紙芝居 #シロクマ文芸部
始まりはじまりぃ、っと、ん?何が始まったって?見りゃわかるだろう、紙芝居だよ。紙芝居、見たことないの。ああそう。今どきの子供にゃまいるね、紙芝居も知らないんだってよ。え。兄ちゃんも初めて見るってかい。こりゃまた魂消たね。たまげたって何、だと。まあねぇ、いまどきなんだから、しかたがないやねぇ。恐れ入り谷の鬼子母神だ。あゝン?恐れ入り谷の鬼子母神って何、ってか。おいおい冗談言ってもらっちゃあ困るね。おいらの話がなにひとつ通じちゃいねえのかい。たいしたもんだ。たいしたもんだよ時の流れってやつは。
昔はね、近所の子供らがずらぁっと雁首揃えてこの前に座って、飴玉で頬っぺたァ膨らませて、今か今かと紙芝居が始まるのを楽しみにしてくれてたもんだ。あんたらのじいちゃんばあちゃんだろうな。ひいじいちゃんとひいばあちゃんかもな。いやいや、ひいひいじいちゃんとひいひい・・・まあそんなこたいいやね。あのわくわく感がたまらなかったねえ。お、わくわくはしてるって。そいつぁ良かった。よし。それじゃあ始めるとしようか。カンッカンッカンッ・・・ああちょっと待った。なんだよ坊主。こいつが珍しいのかい。こいつは拍子木だよ。火の用心、って夜中町内を練り歩いていないかい。ああそんなことも今じゃあなくなっちまったんだね。まあこいつは「始まりと終わりの合図」だ。え。やってみたいのかい。まあ落ち着けよ坊主。あとで触らしてやるからな。
え、さて。むかしむかし、あるところに、若い夫婦が暮らしておりました。夫は魚屋で、といってもあんまり働かず、暮らしは豊かではありませんでした。おかみさんは――シュッ。それがもとで夫婦喧嘩になるのが嫌で嫌でたまりません。なんとか、まっとうに働いてくれないかねぇ、とため息をついておりました。シュッ。ある朝早く、おかみさんにたたき起こされただんな。しぶしぶ仕事に出たものの市場もあいていない。浜をぶらつき眠気覚ましに海で顔を洗ったところ、なにか落ちてる。拾ってみると、なんとっ!シュッ。立派な革の財布だ。中を覗いてみるとあらびっくり大金だ。驚いただんな、ふらふらがしゃきーんとなっちまった。すっかり目が覚めて、慌てて家に帰って、おかみさんに――シュッ。おい、今、浜で、大変なものを拾ったぞ。ほ、ほ、ほれ、これだ、金だ、大金だ。シュッ。それ見ておかみさんもびっくりだ。けど、そこは普段から落ち着いているおかみさん。あらそれは落とした人が大変だ。目明しに届けてきなよ。シュッ。それを聞いた旦那、まさかとんでもねえこった。こいつはおれが拾ったんだ。こんな大金どうやっても手にはいりゃしねえ。そう言って友達を呼び集めると飲めや歌えのどんちゃん騒ぎだ。シュッ。あくる朝、おかみさんに魚河岸に行けと起こされただんな。何言ってんだ、昨日の金があれば働く必要なんかねぇだろう。シュッ。あんた、何言ってるんだい。財布なんてもとからありゃしないよ。夢でも見たんじゃないのかい。シュッ。そう言われてだんな、例の財布を探すがどこにもない。ない、ないとこれまた大騒ぎ。ああ、あれは夢だったのか、いい夢だったなあ。ほんとに夢だったかな。納得できねえな。しつこいだんなにおかみさん。シュッ。あんた夢で良かったよ。夢じゃなかったら今頃あんた死罪だよ。なんだって。おれは命拾いしたってわけか。どっちにしろ夢だったんじゃどうしようもねえ。金拾う夢みるなんて、全部酒のせいだ。ああ酒が悪い。結局地道に働くしかねえってことよ。シュッ。それからだんなは、好きな酒もやめて真面目に仕事に励むようになったとさ。シュッ。三年後の大晦日のこと。おかみさんが改まって話し始めた。あんた毎日良く働いてるよ、お疲れ様。でもねえ。怒らないで聞いてくれないかい。三年前のあのお金。実はあたし大家さんに相談したんだよ。そしたら大家さん、そりゃいけねえ、拾ったもの盗んだら死罪だよって。とにかくだんなには夢だって言って、お奉行に届けるのがいいってね。悩んで悩んで、あたしゃお奉行に届けたんだよ。でも落とし主が現れなくて、結局手元に戻ってきたんだ。でもそれをあんたに言ったら、あんた絶対に働かないと思ってね。大家さんも、だんなをまっとうにしたいなら夢のままにしたほうがいいって。これ、あの時の財布だよ。これまで黙っていてごめんね。思い切り叱ってくれても構わないよ。シュッ。それを聞いただんな、なんてこった、ぐぐぅ、そうだったのかい。怒っていいのか、泣いていいのか。ああ、でもそれでよかったよ。おれはこの金があったらきっとぐうたら働かず、見事にスッちまっただけだろうよ。お前の機転のおかげで今しあわせだよ。ありがとよ。シュッ。涙ぐむおかみさん、だんなに今日ばかりはと酌をする。シュッ。盃を受け取っただんな、大好きな酒だ。飲みたくてたまらない。でも飲んだらまた、だらしないだんなに戻っちまうかもわからない。飲もうとして――シュッ。飲もうとして、だんなは盃を置いた。――いや、やめとこう。また夢になっちゃいけねぇ。
