noteを本格的に始めて2年経った
noteを頻繁に書くようになったのは、2018年2月から。
アカウントはその前年に作ったが、本格的に書き始めてからは2年ほど。そのうち、1年3ヵ月は毎日更新している。
2年間ディープに書き続け、「おぉ……!」と感じ入ったことがふたつある。
ひとつは、「過去の自分」と「現在の自分」を比べられること。
もうひとつは、ダッシュボードのランキングが意外なことだ。
「過去の自分」と「現在の自分」を比べられる
noteを2年続けると、「1年前の今日書いた記事」や「2年前の今日書いた記事」を読むことができる。
何当たり前のことを言ってるんだと思われそうだが、違う年の同じ日に書いた記事を並べてみると、とても面白いのだ。
たとえば3月22日の記事を見てみよう。
2017年
2018年
2019年
並べてみると、変わったところと変わらないところ、どちらもある。
文体が変化しているのはもちろん、ものごとの感じ方もやや変化していて、「30過ぎても人って変わるんだな~」と思う。一方で、「やっぱり私は私だな~」と思うところもあって面白い。
また、私は今2020年を生きていて、1年前の自分からすると「未来の自分」なわけだが、だからこその答え合わせができるのもいい。
たとえば1年前、こんなことを書いている。
来年の今日も同じように過ごせることを、祈らずにはいられない。
ここに書いている「今日」とは結婚記念日のことだが、残念ながら、今年の結婚記念日は夫と一緒に過ごせなかった。伏線回収ならず。
今書いているnoteも、未来の自分が読めばすべてが「伏線」に思えるんだろうな。
◇
これは自分のnoteに限らず、人のnoteを読むときも同じ楽しみ方ができる。
私は子供がいないわりに、お母さん・お父さんが書く子供エピソードが好きで、「〇〇さんのお嬢さんはもうすぐ一年生か~」などと微笑ましく読んでいる。
もしもそのお母さん・お父さんがこれからもnoteを書き続けたとしたら、10年後くらいに、「娘が彼氏を連れてきました」回を読むかもしれない。
そう思うと、想像しただけでグッとくる。一度もその子供に会ったことのない、インターネットで繋がっているだけのおばさんだが、「あの小さかったあなたがもうそんな年に……」って、絶対言うと思う。
だから、今私に子供エピソードを微笑ましく読まれている方は、10年後も書き続けていてほしい。
ダッシュボードのランキングが意外
ダッシュボードで「アクセス状況」を見ると、記事がPV順に表示される。
たぶん開いたときは月間の状況が表示されるが、これを「全期間」で見ると、結果が意外で面白い。
たとえば、2番目にPVが多いのはこの記事。
えっ!!
この記事、公開当初はぜんぜん反響がなかったし、そんなに読まれなかったはずだ。書いた本人ですら「何書いたっけ?」と思う。
なのに、公開から1年2ヵ月経った今、驚くほど読まれている。たぶん、他の人のnote下部に表示される【こちらもおすすめ】からの流入だろう。
もっと読んでほしい記事がいっぱいあるのに、なんでこんな、たいしたことないやつが読まれてるの……。
ともあれ、noteって過去記事を発掘しやすい設計になっている。【こちらもおすすめ】で見つけて読んだ記事が、数年前のものだったり。ときを経て出会える楽しさがある。
◇
web記事は「すぐに流れていく」と思われがちだけれど、公開したときあまり読まれなくても、1年経つとじわじわ読まれていたりする。
そういえば、昨年ある飲み会で出版社の編集者さんとお話したとき、書籍を作っている彼女は、「webは残るからいいですよね~」と言っていた。
一般的には、紙の本のほうが「形として手もとに残る」イメージだろう。けれどそれは、本を購入した人の本棚に残るだけだ。絶版になれば、本と新規の読者が出会う可能性はとても低い。何年も市場に流通している本って、出版物全体から見るとごくわずかなのだ。
一方で、webの海に記事を漂わせておけば、それが数年後、なにかのきっかけで誰かに届く可能性はある。手紙を入れた瓶が誰かに拾われるような。
そういうのって、なんだかいいよねぇ。
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