ことができるのです.「カクレ (隠れ)」と「レンジャー」が混ざって,「カクレンジャー」となることができるのです.以下ではこれを掛け算記号 (×) を用いて,「カクレ (隠れ)」×「レンジャー」と書くことにします.「レ」が重なっていると思うかもしれませんが,そんなことは実はいろんなところでしょっちゅう起きているのです.
「熱さまシート」は「熱さまし」×「シート」,「ゴジラ」は「ゴリラ」×「クジラ」.brunch (ブランチ) は breakfast × lunch.イギリスの EU 離脱を表す Brexit (ブレグジット) は Britain × exit.新型コロナ関連でちょっと流行った「隔離 (quarantine)」中に作ったマティーニ,quarantini は quarantine × martini. 挙げればきりがありません.
もうずいぶん前のものですが,確か爆笑問題さんがやられていた育毛剤か何かの CM で使われていたキャッチコピーに,「ヘアー・ギブアップ!」というものがありました (古すぎてソースが見つからないので紹介できなくて残念です).これは「髪のことを諦めるな」という意味だというのは分かるのですが,文字通り取るなら,「ギブアップ」は「諦める (諦めろ)」,「ヘアー」は「髪」だから,「髪を諦めろ」という意味だと捉えられてもおかしくありません.
なぜ「諦めるな」という意味だと分かるのか? それは,「ネバー・ギブアップ」という表現があるからですよね.つまり,「ヘアー・ギブアップ」= 「ヘアー」×「ネバー・ギブアップ」なのです.「ネバー」とは一言も言っていないが,確かにその意味が引き継がれているのです.
このような現象は,言語学では「混成 (blending)」と呼ばれます.この「混成」の観点からスーパー戦隊のネーミングを見てみると,少し「突っ込んだ」分析ができるように思えます.つまり,「ジャー」を足していると思っていたネーミングに対して,実は「レンジャー」を混ぜている,という見方ができるようになるのです.
1. ゼンカイジャー = ゼンカイ (全開) × レンジャー
2. キラメイジャー = キラメイテイル (煌めいている) × レンジャー
3. カクレンジャー = カクレル (隠れる) × レンジャー
etc...
「レン」は見えなくとも,確かに「レンジャー」を引き継いでいるのです.
「ザー」の正体
この勢いで,もっといろいろ考えてみたいと思います.上に書きましたが,機界戦隊ゼンカイジャーの「リーダー」的存在は,唯一の人間である五色田介人が変身した姿,ゼンカイザー.戦隊名はゼンカイジャーであり,まさにここまで分析してきた「ジャー」の部分が,「ザー」に置き換わっています.この「ザー」は一体何なのか,考えてみたいと思います.
ここまでの分析から,ゼンカイザー =「ゼンカイ」+「ザー」とは限らない,という可能性が始めから見えています.ではどうなっているのか? ぱっと思いつくのは,「カイザー」.つまり,「ゼンカイザー」= 「ゼンカイ (全開)」×「カイザー」ということです.カイザーというのは元々はかのローマ皇帝,ユリウス・カエサルのことですが,転じて,「皇帝」という意味で用いられます.きわめて気さくな介人,およびゼンカイザーのキャラクターを考えると,「皇帝」という感じは一切しないのですが,「リーダーである人間」という意味では,遠からずです.
ということで,ここでは
「ゼンカイザー」= 「ゼンカイ (全開)」×「カイザー」
という分析をひとまずの「結論」としたいと思います.と,同時に,少し煩雑になりますが,他の可能性を探るべく,もう少し分析を進めていきたいと思います.
国立国語研究所という研究機関があるのですが,その研究所で作られた「コーパス」と呼ばれることばのデータベースに,『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(BCCWJ) というものがあります.
簡単に言えば,日本語で書かれたありとあらゆる文章をちょっとずつ,なるべく偏りが無いように集めてきて,それを検索できるようにデータベース化したものです.そのデータベースを検索して,現代日本語の書きことばで使われている,「ザーで終わることば (名詞)」を収集してみたいと思います.
『現代日本語書き言葉均衡コーパス』は,誰でも国立国語研究所のウェブサイト上で使える「梵天」というツールでも検索できるのですが,「ザーで終わる名詞」のような柔軟な検索はできないので,「中納言」というユーザー登録が必要な高機能検索ツールを用いることにします.
