愛されたくて何が悪い
パソコンの画面を覗き込むと、ピンクの金魚のイラストがあった。吹き出しには「みんな私を好きになって~!」という台詞。
お絵かきソフトでそれを描いていたSさんは、
「これサキちゃん! そっくりでしょ!」
とゲラゲラ笑いながら言った。
そこは私が通うフリースクールの教室で、Sさんは経営者の女性だ。ピンクの金魚は、私がお祭りの日に着た浴衣の柄だった。
喉のあたりがヒュっと苦しくなった。
たしかに私は、「みんな私を好きになって~!」と思っているのかもしれない。
いや、思っている。そう思っていることに、自分でも気づいていなかった。私自身が気づいていなかったことを、Sさんに見抜かれていたなんて。
昭和っぽいタッチで描かれた金魚は、泣いているような笑っているような顔で、愛されたがっていた。
◇◇◇
15歳だった。
中学で不登校になった私は、高校もわずか一ヶ月で辞めてしまった。部屋にこもって無気力に過ごしていたところ、母に勧められてフリースクールに通い始めた。
そこには、不登校やニートの中高生がいた。私は、そこにいる人たちのことがそれほど好きではなかった。嫌いなわけじゃないけど、一緒にいてもあまり楽しくなかった。
だけど、私はみんなから愛されたくてたまらなかった。
注目されたい。ちやほやされたい。個性が光る特別な子だと思われたい。
かなり気持ち悪いが、当時の私は本気でそう願っていた。お祭りの日に(わざわざデパートで買ってもらってまで!)浴衣を着て行ったのも、みんなから「可愛い」と言われるためだ。
◇◇◇
今思えば、あの頃は誰といても「相手が私のことをどう思っているか」にしか関心がなく、相手自身の感情には無頓着だった。その結果、嫌われてしまうこともあった。
でも、その原因が自分にあると考えたことはなかった。人から嫌われるたび、「人間関係に恵まれない自分は可哀相」くらいに思っていた。
私には、自分が愛されたがりだという自覚も、他者を尊重できていない自覚も、なかったのだ。
◇◇◇
金魚の絵を見せられたときにはじめて、自分が過剰なまでに愛されたがりだということに気づいた。ぐうの音も出ないほど、あの金魚は私を的確に表していたから。
的確だと認める一方で、Sさんに怒りが湧いた。
たしかに、愛されたくてアピールしまくってる私は痛い。でも、愛されたいんだからしょうがないじゃないか!
愛されたくて何が悪い! 人が愛されたがってる姿を笑うな!!
パソコンに向かってゲラゲラ笑っているSさんの後頭部を眺めながら、私は息を止めていた。泣きたくなかった。
平日の昼間、窓からは太陽の光が差し込んでいた。
◇◇◇
あれから15年以上経った。何度も環境が変わり、その度にたくさんの経験をし、たくさんの人と出会った。
そのうちに少しずつ、あの頃のような「誰からも愛されたい」という強い気持ちはなくなっていった。
もしあの頃の私に会えるとしたら、伝えたいことがある。
「そんなに愛されたがるな」ではない。「愛せ」だ。
もっと、人を愛せ。
目の前の人を、ちゃんと。
「人を愛するにはまず自分を愛すること」とかよく聞くけど、あんたみたいに自意識がこんがらがってるうちは自分を正しく愛するなんて無理。まずは、人とちゃんと向き合って、受け入れてみな。そうしてるうちに、自分とも正しく向き合えるから。
33歳になったピンクの金魚はそう言っている。
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