土壁に彩られた春――Museum Collection #1 伊豆の長八美術館
土壁に彩られた春
伊豆の長八美術館がある松崎町(まつざきちょう)は、伊豆半島西海岸の南部に位置しており、北・東・南を天城(あまぎ)山系に囲まれ、西は駿河湾に面した自然豊かなところです。江戸時代に防火、防風を目的として普及したなまこ壁の家並みが今でも残り、ノスタルジックな雰囲気を味わえます。
当館は、幕末から明治にかけて活躍した左官(さかん)職人、入江長八(いりえちょうはち)の漆喰鏝絵(しっくいこてえ)を展示している美術館です。漆喰鏝絵とは、消石灰(しょうせつかい)を主原料とした塗り壁材の漆喰を左官職人が鏝を使い、建物の壁などに描くレリーフのことです。狩野派を学んだ長八は、鏝絵の画題に花鳥、山水、神像、仏像などを好み、左官の技を駆使して建築装飾や塗額、塑像などへ作品を残しました。
「春暁の図」は明治8年長八61歳の作品で、岩科(いわしな)村役場の内壁に「貴人寝所の図」と対をなし制作されたものです。平安時代の歌人、清少納言(せいしょうなごん)の随筆「枕草子(まくらのそうし)」を画題としたといわれる作品で、簾(すだれ)越しに春が少しずつ明るくなってゆくのを眺める楽しさを描いています。肌はなめらかで目には玉眼(ぎょくがん)がはめ込まれています。女官の美しさが幻想的に表現されていて、土壁から浮きでた白と朱の着物の対比が美しく彩色されており、そのまま壁面から抜け出してきそうな錯覚にとらわれます。
都会の喧騒を離れ、ちょっと一息、長八の鏝絵の世界をご堪能ください。
鈴木 睦美(すずき むつみ・伊豆の長八美術館学芸員補)
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