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知人が私の民宿です: ザ・マミィのコントから考える文法とコミュニケーション
みなさん,ザ・マミィという芸人をご存知でしょうか.林田さん・酒井さんというお二人のコンビで,酒井さんのツイッターによれば結成3年目 (2021年3月現在) というフレッシュさですが,ツギクル芸人グランプリ2019で優勝した実力の持ち主です.
このザ・マミィのネタで,「とある町のバー」というコントがあります.今日はこれを題材に,文法とコミュニケーションの関係について考えていきたいと思います.
「文法」とは何ぞや,ということですが,例えば「私」と「の」と「知人」を組み合わせると「私の知人」というフレーズが出来上がります.「知人の私」もアリですね.しかし「私知人の」「の私知人」といった組み合わせ方は,一応今の日本語では「許されない」ことになっています.また,「私の知人」の意味は「誰かの知人である私」 (「知人の私」) ではなく,「私にとって知人にあたる人物」ということになります.
「文法」というのは,このように「私」「の」「知人」のような意味を持つ短いことばの単位 (単語) を「どうやって組み合わせるか」というルールだと思ってください.もう少し正確に言うと,「単語と単語の組み合わせ方」と,そうやって組み合わせた時にその全体が「どういう意味になるか」を決めるルールです.
「とある町のバー」
さてこの「とある町のバー」ですが,どんなネタかは見ていただいた方が早いと思うので,こちらの動画をご覧ください.一応コントのスタート時点から再生されるようにしてあるはずですが,そうなっていない場合は,2:08 辺りまでシークバーを進めてください.4:20 くらいまでがコントの映像です.
いやぁ,何度見ても面白いですね.こういう「逸脱した」日本語がすらすらと,さも「いつもこういう話し方をしている人」かのように喋れるというのは,さすが芸人さんだと思います.
ここで取り上げたいのは,このコントに登場する,酒井さん扮するバーテンダーの独特な「日本語 (?)」であり,コント中の林田さんの言葉を借りれば,「日本語の順番があべこべ」になっているという現象です.これがこのネタの面白さそのものでもあるわけですが,「文法」というものについて考えるヒントがたくさん散りばめられています.
「とある町のバー」バーテンダーの日本語を解体する
ここで,バーテンダーの発言を少し分析してみましょう.
1人で入ってきたお客さんが,「まだ8時なのに全然店が開いていない」と言ったのに対して,バーテンダーはこう返します:
「にぎやかな昔はあるこの町も町だったんだけど活気が,最近はもんだからねぇ,減っちゃった,人が若いめっきり.」
こういわれてお客さんは,「全然聞き取れなかった」と言ったのち,「今なんて言いました?」とバーテンダーに聞き返します.結果,上と全く同じ発言が繰り返されます.
これに対してお客さんは「耳が気持ち悪い」と言う感想を述べ,ものすごく強い方言を持っていないか,バーテンダーに尋ねますが,
「ないですよそんなの」
と言われてしまいます.直後,注文したモスコミュールが完成し,バーテンダーは
「いたしましたお待たせ」
と言いながらお客さんに差し出します.
ここまで来て,お客さんは「日本語の順番があべこべになっている」というある種の「ルール」に気が付きます.
さて,どうなっているのか.冒頭の
「にぎやかな昔はあるこの町も町だったんだけど活気が,最近はもんだからねぇ,減っちゃった,人が若いめっきり.」
から考えてみます.確かに「順番」は奇妙だと感じられますが,なんとなく言わんとしていることは分かりますし,文脈からも意味が予測できるので,「正しい」語順に直すと恐らくは下のようになると思われます:
「昔はこの町も活気があるにぎやかな町だったんだけど,最近は若い人がめっきり減っちゃったもんだからねぇ」
分析のため,有効に働いていると思われる単に切り分け,番号を振っていきます (なお,この「単位」が言語学的にどのような単位なのか,というのは,なかなか難しい問題なので,ここでは考えないことにします):
1. にぎやかな / 2. 昔は / 3. ある / 4. この町も / 5. 町だったんだけど / 6. 活気が / 7. 最近は / 8. もんだからねぇ / 9. 減っちゃった /
10. 人が / 11. 若い / 12. めっきり
「正しい」語順では,こうなります:
2. 昔は / 4. この町も / 6. 活気が / 3. ある/ 1. にぎやかな / 5. 町だったんだけど / 7. 最近は / 11. 若い / 10. 人が / 12. めっきり / 9. 減っちゃった / 8. もんだからねぇ
2 と 4 は「この町も昔は」と順番が逆でもよさそうですし,7 は 10 と 12 の間に入れて「若い人が最近はめっきり減っちゃった」という語順でもよさそうなので,必ずしもこうでなければならない,ということはありませんが,一応,この語順を「正解」として,考えてみます.
まず一つ言えるのは,
A. 2つの隣り合う単位で,「正しい順番」通りになっているものはない
ということです.2 の次は 3 ではなく 4,その次は 6 に飛ぶ.11と 10 は連続していますが,順序が逆.9 と 8 もそうです.言い方を変えると,どこで切っても「正しい順序」にはなっていない,ということです.
もう一つありそうなのは,
B. 助詞 (「が」「を」「は」などのいわゆる「てにをは」) 単体で順序が入れ替わることはない
というルールです.これは一例だけでは何とも言えないのですが,「正しい順序」を復元する上で設定しておかなければならないように思いますし,後の分析で効いてきます.
