創作大賞感想【大阪城は五センチ/ヱリ】
7月半ばの早朝、ヱリさんの『大阪城は五センチ』が最終話まで全部、投稿されているのに気が付いた。
舌打ちをした。気づかなかった自分に。なんでなん?と怪しい関西弁で思う。関西弁風なのは『大阪城は五センチ』が関西弁だからだ。すでにモードに入っている。
待ち構えていたのに。ずっと待っていたのに。
投稿されたら速攻読む気でいたのに。
いやいや、これは同日深夜に立て続けに投稿されている。スタンバっていた私の落ち度ではない、はず。良かった。今日はお弁当が要らない日だから、このまま読んでしまおう。と、そこからは夢中だった。
ノンストップで読んで、途中夫が起きてきて声をかけたけど追い払った。
そして、ラストシーン。
———大変なところに遭遇してしまった気がした。
いや、ラストシーンのことではない。私は、私たちは「デビュー」に立ち会っているんじゃないか?これはもう、瞬間瞬間を記憶して置いたほうがいいんじゃないか?と思った。
ヱリさんとの「なれそめ」は、なんだっただろう?
カワウソじゃないかな。確か、そうだ。
コメントは?朝マックだっただろうか。
ヱリさんがnoteに投稿し始めたのは、2023年の4月だ。シロクマ文芸部さんの始動と同じ時期。でもとにかく、ほんの1年ほど前のことだ。1年しか経っていない。
ヱリさんは投稿頻度がそれほど高くないのに、濃密なやり取りをしている気がする。
吉穂堂に会いに来てくれたし、その勢いで文学フリマの動画の音楽をお借りしたし、そのまた勢いでカタログの感想文まで書いていただいた。
(以下のリンクはヱリさんのピアノを聴くためのものです)
たおやかな絵のようなヱリさんは、もう、何でもできるのである。
妹さんとのLINEはそのままお笑いのスクリプトみたいになっているし、お子さんとのやり取りを伺うだけでも素敵なお母様なのだとわかる。ピアノアレンジもまさかの音源を選ぶ。さっちゃん。お風呂の出来上がり音楽。
普通そんなの選ばないでしょという、私たちが日ごろ見逃している「モノ」を、選び、価値の裏面をみせてくれる。
ヱリさんの実力を実感したのは、やっぱりこちらだったんじゃないだろうか。
最近では、白鉛筆さんに「河童ぶっ込むなよ」と突っ込まれたこちらも記憶に新しい衝撃だった。
ああもう、きりがない。きりがないのでやめるけれども、ここでふと「おや。どうしてこんなにスキの数が少ないのだろう。もはやプロ級なのに」と思われたかたもいらっしゃるかもしれない。
ヱリさんは、おそらくあえて自分がスキをするのも、フォローも、絞っているのだと、私は勝手に思っている。なぜならたぶん忙しいのだ。お母さん業やお仕事やその他いろいろ、やるべきこともそうだろうけれども、おそらくは、「書いている」と踏んでいる。
この1年で、ヱリさんは「書いている」。
めっちゃくっちゃ、書いている。
『大阪城は五センチ』で、私は確信した。
この小説のあらすじをざっと申し上げると、こんな感じだ。
『大阪城は五センチ』は、とても切ないラブストーリーであり、自立した女性の人生の選択の物語だ。
まだこの物語を読んでいない、と言う方は、ぜひ読んでみていただきたい。極上の「小説」がここにある。
読み終わった後、あなたは震えているはずだ。
私は、自分が創作大賞に作品を出したことを激しく後悔した。
さて、ここからはいつものように、大々的にネタバレさせていただく。
私の感想文は、ネタバレなしはあり得ないのである。ご容赦を。
『大阪城は五センチ』はエッシャーの絵のような構造をしている。
もしくは、絵本作家junaidaさんの『の』みたいな世界。
第1話で、由鶴が雪の日にホテルの窓から見ていた大阪城は、目視で5センチほどに見えている。最終話の前、第11話で、宇治と別れた後に、由鶴は大阪城にのぼる。
彼女はそのとき、あの日見ていた5センチの中にいて、大阪中を見渡すのだ。上昇と下降が同時に存在している世界の中は、完結している。最後の日、スタバで別れた「由鶴」と「氏久」は、始まることはなかった。「ユヅル」と「宇治」として完結したのだ。
40代を迎えようとしている「三十八歳の処女」である由鶴。女性風俗が挿入無しというのを第6話で明かされて、少し驚いた。ちょっと調べたが、どのような風俗も法律上NGらしい。場合によっては疑わしい場合もあるようだが、基本的には「マッサージ」なのだという。それなりの道具を使うこともあるようだ。少なくとも由鶴と宇治との行為の描写はとても官能的だったし、その点で宇治はプロ意識の高いセラピストなのだろう。
なぜ、女性風俗で挿入NGなのかというと、基本的に「同意のない性行為はレイプ」ということもあるし、女性の方が望んだとしても、女性は挿入行為があるといっきにセラピストに傾倒する傾向があるかららしい。ストーカーになってトラブルになるケースも多々あるそうだ。
