ファンって何だろう
5月22日 土曜日
朝はいつもの近所の喫茶店でハムサンド。時間におされてて気分はあまりよくなし。昼は新しくみつけたお好み焼き店でもんじゃ(https://s.tabelog.com/aichi/A2301/A230101/23002280/top_amp/)。期待してない分これもかなりおいしかった。夜は一週間分溜まっていたテレビを見ながらお酒を飲む。昨日のメニューは、一週間前とほぼ変わらず、人志松本の酒のつまみになる話→うわさの保護者会→100分で名著(三島由紀夫•金閣寺3回目)。23:30就寝。
今は、「江川と西本」という二人のライバル関係を描いた漫画を読んでいるが、途中ファンって何だろうと疑問に感じた。自分は根っからの地元の中日ファンだか、その漫画は巨人側からの目線で中日が敵として描かれているから、読んでいる時巨人の応援にまわってしまっている自分がいた。現実ではあり得ないことだが、読んでいる時は自然と中日を敵として見ていた。過去を描いた作品だから、応援しても仕方がないが、漫画を読んでいる間応援してしまう。反対に、現実では、中日が負けると、自分の生活には全く関係がないが、どこか気分がよくない自分がいる。
どこからそのファンの気持ちがくるかと考えてみたら、地元というつながりの意識と長年の愛着ではないかと思った。これは、なぜ自分の子供が大事かということともつながっているのかもしれない。血がつながっていない養子であっても長年の愛着によって自分の血のつながった子のように思うということがよくある。
自分は、海外サッカーでいうとユベントス、ラグビーでいうと神戸製鋼のファンと言っているが、これは強い、また強かった頃の栄光やあこがれによってなったファンであり、巨人のV9栄光の時代に、多くの人が巨人ファンになったように、それほどそのスポーツに興味がない人が強いチームのファンになった程度のファンでしかない。それらのチームが負けても気分が悪くなるほどではない。地元ではないし、愛着も中日よりは薄いからかもしれない。
前から、あるプロ野球チームのファンの人が別のプロ野球チームに入団して、そのファンのチームと対戦する時はどんな気持ちなのだろうとか、長年所属したチームとは別のチームでコーチをする人がその長年所属したチームも対戦する時はどんな気持ちなのだろうかとか、長くいた球団の方が愛着があるのだろうかとか疑問に感じていた。自分の今の事で精一杯でそういった過去の愛着とかはどうでもいいといったのが大概であろうが。
昨日の、教育テレビの100分で名著の三島由紀夫・金閣寺(3回目)で述べられていたように、自分の認識は変えられるということとちょっと共通する部分があるのではないかと思った。金閣寺の説明は長くなるので控えるが、ファンと公言するのは、自分の認識というより、他者や社会に対する誇示、誇りのようなものであるのではないか。〜のファンだよと言うことによって他者に対して自分への理解を深めさせる。〜のファンと他者に言わなければ、ただ感情的にそのチームを応援しているだけのことであり、あまり意味を持たない。
ファンの意識もちょっとした見方ですぐ変わってしまう気薄なものでもあるのではないかと少し自分のファンとしての自信が揺らいだ日であった。
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