ただそれ以外には一貫した「ルール」と言えそうなものは今のところ見当たらないように思います.4 → 5 で「町も町だった」となっているあたりは,同じ単語が奇妙に連続することで生まれる「気持ち悪さ」を狙っての配置だと思えますし,規則にそって順序を並び替えているというよりは,結果的に生まれる「効果」を意図した配置のように思われます.
その後,モスコミュールの「こだわり」を説明するバーテンダーの発言が続きますが,ちょっと聞き取れない部分もあり,分析が難しいので省略します.ただ,上に見出した特徴から外れることは特になさそうだと思われます.
重要なのはさらにその後,「泊まるところがない」というお客さんの相談を受けて,バーテンダーが宿泊施設の紹介 (道案内) をする場面です.
「この田んぼの進んでいくと左手に出るのでを出てスナック畦道に,ぐーとお地蔵さんが道なりに行き見えたらすぐまっすぐ,古民家が向かい側にやっているそこが現れるので,知人が私の民宿です.」
ちなみに,「出るのでを出て」の直後は私には「すなちか」と聞こえるのですが,別の動画 (下記参照)で確認すると,「スナック」と言っているようです.また,「すぐまっすぐ」から「が現れるので」までの間は,お客さんの発話と重なって聞き取ることできませんでしたので,こちらも下記動画を参照しました.
これを「正しい順序」に並び替えるのは相当に困難な気がしますが,例によって,有効と思われる単位に切り分け,番号を振ってみます:
1. この / 2. 田んぼの / 3. 進んでいくと / 4. 左手に / 5. 出るので / 6. を出て / 7. スナック / 8. 畦道に / 9. ぐーと / 10. お地蔵さんが / 11. 道なりに / 12. 行き / 13. 見えたらすぐ / 14. まっすぐ / 15. 古民家が / 16. 向かい側に / 17. やっている / 18. そこが / 19. 現れるので / 20. 知人が / 21. 私の / 22. 民宿です.
これを,ありえそうな順序に並び替えてみます:
1. この / 7. スナック / 6. を出て / 4. 左手に / 3. 進んでいくと / 2. 田んぼの / 8. 畦道に / 5. 出るので / 11. 道なりに / 9. ぐーと / 14. まっすぐ / 12. 行き / 10. お地蔵さんが / 13. 見えたらすぐ / 16. 向かい側に / 15. 古民家が / 19. 現れるので / 18. そこが / 21. 私の / 20. 知人が / 17. やっている / 22. 民宿です.
上手くいきました.上に見たルール B によって,「畦道に」の「に」だけを切り離すことは許されないことになり,また,「を出て」の「を」も同様だと言えます.と言うのも,「畦道に」の後ろは休止 (ポーズ) が置かれ区切りが存在することが示されていますし,「を出て」の前は「出るので」となっていて,お客さんが「気持ち悪い」と明言しているように,「出るのでを出て」という接続は日本語としてあり得ないと考えていいからです.
他にもあり得そうな順序が思いつかないことは無いのですが,5 と 18 に登場する「ので」が結構効いていて,この二つの「ので」が自然な形で並ぶのは,この順序しかないように思えます.
ただ,この「並び替え」を行うには,「正解」にたどり着けるように適切に「単位を切り分ける」ということができなければなりません.また,上で分析した例のように一聴しただけでなんとなく意味が分かるということは無く,今回実践したように,文字に起こして,切り分け方を考えながら,時間をかけてじっくり分析する必要があるように思います.
この辺りが,文法について考える上で非常に重要な点です.
「とある町のバー」から何が見えてくるか
さて,以上の分析から,文法とコミュニケーションについてどのようなことが言えるでしょうか.
1つは,たとえ単語一つ一つの意味は分かっていたとしても,その「順序」と「意味」の関係に関するルール,つまり「文法」を把握していなければ,「相手の話している内容」を理解することは困難だということです.つまり,単語の意味だけ分かっていてもコミュニケーションは成立しない,と言えるでしょう.
いやそんなことはない,という反論もあるかもしれません.と言うのも,上に見た一つ目の例,
「にぎやかな昔はあるこの町も町だったんだけど活気が,最近はもんだからねぇ,減っちゃった,人が若いめっきり.」
では,特に分析を行わなくてもだいたい何を言おうとしているか分かったわけです.つまり単語の意味さえ分かっていれば,仮にその順序が奇妙なものであっても,ある程度予測して理解しコミュニケーションすることができる,とも言えそうです.
そこで重要になってくるのが,この「若い人が減った話」と,最後の「宿の案内」との違いです.後者については,地蔵,民宿などの「目印」と道との位置関係や進む方向,曲がるタイミングなどの「空間的な構造」が表現された発言だと言えます.日本語の助詞「に」や「から」,あるいは英語の at や from など,文法関係を表すのに特化した単語 (一般的には「機能語」と呼ばれます) は,このような空間的な構造を表現するのに長けています.
また,「まっすぐ行って~したら曲がる」のように,出来事の時間的順序を表すのも,文法の重要な役割だと言えます.これも機能語の得意分野で,「に」も「から」も at も from も,空間・時間両方の関係を表すことができますよね.
このように,場所や目印などの空間関係や,出来事の時間的順序を正確に伝達するには,やはり文法の力が極めて重要であり,逆に言えば,そういった「空間・時間的な関係性を正確に伝える」というのが,コミュニケーションにおける文法の役割だ,とまとめられるでしょう.