実際、公の場で会った日に予約した由鶴に対し、宇治が警戒心を抱いたというセリフもあった。でも「ユヅルさんはそんな人ではない」と思い直した、と。
宇治が果たしてユヅルに対し、恋愛感情があったかどうか、ということについては、私は「あった」と思っている。宇治は最初から最後まで節度を持って接しているように見えるし、由鶴の「処女を捨てたい」願いにも応えない。展示会でも「バレるから普通にして」と言ってくるなど、とても普通でいられない由鶴に対して、抑制的で冷静に接しているように見える。
でも最後に名前を告げた。
「君の名は。」じゃないが、名前を明かすというのは、恋である。と私は思っている。
ともあれ、彼らに未来はなかった。それはふたりに了解のことだった。切ない。とても切ない。でも、風俗での出会いを完全肯定してそこから「普通に始める」というのは、よほどのことがないと無理だという気がする。宇治自身が「期間限定」と決めていた「かりそめの姿」だったのだから、なおさらだ。
そして由鶴は家を買った。
家を買うまでに、沢山の物件を検討している。「ネイバーベース」という、登録されている二百を超える家に自由に住むことが出来る、住居のサブスクリプションも試している。
「ネイバーベース」のひとつを経営するマカロニさんという女性は、親が亡くなった後に、家に戻ってきた。子供が欲しかったが産めなかった、という。
マカロニさんはいちいち心に残ることを言う人だ。由鶴にトルココーヒー占いをしてくれる。叶わない願いばかりだから願わない方がいい。祈っても願っても無駄だから占ってもらう必要などない、と、最初は頑なだった由鶴も、次第に心を開き、彼女の影響を強く受けたようだ。
”屈強な片思いが、自分を支える。”
”描いても描いても『両思いや』って思わせてくれへんから、楽しいよ。”
それはこれまでの由鶴のすべてを肯定する言葉だったと思う。
一方、後輩の多部は結婚を考えていた恋人に振られてしまう。原因は家だという。これは確かにあるあるだろうなと私も思った。女性のほうが収入が多くなって離婚に至ったケースを数多く知っている。
最初からなら問題ないのだが、途中から女性の収入が増えたり、家を買うなどした場合の、男性の反応というのが意外とステレオタイプなことには驚く。これが昭和平成の男女に限ることなのかどうか、とても興味深いと思っていたところだ。令和の男女は、収入や持ち家の不均衡に、どういう反応をするのだろう。
実際、昭和平成より、共稼ぎでも生活が苦しくなっている現状はあるだろうから、今はこんなことが原因で別れる夫婦はいないのかもしれない。ひょっとすると、最初から結婚を選択しないフランス人カップルみたいな人たちが増えてきているのかもしれない。
おっと。話が逸れた。
少なくとも多部ちゃんは、振られてしまったのである。彼と住もうと思っていた家が残った。『うぬぼれ刑事』の逆バージョンである。
多部ちゃんは、あまり環境の良くなかった生まれ育ちのため「家」という安定を得て初めて自分が自由に夢を描けるのだと言ったことがある。
多部ちゃんは、とてもしっかりした女性だ。同棲を希望していた恋人「トモリくん」は「多部ちゃんの確固とした世界」に入れない疎外を感じてしまったのかもしれない。同様に、由鶴もしっかりしている。彼女たちはなにか強固な礎が欲しい、と思っているが、それを他人に求めたりしない。
確かなものは「家」から始める、この先の人生を生き抜くために。
由鶴は家を買うにあたって、五百万円を現金で引き出している。
「これだけ?」と思うのだ。
第⒉話では、こんな風に考えていたというのに。
大阪城の5センチの逆である。
宇治との出会いと別れを経験し、そして今いよいよためらいなく家を買う、という気持ちになって、由鶴は、大きいものが小さく、小さいものが大きく感じられている。「嵩」の逆転は、由鶴の人生の視点が変わったことを意味している。
ヱリさんは、この「大きさ」「距離」「数字」「嵩」の逆転の中に「等身大」の38歳の女性を素晴らしい筆致で描き出した。
官能的な場面の描写もさることながら、特に、食事や料理、食べ物のシーンの描写の素晴らしさに何度も読み返したくなる。「性」と「食」は「生きる」ことに直結している。由鶴は孤独に負けそうになりながらも、常に「生きる」方向を見つめていたのだと思う。
これからどうやって生きていこう―――
人生の岐路に立った時、「生きる」選択ができる人は強い、と思う。
失うことを恐れて自分に無いものばかり数えて生きるか、それとも今あるものを認め、これから何かをつかみに行くか。この物語には、常に、「生きる」という前向きなメッセージが込められている。
文章の流麗さ、表現の巧みさにぼうっとなる。
「ヱリ節」には磨きがかかっている。語り出したら朝になる。
これはいつか、単行本になる。
そして私はそれを売るんだ。
なにか確信的に、今、そう思っている。
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