カンッカンッカンッ、ハイッ!今日はここまでだ。いつかまた、来ておくれよね。おおっどうした兄ちゃん。何泣いてんだよ。子供にする話じゃねえって。まあそうかもな。でも紙芝居なら子供にだってわかるだろ。それに迎えの船待つ間、退屈しのぎにちょうどいいじゃあねぇか。
紙芝居に「芝浜」なんてあるんですかって。兄ちゃん落語知ってたのかい。嬉しいねえ。こいつぁおいらのオリジナル紙芝居ってやつよ。おいらは落語の「芝浜」が何より好きでねぇ。落語家になりたかったんだが、二つ目のときにあれやこれやで続けられなくなってね。仕方なく紙芝居屋を始めたんだ。でも桃太郎とかなんとか仮面とか、なんちゅうか子供向けのもんに飽きちまってね。ああそうだ、好きな落語を紙芝居にすればいいんじゃねえか、って思ったわけよ。天才だろ。ところがどっこい、時が経つにつれ、その辺の公園で演ろうとすると、ここは許可を取っていますか、だの、著作権の問題はだいじょうぶですか、だの、なんのかんの言ってくる輩がいるわけよ。いいじゃねえか。おいらは好きで絵と文書いて「ぱふぉーまんす」ってやつをしてるだけなんだから、ひと様に迷惑かけてねえよ。でも結局おんだされて、こんなところでやってるってわけだ。石っころしかない薄暗い河原だが、背景は花畑だ。案外、紙芝居にはうってつけなんだぜ。
ところで兄ちゃん、泣くほど喜んでくれて嬉しいが、あんたの姿はどうにも変わってるねえ。最近はずいぶん人の姿形が変わったなあとは思っていたが、兄ちゃんみたいなのは見たことがねえ。どっから来なすった。ん、おめえさん、三途の川を渡るわけじゃねえのかい。へえ。銀河を旅して銀河を売ってる銀河売り。おいらはギンガっていうのはよくわからねえが、そんな商売があるとはね、恐れ入ったよ。恐れ入り谷の――ああ、わかんねえんだったな。おおこれかい。なんだい、ずいぶん小さい紙芝居だね。真っ黒くてつるっとして。これに絵が映るってぇのかい?渦巻き、だと?おお、ほんとうだ。確かにずいぶん綺麗な渦巻きだ。ん、買わないかって?銀河が人を選ぶって?おいらがお眼鏡にかなったって?いやあ嬉しいね、でも買ったらここで紙芝居ができないんだろ、そいつは困るね、おいらは案外、ここでの商売が気に入ってるのさ。夢の狭間で提灯売ってるドイツ人もいるんだぜ。んなこた知らないか。
お、坊主。拍子木触りたくって仕方ねえってか。おうよ、気の済むまでカンカンやりな。坊主、あの川を渡ったら色々忘れっちまうとは思うが、おいらの紙芝居、楽しんでくれたかい。拍子木が楽しいかい、そうかい。
ああ兄ちゃん行くのかい。反対方向だけどいいのかい。ふうん、どこでも自由自在に行けるなんて羨ましい限りだ。今度あんたの話を紙芝居にさせてもらうよ。銀河が人を選ぶ、そういう話、いいねえ。ああほんとに行くのかい。気をつけていくんだぜ。坊主も行くか、ほれ、迎えが来てらァね。ぼんだけにBon voyage だ。はは。ハイカラだろう。伊達に長いことあの世とこの世の狭間にいるわけじゃあねえんだぜ。merci beau coup、また次の時には寄ってくれよな、s'il vous plaît。
了
白鉛筆さんの記事で自分が書いた「銀河売り」の話を思い出しました。
※レギュラーメンバーなので月初めにまとめてお題をいただいています。
※でも結局「今週なんだっけ?」と小牧さんのメッセージを見直しながら毎週書いてます。
※respect for IZUMI KAWAHARA『フロイト1/2』
※久しぶりの銀河売りのあの人
※銀河、なかなか思うようには売れないね
※「芝浜」好き
※あなたは誰の「芝浜」が好きですか
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