彼女と涼飇
旅行鞄から上着を取り出し、歩きながら羽織った。
「涼しいですね」と言うと、涼子さんは「リラ冷えの季節だから」と言う。
「リラはフランス語でライラックのこと。ライラックが咲く頃に少し冷え込むの」
「ライラック?」
涼子さんは「ほら、あれ」と前方の木を指す。薄紫色の房のような花がたくさんついている。
その横を通るとき、風が吹いた。
「今、いい匂いしました」
「ライラックの香りだよ」
「なんか、懐かしい」
涼子さんは「札幌出身じゃないでしょ」と笑う。
涼子さんは意地悪だ。
ずっと一緒にいてくれるわけでもないのに、季節に関する言葉を教えるなんて。
おかげであたしは、この季節が来るたびに涼子さんのことを思い出してしまう。
5年後も、10年後も、50年後も、きっと。
そのとき、あたしの隣に涼子さんはいないのに。
「どうしたの?」
急にかがみこんで泣き出したあたしの肩に、涼子さんが手を置く。
やっぱり、懐かしい香りがした。
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