ということで,中納言を用いて,「ザーで終わる名詞」を検索し,得られた結果を集計してみました.検索の結果,ザーで終わる名詞は全部で9191回使われていて,名詞の数としては129個登場していました.そのうち上位の名詞を,使用回数とあわせて紹介します:
1. ユーザー (2713回)
2. レーザー (2093回)
3. マザー (659回)
4. レザー (489回)
5. アドバイザー (332回)
6. バザー (239回)
7. フレイザー (151回)
8. シーザー (150回)
9. ブザー (144回)
10. ブラザー (134回)
9191回中,実に4分の1以上にあたる2713回が「ユーザー」だということがわかりました.その他にも,3位の「マザー」や5位の「アドバイザー」など,人物を表す名詞が比較的高頻度であることが分かります.「カイザー」の別名,「シーザー」も上位にありますね.人物を表すものではない名詞もそれなりに上位に挙がっているので,この結果だけで大きなことは言えませんが,「ザーで終わる名詞に人物を表すものが多い」こと,そしてそこから,「ザーで終わることばには『人物っぽさ』を感じる」という可能性を指摘することができるかもしれません.
ただ「ザー」だけではほとんど一文字で,あまりにバリエーションが多いので,もう少し範囲を狭めて,「イザーで終わる名詞」に絞ってみてみることにします.「イザーで終わる名詞」は全部で1247回用いられていて,名詞の数としては54個登場していました.こちらについても,上位の名詞を使用回数と共に紹介します:
1. アドバイザー (332回)
2. フレイザー (151回)
3. バイザー (83回)
4. カイザー (79回)
5. シンセサイザー (67回)
6. スタビライザー (48回)
7. フランチャイザー (48回)
8. ライザー (46回)
9. アプワイザー (43回)
10. タンホイザー (36回)
1247回中,約4分の1に当たる332回が「アドバイザー」であり,その回数も他と比べても圧倒的に多いということが分かりました.また,4位に「カイザー」が登場しています.(ちなみに「ザーで終わる名詞」でも上位に出ていた「フレイザー」ですが,これはほとんどが『現代日本語書き言葉均衡コーパス』に収録されている小説に出てくる登場人物の名前です.) こちらについても,人物以外を表す名詞がそれなりに上位にあるので大きなことは言えませんが,「イザーで終わる名詞には人物を表すものが多い」ということと,それが「人物っぽさ」を感じさせる要因になっていると言えなくもないように思います.
以下に,両結果をまとめた表を貼っておきます.
また,全結果を一覧にしたものも作成し,以下の URL からご覧いただけるようにしました:
ということで,「ゼンカイザー」= 「ゼンカイ (全開)」×「カイザー」だと考えられるが,「... ザー」や「... イザー」という「語尾」が,「人物っぽさ」を演出している,という別の分析も可能である,というのを最終的な結論としたいと思います.
「オー」もあるぞ
随分長くなってしまっていますが,話はまだ終わりません.実は,ゼンカイジャーには,「ゼンカイ」が付くネーミングがもう一つあります.それが,「ゼンカイオー」です.ゼンカイオーはロボット組のゼンカイジャーメンバーが巨大化の上で合体した巨大ロボットです.さあ,なぜ巨大ロボットの名前は「オー」で終わっているのでしょうか.
これについては,芸人のオジンオズボーン・篠宮暁さんが書かれた以下のブログ記事が参考になります:
実際に登場したロボットの名前を集計してみた結果,スーパー戦隊の (巨大) ロボットの名前は圧倒的に「オー」で終わるものが多いというのです.この記事は2つ前の「騎士竜戦隊リュウソウジャー」が始まった頃に書かれたものですが,まだそこから2作品しか経過していませんし,最新作のゼンカイジャーが「オー」終わりなので,依然として「オー」終わりがトップだと言ってよさそうです.
ここから,「オーで終わる」ということが1つの「パターン」となっている,という分析もできそうですし,実際そういうところも大きいのだろうと思いますが,さらにその「由来」を考えてみたいと思います.
篠宮さんの記事を見てみると,
キシリュウオー、キュウレンオー、トッキュウオー、ゴーバスターオー、ゴーカイオー、シンケンオー、エンジンオー、アバレンオー、ギンガイオー、大連王
という名前が連ねられています.最後の「大連王」が分かりやすいですが,「オー」というのは,「王」なのではないかという予測ができますよね.ゴーカイオーに関しては,「ゴウカイ (豪快)」×「カイオウ (海王)」なのではないかとも思えます.ここから,「強さ」や「大きさ」の象徴として,「王」由来の「オー」という語尾が使われ,それがパターン化した,と言えそうです.
おわりに
もはや混成の話はどこかに行ってしまいましたが,実はつながらない話でもないのです.「ザー」に関する分析の後半部分も同じです.ただそこまでお話しているとかなり込み入った議論になってしまうので,また別の機会にお話ししようと思いますが,その先は,もっと深遠なことばの世界が広がっていると思っておいてください.とにかく,スーパー戦隊のネーミングという卑近な話題から,ことばの仕組みについていろいろと学ぶことができる,ということを示せていれば,この記事の目的は達成できたと言えます.
同じような話題としては,例えば慶應の川原繁人さんがやられているポケモンやプリキュアの言語学的分析や,ラップの分析などが有名かと思います.私は川原さんのように専門的な分析を行うところまではいけていませんが,言語学に興味を持っていただく入口になれば幸いです.